誰?
「おかえりなさい!」
笑顔で迎えたのに、帰ってきたのはまったく知らない三人だった。
それぞれが非常にイケメンだが、イケメンが故に警戒してしまう。
「だ……誰!?」
武器になるものは持っていない。必死に視線を走らせるが、手の届く範囲には何もなかった。
「落ち着いてくれ。私だ、ロアだ」
そうは言っても、知らない人が話しているようにしか見えない。
アーサーが立ち上がって、安心させるように微笑んだ。
「ノルチェフ嬢、大丈夫ですよ。変身の魔道具を使っているだけです」
ようやく少し落ち着いて周囲を見てみると、アーサーは構えていなかった。
ロアさまらしき人の後ろにいる人がネックレスを外すと、見知らぬ人の輪郭が、ゆるやかに景色に溶けていく。
現れたのは、レネとエドガルドだった。
「ただいま、アリス。起きたんだね」
「レネ様……おかえりなさい」
「ただいま帰りました。顔色がよくなったようで、安心しました」
「エドガルド様もおかえりなさい。ゆっくり休ませていただきました」
ロアさまはひとりだけ動かず、じっとわたしを見ている。
「おかえりなさい、ロアさま。どうかしましたか?」
「……変身の魔道具は、ひとつしか使用できないことは知っているだろうか?」
「え? はい。ふたつ以上使うと、姿が歪んで見えるんでしたよね」
画風やサイズがまったく違う似顔絵をつぎはぎしたような、福笑いでめちゃくちゃに置いたような、そんな姿に見えるはずだ。
蜃気楼のように輪郭がゆらゆら揺れるから、すぐにわかると聞いた。
「その通りだ。だから私は……いまからノルチェフ嬢に、本当の姿を見せることになる」
「え? あ、そうか……騎士団にいた時も、逃げる時も、魔道具を使っていたんでしたっけ」
「ああ。……少し色は変えているが、今度こそ、本当の私だ」
ロアさまが、意を決して、ネックレスを外した。ゆらりと、本物のロアさまが現れる。
ゆるく後ろになでつけた銀色の髪に……緑色の瞳。
逃げる時から、一回り大きくなった体は変わらない。柔らかな印象から一転、凛々しくたくましい顔は、かなりのイケメンになってしまった。
すっと通った鼻筋に、涼やかな目。薄すぎず厚すぎない唇。眉毛まで凛々しい。
「ノルチェフ嬢……どうして残念そうな顔をしているか、聞いてもいいだろうか」
「……イケメンになってしまったので……」
「それが残念なのか?」
「……はい」
「そうか……」
それきり、言葉が途切れる。
ロアさまの綺麗な銀髪を見ると、王弟殿下を思い出してしまう。このあいだ会ったばかりだし、わたしが接した異性の上級貴族で、銀髪なのは王弟殿下だけだからだ。
万が一ロアさまが王弟殿下だったら、つじつまが合う。合うけど、ロアさまが王弟殿下だと確信が持てない。
パーティで話したときも数メートル離れていて、逆光のようになっていた。顔立ちははっきり見えなくて、覚えているのは銀色の髪と、ロイヤルブルーの瞳。
今のロアさまの目は緑だ。貴族は銀髪が多いから、それだけで王弟殿下だと断言できない。
「ロアさまが誰かわからなくて、すみません……」
あと思い当たるのは、アロイスだ。公爵家の嫡男で、親王派の筆頭だったはず。翡翠色をした瞳が吸い込まれそうで素敵なの、とは友人談だ。
王弟殿下よりも、アロイスの可能性のほうが高い気がする。王弟殿下がこんなわずかな人とともに逃げるなんて、あり得るんだろうか。
「いや、いい。ノルチェフ嬢は知らないままのほうがいいかもしれない」
ロアさまの声は、あからさまにホッとしていた。
「これは、揃いの魔道具だ。身に着けた者たちには本来の姿が見え、その他には違う姿が見える。ノルチェフ嬢にも渡しておく」
ネックレスを受け取る。六角形の、虹色に光る宝石のようなものがついている。
……魔道具の核だ。絶対に壊さないようにしなくちゃいけない。弁償できる金額じゃない。
「私はロアの名をそのまま使う。ノルチェフ嬢のことは、お嬢様と呼ぶことになる。ノルチェフ嬢は、外ではみなの名を呼ばないように。令嬢が従者の名を呼ばないのはよくあることだ」
「は、はい」
「もうすぐロルフが……ああ、来たな」
ドアがノックされ、ロアさまが素早く魔道具をつける。促され、わたしも変身の魔道具をつけた。途端に周囲が見知った人に変わり、ほっとする。
アーサーがドアを開けると、ロルフとメイドさんが帰ってきた。素早くドアが閉められると、外と部屋が区切られたようで安心する。
メイドさんが軽く礼をして、口を開いた。
「やはり、今のところ学校は安全のようです」
「そうか。……ここに潜伏し、機をうかがう! なんとしてもダイソン伯爵の狙いと証拠を掴む!」
ロアさまの力強い声にみんなが同意し、決意を宿した目で頷きあう。
ちょっぴり乗り遅れてついていけないことは隠して、すまし顔をしておいた。