巻き戻っても
みんなが話を聞く体勢になったのを見て、そっと立ち上がった。わたしがいたら話せないことがあるはずだ。
「ノルチェフ嬢は、ここにいてくれないか」
ロアさまに、引き止めるように手を握られた。
「ノルチェフ嬢を巻き込んでしまった。ここまできて、ノルチェフ嬢にだけ事情を伏せようとは思わない。一緒に聞いてほしい」
まわりを見ると、それぞれ頷いてくれた。手を引かれるまま、ロアさまの隣に座る。
美少女メイドは、てきぱきと話し始めた。
「ダイソンはこちらを見失っています。王城を出たかさえ掴めていない様子。シーロのおかげです」
「……そうか」
「シーロの安否は不明です」
思いがけない名前に顔を上げる。
ロアさまがわたしを迎えに来たとき、シーロの姿はなかった。シーロも仲間だったのなら、あの時どこにいた? もしかして、ひとりで戦って……。
血の気が引いていくわたしとは対照的に、ロアさまは安心したように息を吐き出した。
「遺体が見つかっていないのなら、シーロは生きている」
「そうですね。あいつはしぶといですから」
当たり前のように言うアーサーを見上げる。
「生きています。シーロですから」
にっこり微笑まれた。
「わかりました。会えたらお礼を言いたいです」
ふたりが言うのなら、わたしもそう思うことにした。
ここでわたしがいくら心配しても、事実は変わらない。ほかの人の不安を煽るだけだ。
それならば、シーロが無事でいることを信じよう。運がいいシーロなら、ピンチになっても切り抜けられるはずだ。
「当面の無事は確保できました。あとは陛下にお任せいたしましょう。皆様、お休みください」
「いや、今日はこのまま学校に行く。その前に、ノルチェフ嬢に説明をしよう」
「かしこまりました。お茶を淹れてまいります」
サンドイッチがのっていたお皿や、空になったカップを持って、メイドさんは下がっていった。
「……まずは、ノルチェフ嬢に謝罪をさせてほしい。巻き込んですまない」
ロアさまが深く頭を下げる。
「巻き込もうと思っていなかったことは、よくわかっています。顔を上げてください」
数秒経ってから見えたロアさまの顔には、後悔がにじんでいた。
「なにも知らず不安だっただろう。ここまでついて来てくれたことに感謝する」
ロアさまは、どこまでも真摯だった。走れないわたしは足手まといだったはずなのに、そんなことはおくびにも出さない。
「私は反王派に狙われている。そのため、魔道具で姿を変え、第四騎士団に身を隠していた。反王派に見つかり逃げてきたのが、今夜の概要だ」
「どうして、わたしも逃げる必要があったんですか?」
「私がノルチェフ嬢と懇意にしていることが敵に知られたからだ。ノルチェフ嬢を寮に残したままだったら、人質にされたり、服従の首輪をつけられていた可能性が高い」
「服従の首輪って、禁止されている魔道具じゃ……」
「国に禁止されているものを所持し、使うのをためらわないのが、私の敵なんだ」
それって、わたしが寮で呑気に寝ていたら、結構なピンチだったのでは?
「一緒に連れてきてくれて、ありがとうございます。わたしの家族は狙われていますか?」
「絶対に安全だとは言えないが、おそらく無事だ。私の味方を殺してまわる愚策をとる敵ではない。そもそも、第四騎士団のキッチン・メイドがノルチェフ嬢だと露見していないかもしれない」
「え? あっ……第四騎士団の守秘義務?」
「そうだ。ノルチェフ嬢があそこにいたことは、第四騎士団にいた騎士のほかには、王城にいる私の側近しか知らない。だが、病気の母君を人の少ない家においておくのは危険だ。明日……もう日をまたいだから、今日か。王城にて大規模な人事異動が発表される。混乱している間に、母君を保護する」
人事異動はたまにあるらしいけど、大規模なものは聞いたことがない。
要職についている貴族を変更するには、陛下の許可が必要だ。そして、それは国の重鎮を集めた場で発表される。
「王弟殿下が支援している特効薬の治験と称して、秘密裏に研究室に連れていくので、目立たないだろう」
「ありがとうございます!」
「礼は不要だ。……原因は私なのだから。私がノルチェフ嬢と仲を深めたいと思わなければ、こんなことにはならなかった」
顔をゆがめて自嘲の笑みを漏らすのは、ロアさまらしくない。
「わたしは、ロアさまと会えてよかったです」
「渦中に巻き込まれても? ご家族と会えず、一緒に逃げることになったのに」
「それでもです。ロアさまと会えて、仲良くなれてよかった。はい、この話はこれでおしまいです」
強引に打ち切ると、ロアさまはぽかんとした顔をした。
「それとも、わたしの意思は、ロアさまには取るに足らないことですか?」
ちょっと意地悪な聞き方をしてしまった。
「もし時間が巻き戻っても、わたしは第四騎士団のキッチン・メイドをします」
ロアさまの目が、すこし潤んだ気がした。
「……ありがとう」
「お礼を言うのはこちらです。足手まといのわたしをここまで連れてきてくれて、ありがとうございます。家族のことまで気を配ってくれて、とても嬉しいです」
いつもまっすぐ伸びている背筋が、いまは丸まってしまっている。その背を、感謝が伝わるようになでた。
「変装して、敵の弱点を掴んで脅すんですよね? 任せてください! ぐうの音も出ないほどの証拠を掴んでみせます!」
建国祭でレネといたときに遭遇したのは、きっとロアさまの敵だ。汚れたドレスと靴の仇をとってみせる!