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醤油ラーメン

 翌日の夕食に、ほぼ調理器くんに作ってもらったラーメンは、とてもおいしそうに出来た。調理器くんは、登録したレシピを忠実に作ってくれるけど、少し塩を少な目とか甘くしたりとか、自分好みにしたものを登録できるらしい。

 それを活用しつつ、いくつかスープを作ってもらい、ブレンドした。

クリスが。


「大体ですが、味の予想がつきました。お嬢様はどうぞ、お茶会に向けて食事の練習をしていてください」

「煮卵だけは、わたしの煮卵だけは半熟にしてください……!」

「かしこまりました」


 味見しながら理想の味を言っただけで、クリスはささっとおいしいものを作ってくれた。

 結局わたしは、指先で指示を出すだけになってしまった。ティアンネらしいと言えばらしいので、貴族令嬢っぽくなったと喜んでおこう。


「お嬢様、味見をお願いいたします」

「はい」


 差し出されたスプーンには、おいしそうな醬油ラーメンのスープが湯気をたてている。音を立てないように口に入れた。


 何種類もの野菜を煮込んだスープに、煮干しや昆布の出汁、焦がしネギの香ばしさに、すっきりした醤油。


「おいしい!」


 クリスは女装をするようになってから料理を始めたというけど、わたしより調理器くんを使いこなしている。努力家のロアさまの部下は、努力家が集まるんだな。


 ラーメンの上に、チャーシューと煮卵をトッピングする。みんながにんにく臭ければ大丈夫な第四騎士団と違って、今はみんな侍従として人と接する立場だ。


「クリス、みんなは近くで人と接するでしょう? 本当に、にんにくを入れて大丈夫ですか?」

「ロアさまがお好きだと伺いました。ブレスケア用品は用意してあります」

「じゃあ大丈夫ですね!」


 遠慮なく、にんにくを入れた。


「みなさん、ラーメンが出来ましたよ! 運んでくれますか?」


 クリスは慌てたけど、ふたりで運ぶ間に、麺が伸びてしまう。麺が伸びきったラーメンほどまずいものはない。

 みんないそいそとラーメンを取りに来て、テーブルに置く。


「クリスが、おかわりも用意してくれていますよ。これは追いにんにくです。よく考えてにんにくマシマシにしてくださいね。いただきます!」

「アリス、これはどう食べればいいんだ?」


 ロアさまが困ったように聞くので、みんなの注目を浴びながら、最初に食べてみせることにした。今は貴族らしい仕草は放り投げておく。


「これは強制ではないんですが、まずはスープを味わいます」


 れんげはなかったので、スープ用のスプーンで、いい香りが漂うスープをすくう。


「はぁ……おいしい……」


 やはり醤油は正義。


「次に麺をすすります。音が出ますので、嫌な方はスプーンの上に麺をのせて食べてください」


 一本しかのせられなかった麺を、スプーンで口に運ぶ。おいしいけど、やはりラーメンはすすりたい。貴族からすれば行儀が悪くても、わたしにとってラーメンはそういう食べ物だ。


「以上です。皆さん、どうぞ麺が伸びる前に食べてください」

「いただこう。……どこか香ばしい、これがラーメンか」

「ロアさま、熱いので気を付けてくださいね」

「ラーメンっておいしそうだね! アリスがいきなりカリーを出した時より、見た目が普通だから驚いちゃった」

「あの時は、私の代わりにレネが最初に食べてくれましたね。さすがに躊躇してしまって」

「アーサー様がそう思うのも仕方がないことかと。僕も、口にするには勇気が必要でした」

「俺が食べたら、エドガルドもすぐ食べただろう? 驚いたけど、おいしかったな。またカリーを作ってくれないか?」

「ロルフ様の頼みなら喜んで。……と言いたいところなんですけど、カレー粉は第四騎士団の冷蔵庫の中、ここはスパイスも足りなくて、もう少し先のことになりそうです」

「お嬢様は、カリーなるものも作れるのですね」


 みんなでお喋りしながら、スープを飲む。

 おいしいという声があがって、クリスと視線を合わせて、よかったと微笑みあった。


 その後、食べにくいフォークを使って勢いよく麺をすすって驚かれたけど、スプーンに麺を一本一本のせて食べるのがまどろっこしくなったみんなは、同じようにフォークですすりだした。

 わたし以外、全員がおかわりした。エドガルドにクリーンヒットしたらしく、二回もおかわりをしていた。成長期ってすごいな。



 学校に行くのも三日目となると、少し慣れてきた。キャロラインとはかなり仲が良くなり、明日のお茶会でへまをしても、笑って許してくれそうな雰囲気だ。

 今日はアーサーとエドガルド、ロアさまにエスコートされながら、授業を終えた。

 学校の授業はとても退屈で、寝ないようにするのが大変だ。歴史は自宅で勉強したものを繰り返しているだけで、微妙な貴族間のバランスなどには触れない。

 マナー、ダンス、刺繍などは、他国のティアンネはしたくないと主張し、ほぼ見ているだけだ。ティアンネは何をしに学校に行っているのかという疑問がわくが、貴族の学校はそういうものらしい。

 女子寮へ帰るために廊下を歩いていると、エドガルドがさっと前に出た。


「お嬢様、そこでお待ちください」


 アーサーにそっと腕を押されて立ち止まる。


「いたたた! あぁぁハーブが落ちた! 集めなきゃっ、って、ひぃっ! 申し訳ございません!」


 わたしの前で、ひとりの女子が、持っていたものをぶちまけながら盛大に転んだ。なかなか愉快なレディのようだ。


「お前、拾ってやりなさい」

「かしこまりました」


 エドガルドが跪き、絨毯の上に散らばったハーブと紙を拾う。


「ありがとうございました!」


 ハーブを握りしめて、ぶんっと音をたてながらお辞儀をしてきた女の子は、瓶底眼鏡をしていた。黒ぶちで、レンズが厚すぎて目が見えない。

 髪は可愛らしいピンク色で、両耳の横の低い位置で長いおさげにしている。瓶底眼鏡と三つ編みのせいで、野暮ったく見える。鼻筋は通っていて、顔立ちは可愛い感じがする。


「気をつけなさい」

「本当にありがとうございました! よろしければ、おらがとっておきのハーブティーを淹れますんで、どうですか?」

「ハーブティー?」

「おら、ハーブの研究しとるんです! ハーブっちゅうか、薬味とかの香草もひっくるめてなんだすけど、料理に使って健康になるっちゅう目的で……あぁっ申し訳ございません! 言葉遣いがすぐ直らなくて、いますぐ直しますいたしますので!」


 正直に言うと、すっごく気になる。話を聞きたい。ハーブティーも飲みたい。

 ちらっとロアさまを見る。駄目だと言われたら、いさぎよく諦めよう。


「……少しならいいでしょう」


 ロアさまの瞳が親愛を込めて、仕方ないなと揺れている。ちょっと笑いをこらえているような顔が、また格好いい。

 この低い声のロアさまに敬語を使われるのは、未だに慣れていない。耳がぞわぞわするのを感じながら、睥睨してみせた。


「あなたのハーブティーとやらを飲ませてみなさい」

「はいっ!」


 偉そうに言っているのに、笑顔で顔を上げたこの子は、きっといい子だ。偉そうにしてごめんね!



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