表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/164

下ごしらえくん

 学校が安全だとわかり、室内にはやや緩んだ空気が流れていた。

 敵がこちらの居場所を掴むとしても、まだ先のことだ。ずっと気を張り詰めていると、いつか限界がきてしまう。今日くらいはゆっくりしてほしい。

 メイドさんもそう思っているのか、お茶を用意しながら優しく言った。


「本日はもうお休みください。明日からまた動きましょう」

「……そうだな。明日からは本格的に動くことになる。今日は各自ゆっくり休んでほしい」


 ロアさまが目頭を押さえる。きっと、昨日から動きっぱなしで寝ていないんだ。

 どこか気だるげに手を離したロアさまの視線が向けられる。


「ノルチェフ嬢は、なにか欲しいものはあるだろうか。反王派の証拠を掴んだとなれば、相応の褒美がある。考えておいてほしい」


 気が早いと言おうとして、口をつぐんだ。

 ……ロアさまは本気だ。本気で反王派を一網打尽にするつもりなんだ。もしも捕まえられなかったら、なんて口にはしない。


「ノルチェフ嬢は、すぐに思いつかないかもしれないが」

「いえ、あります」


 みんなが驚いた顔をするのが不思議だ。わたしにだって欲しいものはある。


「図々しいお願いだとは思うんですが……」

「遠慮なく言ってほしい」

「……わたしが騎士団に入ってから、ずっと支えてくれたものです。ひとりで騎士団でご飯を作り続けられたのも、側にいてくれる存在があったから……。わたし、ずっと、ほしかったんです」


 図々しくても、要望を言えるチャンスを逃せない。


「第四騎士団にいる、下ごしらえくんと調理器くんがほしいです! 大変申し訳ないですが、一括で支払えないのでローンでお願いします!」


 騎士団の備品を欲しがるなんて、と顔をしかめられるかもしれない。

 でも、反王派に関するなんらかの功績があれば、不敬にならないはず!


 勢いよく頭を下げるが、返事がない。そうっと顔を上げると、なぜかみんな下を向いて沈み込んでいた。


「や、やっぱり不敬でしたか……?」

「……いや、そうではない。不敬ではない。不敬ではないんだ……」

「それなら、ロアさまはどうしてそんな項垂れて……」


 ロアさまの横で、ロルフがソファに沈み込んでいく。


「わかっているさ。少しでも期待した俺が愚かだって。だけど、期待させて落とすなんて、アリスもなかなか悪女だな……」

「あ、悪女ですか? 申し訳ありません……?」

「いや、アリスは悪女じゃない。俺が悪かった。ごめん。俺が悪いんだ」

「みんながわたしに望んでいることと、違うことを言ってしまったんですね?」


 余計に沈み込んでしまったロルフに駆け寄ろうとすると、エドガルドに止められた。


「アリス嬢はまったく悪くありません。これは僕たちの問題です。勝手に期待した僕たちが悪いのですから」

「エドガルド様、わたしは望みを変えます」


 レネが立ち上がる。


「だから、今の願いでいいんだって! アリスはなにも悪いことはしてないから、安心して!」

「でもレネ様、みんなが」

「いい、アリス。今の状況を簡単に言うと……アリスが福引を回してて、みんなのほしいものが当たらなくてがっかりしてる状態。アリスは悪くない」

「福引を回しているなら、わたしが悪いのでは……?」

「悪くないってば!」


 頭を振るレネの肩に手を置いたアーサーが、優しく笑いかけてくれた。


「みんなは、結果にただ落ち込んでいるのです。ですから、ノルチェフ嬢は気に病まないでください」

「……アーサー様も、落ち込んでいるんですか?」

「少し。そんな自分に驚いて……少し、心が踊っています」


 それってやっぱり、わたしが悪いのでは?

 おろおろしていると、メイドさんがすっと進み出た。


「口をはさんで申し訳ございません。アリス様の望みは、反王派を捕まえる褒美としては、あまりに貧相でございます。応分なものを望まねば、陛下への侮辱とも受け取れます」

「わたしにとって下ごしらえくんと調理器くんは、とても大事なものなんです。初日……いえ、初日となる前日から急に食事を作ることになり、下ごしらえくんがいなければ、わたしはとても仕事を全うできませんでした。とても大事で、心の支えになってくれていたんです」


 わたしにとっては、とても大事なものだけど、メイドさんの言うことはもっともだ。


「今はほかに思いつきませんが……あ、ではヒールが武器になる靴をお願いいたします。建国祭のパーティでレネ様と反王派を目撃したとき、わたしには攻撃手段がありませんでした。あの時は靴のヒールで攻撃しようと思っていたのですが」

「そんなこと考えてたの!?」

「はい。レネ様はわたしを守ってくださるつもりだったんでしょうが、わたしが逃げても何にもなりません。わたしが攻撃しているあいだにレネ様が逃げて、伝えるべき人に説明するのがベストだと思いました」

「そんなの、アリスがどうなるか!」

「わたしが逃げても同じでしたよ。むしろ、悪化していたかも。だから、武器になる靴がほしいんです。できたら敵の目をえぐれるやつがいいです」

「……なにそれ」


 レネは笑った。


「あの時ボクは、どうやってこの場を切り抜けるか、どうすればアリスと逃げきれるか考えてたのに」

「騎士を守るレディがいてもいいと思います」

「……アリスはほんと、思い通りにならないよね」


 レネの笑顔は儚くて、綺麗で、透明だった。令嬢に引けを取らないくらい綺麗な顔は、すぐにしかめられる。


「そういう時に一番助かるのは、一目散に逃げること! 相手はアリスの動きなんかすぐに抑え込めるんだから! 足手まといにならないように逃げるのが一番なの!」

「は、はい」

「よし! でも、万が一捕まったときのために、ヒールの部分に縄を切れるものを仕込むとかはいいかも。とにかくアリスは逃げて。騎士はレディを守りたいものなんだから」

「わかりました」


 レネは満足そうに頷いた。


「お腹すいちゃった。休む前に、久しぶりにアリスのご飯が食べたいな」



下ごしらえくんが一番の強敵です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説3巻(電子のみ)発売中です! サンプル
コミカライズ3巻はこちら! サンプル
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ