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メリケンサック

 クリスが昼食を用意してくれているあいだに、全員が起きてきた。気だるそうではあるけど、顔色はいい。

 みんなでテーブルを囲みながら、寝起き特有の、ちょっとふわふわした会話を聞く。わたしはひたすらお茶の入ったティーカップを上げ下げしている。特訓中なのだ。


「お待たせいたしました」


 テーブルにたくさんのお皿が並べられる。朝と同じ食事に、ローストチキンがついていた。綺麗に色づいたチキンはじゅわじゅわと脂をしたたらせている。

 ローストチキンの中には、細かく刻んだ玉ねぎやセロリとパンが入っていた。セージの香りが食欲をそそる。


「お嬢様、失礼いたします」


 配膳を終えたクリスが、わたしの横に立つ。

 頷いて自分に言い聞かせる。わたしは女王様、わたしは上級貴族のティアンネ!


 クリスが、デビルドエッグを小さく切る。黄身の部分が絞り器で出されている。スモークサーモンとハーブが散らしてあり、見た目が華やかだ。

 クリスが口元に運んでくれたそれを、小さく口を開けて受け入れて咀嚼する。濃厚で、マスタードとスモークサーモンがよく合っていて、とてもおいしい。

 次に、ローストチキンを切り分けたクリスに、ちろりと視線を送る。


「申し訳ございません。パンにいたしましょうか」


 視線を外すことで答え、差し出されたパンを食べる。ふわふわもっちりしていて、意外と食べごたえがある。

 みんなの視線を浴びながら食べ終え、布ナプキンで口をぬぐってもらう。

 クリスが頷いた。


「ティアンネらしくて、とてもいいですね。あとは細かい動きを練習していきましょう。上級貴族の振る舞いをよく見ていらしたのですか?」

「……そういう行動をする人を、見ていたので」


 これは、前世で元夫にされたことだ。

 絶対に自分では動かず、わたしばっかり動いていた。視線やため息で不満を伝えられ、いつも謝って縮こまっていた。

 最終的には吹っ切れて離婚届を書かせて、貯金を根こそぎ奪ってやったけど。


 ……ここに来て、クズのことを思い出すことがあって嫌になる。家族と離れて先も見えなくて、不安になっているのかもしれない。


「あっ、父と弟じゃないですよ! ふたりはこんな嫌なことをしませんから!」


 言葉にしてしまってから、失言に気付く。

「上級貴族の方が嫌だと言ってるわけじゃないです! ただ、わたしだったら……こんなふうに不満を伝えられるのは、嫌だと思っただけで……。ティアンネらしく振舞えてよかったです」


 上流貴族の侍従なら、主の意を汲めないなど失態だ。だから、ティアンネの、この行動は正しい。


「……やっぱり、あのクズを一発殴っておけばよかった」


 メリケンサックをつけて。


 あの時は弁護士に止められたからやめたんだよね。その後も、わざわざ長い時間かけて元夫のところまで行って殴るのは時間の無駄だと思ったから、記憶から消去するほうを選んだんだっけ。


「……お嬢様の好みは大体わかりました。人前で食べることがあれば、好みのものを取りますので、先ほどのような行動はとらなくて結構ですよ。元は、上流貴族らしい立ち振る舞いを覚えるためのものです。しなくてもいい行動はしなくてもよろしいのですよ」

「クリス……いいんですか?」

「お嬢様の覚えがいいので、そこまでしなくてもいいでしょう」

「クリスがボディスーツを貸してくれたからです。これを着れば、勝手にお嬢様らしい動きをしてくれるので、助かっています」

「それは試作品ですが、最新の技術を詰め込んだものなのです。魔法を込めた糸を服にすることで、色々と出来るように研究中なんです」

「それはすごいですね」


 着ただけでこれだけ行動が変わるのなら、色々なことが出来るはずだ。


「もしかして、理想の形で筋トレが出来るようになる……!?」


 スクワットとかヨガとか、やり方や姿勢が合っているかわからないまましていた。服を着るだけで強制的にしてくれるのならば、弱い意思に負けることもない。

 クリスは驚いたあと、くすっと笑った。


「そうですね。トレーニングにも使えるかと」

「貴族のお嬢様は筋トレをしますか?」

「しません」


 このボディスーツは、お嬢様らしい動きが出来るけど、それしかしてくれない。ボディスーツを着ただけで筋トレが出来る未来はまだ遠いようだ。残念。


「ティアンネが学校を休むのは、いつも一週間から十日ほどです。一週間後に学校へ行くことを目安に頑張りましょう。午後からは、皆様に交代でお嬢様の侍従役をしていただきます。お嬢様は、複数の異性をはべらすことに慣れてください。皆様は跪いてお嬢様のお世話をする覚悟をお願いいたします」

「それって、みんながわたしの周囲に跪くんですか……?」

「はい。慣れてください」


 慣れることはないと思うけど、表情に出さないことは出来る。


「ポーカーフェイスは得意なので、大丈夫だと思います」

「そうですね。引き続き、表情の作り方も教えていきます」


 今までわたしのポーカーフェイスを見てきた人たちを見ると、なんとも言えない顔をされた。解せぬ。



本日は二話更新です。

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