とりあえずこれ作っとけば間違いない
一度住み込みの家へ戻って、一階の広々とした一室に荷物を置き、制服に着替えることにした。
上質な生地をたっぷりと使った服は、上品で軽い。淡いグリーンの服は、王城で働く者の証だ。
青のターコイズは王家しか身に着けられない。わずかでも似た色をまとえるのは、城で働く一定以上の身分の者と、王族の親族のみだ。
跳ねる髪をひとつにまとめると、仕事場へ戻ることにした。第四騎士団の寮まで、徒歩で5分だ。
林といってもいいほど生えた木々のなかの小道を行くと、視界が開ける。そこからさらに二分ほど歩くと裏口だ。
キッチンにつき、まず食材の確認をすることにした。肉は牛、豚、鴨、鶏。野菜はたくさん。魚もたくさん。小麦も米もたくさん。
エプロンを身に着け、もう開き直ることにした。
相手は運動部の学生だと思おう。年上の人はいるが、胃もたれするような年齢ではない。部活帰りの高校生、疲れて家に帰ってテンションのあがるおかずを作ればいい。そう考えると、この仕事をすると決めたときから悩んでいた思考はすっきりした。
なじみ深いおかずを作れば、それだけで庶民が食べるB級グルメだ。
ディナーは、からあげと魚の南蛮漬け、野菜たっぷりスープ、カブとフルーツと生ハムのサラダを作ることにした。
下ごしらえくんを相棒に、ディナーの時間に合わせてからあげを揚げはじめる。多少のことは騎士が自分でするようにしてくれて構わないと言われていたので、保温機能がある大皿に山盛りのっけることにした。
南蛮漬けとカブのサラダは、保冷機能のある大皿ふたつにきれいに盛り付けて、冷蔵庫にしまってある。上手に揚げてくれる鍋にからあげを任せながら、お皿やカトラリーを用意する。
からあげの第三弾が揚がったころ、ドアが開けられた。先頭には、昼と同じく鳥肌が立つほどのイケメンがいる。
どう声をかければいいか迷って、全部混ぜることにした。
「お疲れ様でした、おかえりなさい。ごはんが出来ていますよ」
なんだか、お母さんみたいになってしまった。
案の定イケメンがびっくりして見つめてくるので、すまし顔のままカウンターテーブルを見やった。
「お好きなだけお取りください。ごはんとスープはこちらでよそいますので、足りなければおかわりをおっしゃってください」
「自分で皿に食事を取り分ける……ということかな?」
「わたしがもうひとりいれば取り分けることも可能ですが、分身できませんので、このようにしております。もちろん、時間がかかってもいいとおっしゃるならば、ひとりひとり取り分けいたします。いかがなさいますか?」
イケメンはしばし考え、ゆるく首を振った。
「戦に出れば、この程度のこともできない騎士はむしろ足手まといだろう。自分で取ることにします」
「かしこまりました」
慣れない手つきで、イケメンはトングでからあげを取った。
「これは?」
「からあげです」
「からあげ」
「はい」
もしかして、からあげを知らないのかな?
両親は脂っこいものがあまり食べられないが、トールは大好物だ。シスコンのトールが自慢したので、トールの友人がわたしの作るからあげを食べに来た。みんな食べ盛りらしくもりもりと食べてくれ、それ以来何度かねだられて作っている。
鳥肌イケメンはしばし考え、3つからあげを取った。みんな控えめに取っていくので、この調子だと残ってしまう。
心の中でひっそりとため息をついて、からあげの山を見つめた。冷凍してちまちま食べようかしら。
そんな中、薄ピンク髪の可愛いジャニ系はがっつりとからあげを取る。思わず顔を上げると、目が合ってしまった。
「似たようなの食べたことあるから。おいしいよね」
どう返事をすればいいか迷っているあいだに、ジャニ系はさっと行ってしまった。そのうしろに並んでいた、人懐こい笑みを浮かべるイケメンもたくさん取っていく。
「すごくいいにおい! 食べるのが楽しみ!」
「あ……おかえりなさい。たくさん食べてくださいね」
思わずトールに言うような言葉になってしまったが、わんこ系イケメンは気にする様子もなくにっこりと笑った。
「ありがとう!」
この言葉だけで、たくさん残ったとしても、今日はいい日だったと思える気がした。
後片付けをしていると、騎士たちが驚く声が飛び込んできた。
「お、おいしい!」
「なんだこれ、おいしいな……!」
「たしかに……少々脂っこいが、むしろそこが……」
「酒に合いそうなのに! ここじゃ飲めないのが悔やまれる!」
鳥肌イケメンが、早くも空になったお皿を持ってやってきた。
「その……おかわりをしてもいいでしょうか」
わたしはここへ来て初めて、満面の笑みを浮かべた。
「もちろんです」