ついてる
お腹がいっぱいになり、メイドさんに食後のお茶とお菓子を用意してもらうと、眠くなってきた。たくさん寝かせてもらったと思っていたけど、やっぱりまだ疲れているみたいだ。
「ノルチェフ嬢は、今日は早めに休んでほしい。明日からは、他国の令嬢になりきるための特訓を受けてもらう」
「わかりました」
「化粧などはクリスにしてもらうことになるが、基本的にノルチェフ嬢はひとりで身支度してもらうことになる。本来なら、数人メイドをつけなければいけないが……そこまで信頼できる人間がいない。すまない」
「こんなに素敵なところに寝泊りできるんですから、こっちがお礼を言いたいくらいです。学校には行けなかったので、行けるのも嬉しいです」
ロアさまは、申し訳ないという顔をした。
わたしの言葉が本気だと伝わっていないのかと思ったけど、次の言葉で何もかもがぶっ飛んだ。
「男性が苦手なノルチェフ嬢には本当に申し訳ないが、これ以上隠すわけにはいかない。
……クリスは、男なんだ」
「……クリスは、男なんだ?」
クリスって、確か、メイドさんがそう呼ばれていたような。
ソファの後ろに立って控えているメイドさんは、女性の平均より少し背が高い。165センチくらいあるけど、文句なしの美少女だ。
目が大きくて睫毛で風を起こせそうなほど長くて、鼻筋が通っている。唇は小さく赤く色づいていて、ぷるぷるだ。
足首が出る長さの、クラシックなメイド服がよく似合っている。ボタンを隠すように、たっぷりのフリルが縦についている黒のシャツでは、胸がないかわからない。
白いエプロンも、フリルがたくさんついているのに、それが嫌味にならないくらいよく似合っている。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。どうぞ、クリスとお呼びください」
「こちらこそ、名乗らず申し訳ございません。アリス・ノルチェフと申します。これからどうぞよろしくお願いいたします」
頭を下げると、目線がちょうどクリスのスカートのあたりになる。
……思わず、股間のあたりを凝視してしまった。
「……あの、宦官でしょうか?」
「いいえ、ついております」
「ついてるんですか……」
「はい」
こんなに可愛いのに、ついてるんだ……。
ロアさまがわざとらしく咳をした。
「クリスは今まで、他国の令嬢、令嬢のメイド、執事と、三役をこなしてもらっていた」
「他国の令嬢って……わたしがする予定の? それなら、クリス様にそのまましてもらったほうがいいのでは?」
「元はその予定だった。だが、今はノルチェフ嬢がいる。クリスは、メイドの時は化粧をし、執事のときは素顔で、令嬢のときは変身の魔道具を使っている。クリスが最も人と接しているのは、メイドの時だ。ノルチェフ嬢がすると、別人だと気付かれる可能性が高い。それならば、あまり人と話さない令嬢になり、変身の魔道具を使って外見を同じにしたほうが気付かれにくい」
そう言われると、わたしが出来るのは他国の令嬢役だけだと思い知らされる。わたしは、化粧でこんなに可愛い顔にはならない。整形が必要なレベルだ。
人数が少ないのに、わたしだけ部屋に閉じこもってはいられない。みんなが第四騎士団へ戻れるように、何かしたい。
「……わかりました。クリス様に質問をしてもいいでしょうか? 触れられたくないことかもしれないので、答えたくなければ、答えなくて構いません」
どこかでこっそり聞こうと思ったけど、クリスは動かなかった。
「どうぞ、ここで質問してください。聞かれて困ることはなにもありません。それから、どうぞクリスとお呼びください。部屋の外でそう呼ばれると困ります」
「では、クリスと呼びますね。クリス、質問させてください。
1.体は男で、心は女
2.体も心も男だが、女性の服や化粧が好き
3.体も心も男で、女装の趣味もないが、仕事でメイド服を着ている
このうちのどれですか? 1であれば、女性として接します。2や3で、可愛いと言って不快な思いをさせていたのなら、謝りたいんです」
クリスは、しばらくわたしを見つめたまま動かなかった。
「……3です。私は女顔ですし声を高くすることもできるので、この役目を与えられました。好きになるのも異性です」
クリスの声が低い。
低いとは言っても、今までの声と比べてだ。中性的だが、目を瞑って聞けば、間違いなく男性だと思う声。
「不快な思いなどしておりません。メイド服を着ている時は、女として扱ってください。そうしないと、事実に気づく者が出てくるかもしれません。……ですので、謝罪は不要です。あなたから見て女性だと思われたのならば、それは私の誇りです」
「……余計なことを言ってすみません」
ちょっぴり、ロアさまがそういう趣味かと疑ったのは黙っておこう。
「あなたは、事前に必要なことを確認したに過ぎません。これから先、指導やマッサージの際に触れることがありますが、メイドの姿でいたします。男性であることに変わりなく、異性が苦手ならば苦痛でしょうが……」
「その姿のクリスは、立派な女性です。今までそう思っていましたし、これからも変わりません」
こんなに可愛いのに男性と言われても、すぐにイメージできない。女性と思い込んで接したほうが、お互いにいいはずだ。
クリスは、初めて少しだけ微笑んだ。
「……明日から、みっちりお教えいたします。どうぞ、お早めにお休みください」
わたし抜きで話し合いをしたい空気を感じて、立ち上がる。
「では、お言葉に甘えて先に休ませてもらいますね。皆さん、おやすみなさい」
口々におやすみを言ってくれるみんなにお辞儀をしてから、私室へ入った。言われたとおり、鍵は閉めずにドアだけ閉める。
寝るには早い時間だけど、パジャマに着替えて、ベッドに横になった。
「……ついてるんだ」
思わずつぶやいてしまう夜だった。