背徳感
たっぷりと眠って目を覚ますと、第四騎士団でいつも起きている時間だった。濃紺のカーテンからわずかに漏れる朝日が心地いい。
ぐうっと伸びをすると、背筋がぽきっと鳴った。
……カーテンに、濃紺とはいえ、青色が使われているのは気にしないことにした。
アロイスだって王族の血を引いてるしね。うん。元をたどれば、アーサーにだって王族の血が流れているんだから、不思議なことじゃない。カーテンが暗い色だと、朝日が入ってこなくて安眠できるしね。
「……ここ、ロアさまが使う予定だったって感じだったよね」
わたしが来たから、ロアさまはこの部屋じゃなくて側近用の部屋で寝ている。そこもそこそこ豪華で個室だと聞いているけど、この部屋ほど広くはないだろう。
わたしじゃなくてロアさまが寝る予定だったであろう部屋に、堂々と王家の青が使われていることは置いておいて、さっさと洗顔してしまうことにした。
ロアさまが隠している正体を邪推するのはよくない。
「失礼しまーす」
いちおう声をかけて洗面所に入り、鍵をかけた。顔を洗って髪を束ねて、軽く化粧をする。
今日のデイドレスは、オフホワイトだった。七分袖の光沢のある生地の上に、同じ色のシースルーの生地が重ねられている。細かく刺繍がされていて、可愛くて優雅だ。
静かにドアを開けると、そこにはクリスがいた。
「おはようございます。朝早いですね。クリスは眠れましたか?」
「お嬢様、おはようございます。私のことはお気になさらず。朝食はいかがなさいますか?」
「いただきます」
ソファに座ると、クリスはまず温かい紅茶を淹れてくれた。
「ミルクとお砂糖は?」
「ミルクはたっぷり、砂糖はふたつで」
「かしこまりました」
この紅茶に合うであろうミルクと、蝶の形をした角砂糖が紅茶に溶けていく。クリスが静かに、音を立てずにかき混ぜてくれた紅茶を飲んでいるあいだに、朝食が運ばれてきた。
ほかほかのクロワッサンに、チーズたっぷりのオニオングラタンスープ。きのこがたっぷりかかったデミグラスソースのオムレツ。バターと何種類ものジャムが別添えで置いてある。
「お肉もご用意しておりますので」
「いえ、これで十分です」
たぶん、ロアさまたちの分だな。育ち盛りのレネなんか、朝から元気にから揚げを食べるくらいだ。
「では、レッスンに入ります」
クリスはにっこりと笑った。
「え?」
「学校は午後から始まりますから、お嬢様が飲食をするとすればお茶の時でしょう。飲む行為はお嬢様自身が行いますが、その他は従者がいたします。さきほど紅茶にミルクを入れたような行為ですね。ジャムをつけるのも従者の役目」
こ、これは……食事指導……!
「お嬢様は、キッチン・メイドという職業上、従者のようなことをしておいでだと伺っております。食事をしつつ、お嬢様がすべきではない行動を覚えていただきます」
クリスは微笑んだ。
「食事に関することでお嬢様が特訓するのは、お茶を飲む一連の動作だけです」
それなら、何とかなるかもしれない。食事のマナーを詰め込んでも、付け焼刃だと見破られるだろう。
「お嬢様に意識していただきたいのは、ご自分では動かないこと。今お嬢様がしている動作のほとんどは、侍従にさせるべきことです。敬われて当然、してもらって当然。それらは自然とにじみ出ます。それらを覚えていただくために、これからは私が動きます。すべてをしてもらうのが当たり前という気持ちをお持ちください」
「……はい」
前世の感覚がまだ抜けず、家でも第四騎士団でも動きまくっていたわたしが、すぐに身に着けられるとは思えない。
でも、するしかない。
「幸いと言うには学校の品位が疑われますが、学校では複数の異性の侍従をはべらせ、世話させることが流行しております。食事すら、侍従に口元へ運ばせるとか。もちろん、それをしているのは一部の品のない者だけです。ですが、これからお嬢様がなり切るご令嬢は、そうしてもおかしくはない性格だと周囲に植え付けてきました」
「……わかりました。頑張ります!」
わたしが恥ずかしいのは二の次! 一番は正体がバレないことだ!
「先ほどお伝えしたとおり、お嬢様が飲食するのはお茶の時ですが、いざとなれば食べなければいいのです」
「あ、そうですね。お菓子を食べないご令嬢もいるらしいですから」
わたしとその友人たちはもりもり食べていたが、ダイエットをしているご令嬢も多い。一口だけ食べて、あとはお茶だけ飲んで過ごすことも珍しくはない。
いざとなれば、その最初の一口を食べさせてもらえばいいだけだ。
「本日から、食事は私が口元へお運びします。一刻も早く、この感覚を掴んでください」
「……はい」
女装した可愛い子にお世話されるのは、なんというか、慣れてはいけない背徳感があった。
ちなみに、クリスはスパルタだった。