いつか打ち明けてくれる日まで
タイミングを見計らってメイドさんが持ってきてくれた、あたたかいお茶を飲む。もう夜明けはとうに過ぎていて、外から人の気配がする。
ロアさまは両手ほどの大きさの白紙をテーブルの上に出し、さっきから時間を気にしている。
「……きた」
ロアさまがつぶやいた途端、ただの紙だったそれが淡く光り、するすると文字が書かれていく。
「通達終了、思惑通り。敵は城にあり。経過はまた報告する。きちんと休むように」
やや急いで書いたような字だが、達筆だ。それを読んだロアさまは、細くて長い息を吐いた。体から緊張が抜けていく。
「……これで今日は追跡がかなり減る。アーサー、ロルフはもうしばし私に付き合ってくれ。疲れているのにすまない」
「もちろん、どこまでもお供いたします」
「終わったら強制的に、今日清掃して休ませますよ」
アーサーのダジャレを聞いて、こんなに安心する日がくるなんて思ってもいなかった。
ダジャレを言う余裕が出来るくらい、今の報告はいいものだったみたいだ。
「エドガルドとレネは、午後から連れて行く。その前に休んでおくように」
「かしこまりました」
「御用の際はお呼びください」
ふたりが頭を下げる。
「クリスは引き続き使用人間での情報収集を頼む」
「守護の魔道具を起動させます。出入りの際にはこちらをお持ちください」
メイドさんが差し出した小さなペンダントを受け取り、ロアさまはわたしを見た。机に置いた紙の上に手を置く。
「これは、もうひとつの紙と対になっている魔道具だ。紙に書いたものが、もう一方の紙に転写される」
それ、すごく高い魔道具じゃない?
「さきほど陛下から連絡がきた。人事異動の発表を終えたそうだ。王城は混乱している。これで反王派に揺さぶりをかけ、誰がどう動くか、何をするか確認する。私を探す余裕はなくなっただろう。追手はいなくならないだろうが、人数はかなり減った。ノルチェフ嬢は、今のうちにゆっくり休んでくれ」
「はい。では、先に休ませてもらいます」
陛下と直接連絡がとれる、高価な魔道具を持っているロアさま。反王派に狙われているロアさま。
エドガルドとロルフとレネの主。公爵家のアーサーの、主。
もしかしなくても、ロアさまってとても身分の高い人では……?
「ロアさま……あの」
一瞬、聞こうかと思って、やめた。
ロアさまはロアさまだ。言わなくちゃいけないのなら、ロアさまは自分から打ち明けてくれる。
「たぶん、寝たら起きないと思います。何かあったら、叩き起こしてもらえますか?」
「わかった。存分に寝てくれ。……ああ、ずっとマントのままだったな。気が回らなかったな……」
「こんなときに、わたしのマントなんて気にしないで大丈夫ですよ」
下がネグリジェだから脱げなかっただけだし。
「浴室はあのドアだ。ノルチェフ嬢の寝室と繋がっているから、そのまま眠ってもらって構わない」
締め切った通路などを通ってきたから、体が埃っぽい。疲れてこのまま寝たいくらいだけど、ベッドを汚すのは申し訳ないので、シャワーを浴びることにした。
メイドさんが、すっと出てきてお辞儀をする。
「御髪をさわってもいいでしょうか?」
「はい」
適当に結んだ髪は、あちこち跳ねてぐちゃぐちゃになっているはずだ。
メイドさんは確かめるように髪をさわったあと、お辞儀をした。
「ご入浴の準備をしてまいります。浴室にあるものは全てご自由にお使いください」
すぐに出てきたメイドさんと入れ違いに、浴室へ入る。白と金で統一された浴室は、とても広くてきれいだ。
シャワーを浴び、涼やかな花のような香りのするシャンプーで髪を洗う。ボディソープはきめ細やかな泡が出て、しっとりつるつるだ。
ふっかふかなバスタオルで体と髪をぬぐい、座っているだけで自動で髪を乾かしてくれるドライヤーに任せる。
「髪がさらつやだ……!」
うっとりする香りに包まれて、髪はシャンプーのCMのような仕上がりになった。ほとんど徹夜なのに、肌も荒れていない。
「高い化粧品って、やっぱりすごい!」
新しい下着とネグリジェに着替え、もうひとつのドアを開けると、広い寝室に出た。
品よく調度品が置かれていて、細やかで豪奢だ。白が基調となっているので、なんとなくほっとした。ここで本物の金とか使われていたら、歩くのさえ怯えていた気がする。
さっきのリビングに繋がっているドアを開けて、顔だけ出す。さすがにネグリジェを見せるのは恥ずかしい。
部屋には、エドガルドとレネしかいなかった。ロアさまはもう出かけたみたいだ。
「エドガルド様、レネ様、先に休みます。おやすみなさい」
「ゆっくりお休みください。レディにこんなことを言うのは失礼だとは思うのですが、ドアの鍵だけは閉めないようお願いします。有事の際は、鍵を開ける時間が惜しいので」
「わかりました。みなさんを信頼しているので、鍵を開けて寝ます。なにかあれば起こしてください」
「今日は大丈夫だって言われたでしょ? アリスは好きなだけ寝ていて。お疲れ様。よく頑張ったね」
「頑張ったのは、みんなのほうですよ。ふたりも、休めるときに休んでくださいね」
長い会話でふたりの時間を奪うのも悪い。早々に会話を切り上げて、休むことにした。
靴を脱いでベッドの横に置き、ベッドにもぐりこむ。興奮して眠れないかと思ったけれど、体は疲れていたみたいだ。
目を閉じると視界がぐるぐると回り、そのまま眠りに落ちていった。