実はマイムマイムから見ていた
世界が違えど身分が違えど、男は男。にんにくをきかせた男飯は評判がよかった。
ぐったりとキッチンにおいてある椅子に座り込む。二人分ほど余った牛丼は、まかないとして食べてもいい契約だ。食べてしまおう。
自分用の牛丼を作っていると、ドアが開いた。入ってきたのは、背の高い穏やかなそうな青年だった。
騎士団の制服を着ている。さきほどの集団のなかにいなかったから、遅れて食べに来たのだろう。
「お疲れ様でございます。粗末なものですが昼食を作りました」
珍しく異性相手に緊張せず、言葉がするりと口から出る。
彼のまとう柔らかな雰囲気のせいでもあり、イケメンすぎないせいでもあった。顔は整ってはいるが、鳥肌が立つほどではない。
威圧を与えないひとつひとつの顔のパーツが、親しみを込めて配置されているように感じる。
「どんぶりですので、食べるのが無理ならばおっしゃってください」
「いただくよ。みんなおいしいって言っていたから、楽しみだ」
角のない、穏やかな声だった。
差し出したどんぶりを珍しそうに眺めた青年は、椅子に座って上品に牛丼を口に運んだ。
「うん、おいしい。仕事は明日からなのに、無理を言って悪かったね」
「とんでもございません」
頭を下げ、後片付けを始めた。自動食器洗浄機、略して食洗器に突っ込むだけだから、とても楽だ。
シンクも汚れたコンロも、ボタンを押せば魔法できれいになる。
発達した魔法のおかげで「前世の知識で無双」ができなくなったが、これはこれでいいと思う。なまじ前世の記憶があるせいで、わたしの根底には、平民で使われる立場なのが染みついている。
下手に権力を持っても、頭のいい誰かに使われるだけだっただろう。勉強だって頑張ったけれど、元から頭の出来がいい人には、どうやっても敵わなかった。
わたしが何度も何日もかけて覚えたものも、一度で覚えてしまう。
それでも卑屈にならずに済んだのは「人生、上には上がいる」と知っているからだ。そして、そんな自分でも心から愛してくれる家族がいたから。
前世で天涯孤独だったわたしにとって、家族はなによりの希望で、心の拠り所だ。
ホームシックを振り払うように振り向くと、食事を終えた青年が気配もなく背後に立っていた。どきりと固まる。
近くにイケメンが! もしかして恋が始まっちゃう!? ドキドキ♡キッチンメイド♡
なんてかわいいものではない。幽霊を目撃したようなドキドキだ。
「な……なにか、御用でしょうか」
失礼にならないように、じわじわと後退するわたしを見て、青年は微笑んだ。
「驚かせてしまって申し訳ない。もしよければディナーも作ってほしいんだ。契約書は今日から働くと変えておくから」
「かしこまりました。また米でよろしければ」
契約しているパン屋さんがパンを持ってきてくれるのは明日からだ。
「もちろん、無理を言っているのはこちらだから、好きなものを作ればいいよ」
じっと見つめてくる瞳から逃げて、頭を下げ続ける。
「そのようにかしこまらなくていい。騎士団は、そういったものを取り払い、己を鍛えなおすための場所だから」
顔を見なくてすむ理由がなくなり、すました顔で、しぶしぶ顔を上げた。
そして、驚いた。
「ふ、ふふっ……ノルチェフ嬢は、意外と面白い人だな」
よくわからんが笑われている。
すまし顔のまま答えた。
「お褒めいただき光栄でございます」
さらに笑う青年は、わたしより身分が上だろう。どう扱えばいいかわからない。
青年の猫っ毛のような茶色い髪が、笑うのに合わせてふわふわと揺れている。それを見て弟を思い出し、ホームシックがちょっぴり加速した。
「ディナーも楽しみにしているよ」
「かしこまりました」
「それでは、またディナーで」
体重を感じさせない足取りで、青年が出ていく。
なぜ笑われたかはわからないけど、とりあえず、牛丼を食べることにした。腹が減っては戦ができぬ。
・・・
ドアを閉めた青年は、くすくすと笑いながら訓練場へと向かう。
建物に知らぬ気配があるから探りにくれば、小柄でくりくりとした目の令嬢がいた。魔法を使った機械に驚き、なぜかじゃがいもを相手に不思議なダンスを踊る。
遠くまで食事に行くことを面倒くさく思う騎士たちのために、ランチを作ってくれた。初めて目にするどんぶりという食べ物に、自分の食事は自分で配膳するのが当たり前だと疑っていない態度。
役目上、一番前にいたアーサーは、さぞかし困ったことだろう。
なにより、あの顔。
媚びなど皆無で、ただ距離を取りたがっていた。愛想笑いもないすまし顔なのに、声にはいたわりが込められている。
自分に興味がないのが、とても嬉しかった。
青年は大きく伸びをする。口から強いにんにく臭がするのが新鮮で、おかしかった。