表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/164

キャロライン

 部屋の外に出るのは、ここへ侵入した日以来だ。

 あちこちで人の気配はするが、昼の女子寮は静かだった。天井には複雑な模様の彫刻があり、窓は天井に届くほど大きい。

 きょろきょろせず、女子寮には慣れていますけど何か? という顔で歩く。


「すごく今更ですけど、女子寮に男性がいていいんですか? そもそも、異性が同じ部屋で寝泊りするのは、よろしくないのでは……?」


 本当に今更だけど、この状況を見られるのはよくないかもしれないと思うと、心臓が縮みそうだ。


「厳密に言えば、側近については、規則には記載されていないのです。ただ、皆様は節度をわきまえて、同性のみを自室の使用人部屋で寝泊りさせているのですよ」


 クリスは落ち着いていた。


「ですが、昨今は異性の侍従が複数いるのが一種のステータスとなっております。ですので、異性で同じ部屋にいるのは、非常に珍しいことではなくなりました」

「それって……」


 思わず、十八歳以下は禁止なことを思い浮かべてしまった。


「男性なら有り得ますね。女性ですと、結婚前に処女検査がありますので」


 さらりと言われたけど、流せなかった。


「それってつまり、わたし……ティアンネもそう思われてるってこと……!?」

「そうです」


 ええー、複数の男と関係を持っていると思われている、人を顎で使う高飛車なお嬢様になるの? わたしが?


「一気に自信がなくなってきた……」

「大丈夫だ、お嬢様」


 左にいたロルフが、優しく手を握ってくれた。


「誰に何と思われていようと、俺たちは知っている。本当のお嬢様は、優しくて、ちょっと抜けてて、とびきり素敵なレディだって。迷いながらも前を向くお嬢様は、最高に素敵だ」


 ウインクをしたロルフの唇が、手の甲に当たる。すぐに離れていったけど、柔らかい感触が、手の甲でじりじりと焼けている。


「ろっ、あっ……お、お前、何をしているの!」


 ロルフの名を呼びそうになって、慌ててティアンネらしく侍従を呼ぶ。


「何って、緊張をほぐして差し上げているのですよ。頬にキスのほうがよろしかったですか?」

「お化粧がつきますよ」


 じっとりとロルフを睨むが、ロルフはどこ吹く風だ。


「お嬢様を彩るものに触れられるなら、これ以上の僥倖はございません」

「……口が汚れても知りませんからね」


 どこぞのご令嬢にキスして、本当だったと思い知るがいい。


「おや、本当にキスしていいので?」

「そこまでだ」


 ロアさまの制止の声に、ロルフがさっと真面目な顔をする。


「もうすぐ階段だ。人も増える。……気を抜かずに、お互いフォローし、無事に帰ってこよう」


 ロアさまの言葉に頷く。

 ここは、それなりに身分が高い令嬢が住む女子寮の二階だ。ティアンネは、この女子寮の中では高い身分となる。


 人が少なかった二階と比べて、一階は人が多くなる。

 ロアさまとロルフにエスコートされながら、転ばないように階段を下りた。つんとすました顔も忘れない。


 女子寮を出て、ご令嬢らしく、ゆっくりおしとやかに並木道を歩いていく。季節の花が咲き乱れて、エドガルドと行った庭園を思い出した。

 ……また行きたいな。あの頃みたいに、隠れず堂々と外を歩いて、買い食いをしたい。


「あれが学校? ちょっとホグ〇ーツみたい……」


 ようやくたどり着いた学校を見上げると、間抜けな感想が漏れた。白い長方形の建物がいくつかと、大きな塔がひとつある。


 大きな入口を通って中に入ると、大きなステンドグラスが等間隔に並んでいて、爽やかな明るさに満ちていた。

 白い壁と紫紺の絨毯の対比が厳かだ。絨毯には、白で複雑な模様が描かれている。

 壁だって、ただの白いだけじゃなくて何かが彫られている。ステンドグラスは透明だけど、ところどころ薄い差し色が入っていて綺麗だ。

 天井にも模様がある。柱にも何かある。ドアですらただの板ではない。

 出来るだけ顔をきりっとさせ、クリスに話しかけた。


「わたくしの自信は、先ほど帰宅いたしました」

「私が捕まえております」

「いえ、逃げているはずよ」

「捕まえております。自信をお返しいたしますね。私の特訓を受けたのですから、不安になることはございません」


 クリスは言う。前ティアンネの自分がついているのだから大丈夫だと。

 クリスが頷いたのを見て、ロルフが教室のドアを開けた。たくさんの視線が集まるが、すぐに消えていく。


 教室は、横に長かった。

 席は二列しかなく、隣とはたっぷり距離が取られている。席は前の椅子と重ならないように交互に置かれている。この教室の生徒は、12人程度のようだ。


「お嬢様、お手をどうぞ」


 クリスにエスコートされながら、ティアンネらしき席へと進んでいく。ロアさまに椅子を引いてもらって座る。椅子には分厚いクッションが置いてあって、お尻が沈み込んだ。

 ロアさまが跪き、スカートの裾を直した。うぅっ、いけないことをしている気分……!


「ティアンネ様、お久しぶりじゃない」


 声をかけてきたのは、隣に座っていた美少女だ。猫目と、ツンとしてやや上を向いた鼻がチャーミングだ。

 はじけるオレンジ色の髪に、きらきらと輝いた茶色の目。話しかけてくるならばこの令嬢だろうと言われていた、キャロラインだ。


「あなたったら、貴族に関するスキャンダルがあれば、すぐに学校へ来なくなるんだもの。今回は大ニュースだから、もう少し来ないと思っていたわ」


 そういうキャラクターにして、ロアさま達が逃げてきたときに休んでも、不自然じゃないようにしていたのか。


「いつ来たっていいじゃない」


 キャロラインがやや不思議な顔をするのを確認して、先手を打つ。


「どう、この声。だいぶ印象が変わったと思わない?」


 わたしがつけている変身の魔道具は、姿を変えてはくれるけれど、声までは変えてくれない。声を変える魔道具は、とても貴重なのだ。

 逃げ出したあの夜から、姿どころか声まで変わってしまったロアさまのことは、今は考えないでおく。


「随分と印象が変わるのね。声を変える魔道具を何に使うの?」


 ふっと意地悪く笑って答えなかったけど、キャロラインは気にしていないようだ。


「もう少し休んでいてもよかったかもね。前代未聞の人事異動だもの、みんなまだ動揺してるわ。あなたは退屈なんじゃなくて?」

「右往左往する群れを見るのもいいかと思って」

「いい性格してるわ」


 キャロラインはにっこりと笑った。嫌味っぽくなく、さっぱりした笑顔に、好感度がぐんぐん上がっていく。


「キャロラインは踊らなくていいの?」


 まだ距離を探りかねている人々を見やる。


「あら、私はそこまで愚かじゃなくてよ」


 お互い、にやりと笑い合う。キャロラインは、意外そうにアーモンド形の目を細めた。


「あなた、随分と話しやすくなったじゃない」


 どきりとしたが、お得意のポーカーフェイスで受け流す。


「好きに生きることにしたのよ」


 声を変えたのも、お喋りになったのも、情報収集のために他の人と接触するのも、これで押し通す!


「他国とはいえ、あなたのお家にも何か影響があってもおかしくはないものね」


 目を細めて、首を左へ傾げてみせる。ティアンネの癖を見たキャロラインは、追及をやめて首をすくめた。


「まぁいいわ。今度、お茶をしない? みんなダンスに夢中で、誰も座ってくれないのよ」


 視界の端でクリスとロアさまがかすかに頷いたのを見て、口を開いた。


「いいわよ。でもわたくし、お行儀が悪いかもしれなくてよ」


 侍従である誰かに食べさせてもらう予定だからね。


「あら、素敵なマナーね。ぜひ参考にしたいわ」


 学校初日で、まさかのお茶会への参加権をゲットした。早すぎるとは思ったけれど、ここは素直に喜んでおこう。

 なにせ、ティアンネはやや嫌われ者。結局、キャロラインしか話しかけて来なかった。その唯一がお茶に誘ってくれたことは、確実な前進だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説3巻(電子のみ)発売中です! サンプル
コミカライズ3巻はこちら! サンプル
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ