光り輝く美少年
「今日は、ついに学校に行く日……。頑張らなくちゃ」
制服に袖を通し、気合いを入れる。
制服は、白いブラウスと深紅のスカートというシンプルなものだが、貴族の皆様は改造して着ているらしい。
レースをつけるのは基本で、宝石で飾り立てたり、形も様々らしい。ご令嬢や派閥ごとにお揃いのものをつけていたりと、独自のルールがたくさんあるとか。
……覚えきれる気がしない。
ちなみにわたしは、なんの改造もしていない、素の制服だ。
他国から来ました、この国に染まる気はありませんという意思表示なんだって。喧嘩売ってるよね。
服を着ているだけで喧嘩を売っている状態なのは嫌だけど、可愛い制服はテンションが上がる。
襟がない白いシルクのブラウスには、真珠のボタンがついている。深紅のフレアスカートは、歩くたびに綺麗に揺れた。
ピンヒールで歩くのがあまりに下手なので、靴はウエッジソールにしてもらった。バレるとあんまりよろしくないのだが、一週間でピンヒールを履きこなせなかった。
厚底の部分を透明にしてもらい、小さな宝石を散りばめた可愛い靴だ。
「……これなら、見られたとしても物珍しさが勝るので、おそらく大丈夫でしょう」
とクリスは言ってくれたけど、出来るだけ見られないように、スカートは靴まで隠れるような長さにしてもらった。
靴は、わたしが履いていたものをクリスが持って行って、靴職人に大急ぎで作ってもらっていたらしい。
……それを聞いた時のわたしの気持ちは、女性ならきっとわかると思う。
自分が履いていた靴を観察されるなんて、恥ずかしくて死ぬかと思った。ひどい拷問だ。
「トールは大丈夫かな……」
学校に、こんなに変なローカルルールがたくさんあるなんて知らなかった。トールは敏いようで変に意地っ張りだから、心配だ。
最後に全身鏡でチェックしてから、部屋を出た。変身の魔道具で顔を変えるから、顔や髪を整えても意味がないんだけど、クリスはとても綺麗にしてくれた。
「お待たせしました」
もうみんな待っていて、慌てて駆け寄ろうとして、ボディスーツに止められた。
「ノルチェフ嬢……じゃなくて、アリス」
ロアさまの、低くて艶のある声で呼ばれて、耳がぞわぞわする。
「よく似合っている。……とても綺麗だ」
「あ、ありがとうございます。ロアさまも素敵です」
ロアさまもみんなも、揃いの侍従の服を着ている。黒いシャツとパンツ、白いベスト。装飾は、金色の太紐のふち飾りしかないのに、とても似合っている。
この服が、ティアンネの侍従であることの証だ。
「名を呼ばれるのは慣れないだろうが、耐えてくれ。ノルチェフ嬢と呼んでしまえば、ノルチェフ家の者だとすぐ露見してしまう。もちろん、外へ出ればお嬢様と呼ぶが、万が一のためだ」
「……はい」
「お嬢様と呼ばれることはなかったのだろうか?」
「ありましたけど……」
これだけ顔のいい男に囲まれてお嬢様と呼ばれた経験はない。
こんな状態で平常心でいられるなんて、もしかしてイケメンに慣れてきたのでは? 学校にイケメンがたくさんいても大丈夫かも!
と思った希望は、すぐに打ち砕かれた。
「遅くなって申し訳ございません。どんな時でもフォローいたしますので、何かあれば不用意に発言せず、こちらにお任せください」
「ヒッ……!」
不意に出てきたのは、とんでもない美少年だった。顔面が輝いている。
思わず、一番大きいエドガルドの後ろに隠れてしまった。後ずさりしたいのに、ボディスーツがそれを許してくれない。
「落ち着いてください、アリス嬢。あちらはクリスです」
エドガルドに優しく言われ、呼吸を取り戻した。
「クリス……? 本当に?」
広い背から顔を出して、美少年を見つめる。
一重で切れ長の目と、すっと通った鼻。唇は、メイドの時よりやや大きい。
メイドの時は、目が二重で睫毛がバシバシだった。目が違うだけで随分と印象が変わる。
金色の髪は、後ろで編み込んでひとつの三つ編みにしている。おそらくトールと同年代……十代半ばの、少年だった。
「あの……クリス、ですか?」
「はい。驚かせてしまい、申し訳ございません」
「いえ、わたしが勝手に、線の細い美形を怖がっているだけなので……」
第四騎士団もイケメンだらけで怖かったけど、みんなムキムキだったのでポーカーフェイスを保てた。
騎士団に入る時に面接をしてくれたボールドウィンは、イケメンが来るかもと身構えていたし、よそ行きの仮面をかぶっていたので、細身のイケメンが出現しても落ち着いていられた。
だけど今は違う。油断している時に突然苦手なものが現れた感覚だ。
「す、すみません。少し待ってください」
目を閉じて、深呼吸をする。こんな時は自己暗示だ。
……クリスはトールの友達。家に連れてきた友達。クリスはトールの友達!
バッと目を開けると、光り輝く美少年と目が合った。
「うっ、駄目だ……! トールはこんな美形を家には連れてこない!」
トールは、わたしがイケメンが苦手なことを知っている。それに、我が家に来た男は必ずわたしに惚れるという謎思考回路を持っているので、こんなイケメンを連れてこない。
「……申し訳ございません。お嬢様が異性を苦手だと聞いておりましたのに、今まで一度も素顔をさらさずに当日になってしまいました。慣れる時間を設けるべきでした。どうすれば……」
「クリスは悪くありません! わたしが悪いんです!」
エドガルドの後ろから飛び出ようとして、ボディスーツに止められた。ちょこちょこ歩きながら、クリスを真正面から見つめる。
……怖くない。これまでとてもよくしてくれたクリスが、嫌なことをするはずがない。
「怖がってしまって、すみません。クリスは何も悪くないです。……もう大丈夫ですから。クリスの輝く顔にも慣れました」
「顔が輝く……?」
「わたしの弟のトールがこんな顔になっていた可能性だって、ほんの僅かですがあります。つまり、パラレルワールドのトール」
無理があるが、時間がない今は、無理やり自分を納得させるしかない。
「申し訳ありませんが、その顔に慣れるまで、パラレルワールドでなぜか有能に育った弟という設定でいきます!」
「……かしこまりました」
クリスはとてもよく出来た侍従だった。よくわからないだろうに、何も聞かずに頷いてくれる。
「本日は、校内をよく知る私と、ロア様とロルフ様の三名がお嬢様の侍従になります。どうぞ、ご安心してください」
「……はい」
クリスがドアを開ける。
震える脚で、なんとか一歩を踏み出した。
本日は二話更新です。
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