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まるで宝石のように

 毎年建国祭の初日だけ参加しているパーティは、今年も一日だけ行って終わった。レネに出ないように言われたし、今年だけいつもと違うことをして疑われる気もない。

 母さまのお世話をしたり、家族でたくさん話したり、城下町へ行ったり、久しぶりに友達と集まってお喋りしたり。一週間のお休みを満喫して、ゆっくりと平常心を取り戻していった。


 王弟殿下が去った後にレネが来た時、腹痛なのか聞いたあたり、あの時のわたしはかなり混乱していたのだと思う。あのタイミングであそこにレネがいたってことは、王弟殿下の配下ってことだ。

 バルコニーまでわたしを連れて行ったロルフもそうだし、ロルフがいるってことはおそらくエドガルドも一緒に王弟殿下の元にいる。

 少し考えればわかったのに、あの夜は濃密な出来事がありすぎて、整理するのにかなり時間がかかってしまった。


 寮へ帰って、ネグリジェに着替えてベッドにもぐりこむ。


「明日からまたお仕事か。明日のご飯は何にしようかな。騎士さまのテンションが上がるようにお子様ランチにしようかな。ディナーだけどお子様ランチ。マヨラー騎士さまのためにマヨネーズもたっぷり作っておかないと」


 建国祭のパーティでマヨラーの騎士さまを見たけど、わたしに気付いた途端にぼそぼそと「マヨネーズマヨネーズマヨネーズ」と言っていた。ちょっとしたホラーだった。

 マヨラー騎士さまは、お家でマヨネーズを食べさせてもらえないらしいから、たっぷり用意しておこう。最近はアレンジや味変まで覚えて、そのたびに嬉しそうに報告してくるから、トールみたいで微笑ましい。

 あとは、あれからレネが無事だったか、エドガルドにトールのことを謝って、ロアさまにドレスのお礼を言って……それ、から……。



「ノルチェフ嬢。起きてくれ」


 ゆっさゆっさと体を揺すられ、ぼんやりと目を開く。月が照らす薄闇に、知らない男がいた。


「ぎゃあ! ……むぐっ!」

「落ち着いてくれ。私だ。ロアだ」

「ふぐぐ!? むぐ! むぐう!」

「魔道具で姿を変えている。お願いだから叫ばないでくれ。敵に見つかる」


 口を押さえられていた手がそっと外され、ロアさまと名乗る男を睨みつける。ロアさまは茶髪に茶色い目だし、イケメンだらけの騎士団の中では落ち着いた顔立ちだ。

 いま目の前にいるのは凛々しい感じの男前で、黒髪に深い緑の目をしている。体だってロアさまより一回りも大きい。

 明らかに不審者だけど……目が。私を見つめる目が、何だか、ロアさまみたいだ。


「……わかりました。大声は出しません。その代わり、質問に答えてください」

「わかった。だが時間がない。敵に見つかれば殺されてしまうかもしれない」

「えっ? ええと、では。ロアさまがわたしに贈ってくれたものは?」

「ドレスと靴、青い花。花は、ノルチェフ嬢がそこに飾ってくれているものだ。花と一緒に瓶に入れてあるのは……私が渡した、王弟殿下からの手紙だろうか?」


 状況はわからないけれど、今は少しの時間も惜しいはずだ。それなのに、落ち着かせようと気遣ってくれているのが伝わる声。真剣で優しい眼差し。


「……本当に、ロアさまなんですね」

「わかってもらえて嬉しい。突然ですまないが、私の敵がすぐに来る。ノルチェフ嬢も狙われているから、一緒に逃げてもらう」

「わたしが狙われてる!?」

「必要なものはこのマジックバックに入れてくれ。マントを羽織ったら出発だ」


 真っ黒なマントが渡され、ロアさまを見上げる。


「わたしの準備が終わるまで、ロアさまは何かすることはありますか?」

「特にないが」

「では、一階のキッチンにあるレシピノートや本、冷蔵庫のものを全部入れてください。わたしはエドガルド様に借りているマジックバッグがあるので、それに入れます! では、よろしくお願いします!」


 ロアさまは一瞬戸惑ったけど、すぐに飛び出していった。

 クローゼットや化粧台を開け、私物を全部残らず入れていく。自動掃除機のスイッチを入れてゴミを吸い込んでもらいながら、靴を履いて、ネグリジェの上にマントを羽織った。

 髪の毛で誰かを追跡できる魔道具があるかもしれないから、自動掃除機もついでにマジックバッグにしまう。邪魔な髪も結んでおこう。

 最後にアリス・ノルチェフがここにいたとわかるものが残っていないかチェックして、一階に駆け下りた。浴室とトイレの自動掃除機もオンにして、片っ端からマジックバッグに入れていく。掃除が終わった自動掃除機もマジックバッグに入れて、キッチンへ駆け込む。

 キッチンのチェックをしていると、使っていない一階の客室からロアさまが出てきた。その後ろに、わたしと同じ黒いマントを羽織った小柄な人物がいて驚くが、聞いている暇はない。


「ロアさま、準備が出来ました!」


 外へ出ると、人が集まっていて、ビクッとしてしまった。アーサーとエドガルド、ロルフとレネがいる。みんな周囲を警戒していて、話しかけられる雰囲気じゃない。


「敵は」

「気配はありません」

「行くぞ。こっちだ」


 先頭のアーサーに続いて走り出す。最後尾にレネがいて、右にエドガルド、左にロルフ。ロアさまを守るような陣形に、じんわりと嫌な予感が胸を支配していく。

 ロアさまは「私の敵が来ている」と言った。もしかして、ロアさまが狙われているの?


 不安だけど、ピリピリと周囲を警戒しているみんなに聞けるわけがない。それに、少し走っただけで息切れがして、無駄口をたたく余裕がない。本当にない。

 鍛えてる騎士さまと、立ち仕事しかしていない貴族の令嬢が並んで走れるわけがないのだ。ロアさまは、ちらりと私を見て指示を出した。


「ロルフ、エドガルド。ふたりを背負ってくれ」

「了解。アリス、しっかり掴まってくれ」


 近くにいたロルフが立ち止まり、わたしの膝裏と脇の下に手を突っ込む。そのまま、ぐんっと持ち上げられた。俵担ぎだ。

 ロルフの肩に乗っているのは内臓があるあたりではなく胸下で、膝裏と肩は支えられている。マイルド俵担ぎだけど、少し苦しい。

 黒いマントを羽織って深くフードを被った小柄な人は、エドガルドに抱えられた。その途端に走るスピードが上がって、景色がぐんぐんと変わっていく。


「全員、周囲を警戒」


 前にロアさまと息抜きをした湖に着くと、ロアさまが短く命令した。命令することに慣れている様子に驚いている間に、ロアさまがしゃがみこんで何かをした。地面に跳ね上げ式の扉が現れ、アーサーが剣を構えながら中に入っていく。

 しばらくして手だけが出てきて合図されたので、出来るだけ素早く入っていく。地下にある秘密通路は、締めきった空間の独特のにおいがした。カビくささと湿ったにおい、淀んだ空気。

 全員入って扉が閉められると、壁に一定間隔でぼんやりと明かりが灯った。明かりの魔道具が設置してあるようだ。

 自分で走ったり抱えられたりしながら、長い通路をひたすらに進む。しばらくして行き止まりにたどり着くと、ロアさまが上にある扉を開け、アーサーが斥候を務める。

 アーサーが誰もいないと合図をして、順番にはしごを上る。外に出ると、そこはもう王城ではなく城下町だった。

 顔がさぁっと青ざめていく。


 ……今通ってきたのは、秘密の通路だったんだ。たぶん、王族とか上級貴族の一部しか知らないやつ。


 もしかして、ロアさまが連れて行ってくれた湖はすごく重要で、軽率に行っちゃいけないところだったのでは……?


「アリス、悪いけどまた抱える。我慢してくれ」

「よろしくお願いします」


 今はそんなことを考えている場合ではない。私が走るのが遅いからロルフが運んでくれているのだ。今わたしに出来るのは、空気抵抗を少なくしたり、運びやすい荷物に徹することだ。

 わたしは荷物! 落ちないように、首を絞めない力でロルフにしがみつくべし!


 城下町を走り抜け、何かのお店に入り、その店にある隠し部屋からまた地下の秘密通路を通ることを繰り返す。3度目にたどり着いた家で、ロアさまはふうっと息を吐いた。


「ここで小休憩を取る。10分後に出発だ」


 休憩だと言われたのに、みんな緊張を解かず、周囲を警戒している。わたしは抱えられていただけなのに息が荒い。

 エドガルドの肩からおりたフードの人が、ふらりと立つ。鈴を転がすような声がした。


「皆様、捨て置いてもいいはずのわたくしをここまで連れてきてくださり、ありがとうございました」


 女の人だったの!? 小柄だなぁとは思っていたけど、エドガルドが遠慮なく俵担ぎしてるから、少年かと思ってた。

 その人の顔は相変わらずフードでよく見えないけれど、消耗しているはずなのに凛と立っていた。


「わたくしはここで失礼いたします。城下町には、こんな時のために用意しておいた隠れ家をいくつか作っておりますので、そこに潜伏いたします。そこへは、わたくしひとりで行きます。どうか御身を一番にお考えくださいませ」

「だが……」

「これ以上足手まといになりたくはありません」


 きっぱりと言いきったその人は、纏う空気をふっと緩めた。


「今までのこと、心より感謝申し上げます。我が家門は、助力を惜しみません。どうか……どうかご無事で」


 その人は現在地を聞いたあと、深々とお辞儀をして、そうっと裏口から出ていった。途端に部屋が静まり返る。


「えー、と……わたしも失礼したほうがいいですか? 足手まといなので……」

「ノルチェフ嬢は駄目だ。狙われている上に隠れ家も用意していない。説明したいが時間がないんだ」

「わかりました。では、失礼するまで荷物のプロを目指します」

「荷物のプロ?」

「持ち運びしやすく、空気抵抗を減らす形になるんです。いざとなったら走ったりパンチできる荷物です」

「……ふっ、ふふっ。ノルチェフ嬢はこんな時でも前向きだな」

「出来ることが少ないので、前向きになるしかないんです」


 ピンと張り詰めた空気を少しゆるめて、ロアさまは小さく笑った。この顔のロアさまに慣れなくて、どこを見ればいいかわからなくなる。

 ロアさまはもう一度笑いかけてくれたあと、さっと立ち上がった。


「出発だ」


 今度はアーサーに抱えられながら、さらにいくつもの家や秘密通路を通る。息をするのもためらわれるほどの緊張の中、長い秘密通路を通ってたどり着いたのは、どこかの豪邸の中だった。

 先ほどまでのスピード重視の移動とは違い、音を立てないように進み、ひとつの部屋に入る。


「ここまで来れば大丈夫でしょう。追手も途中で見失ったと思われます。ノルチェフ嬢、立てますか?」

「はい。ありがとうございます」


 アーサーが丁寧に降ろしてくれたけれど、足がふらついてうまく立てない。座り込みそうになったところを、アーサーが支えてくれた。

 アーサーは長い間走ったり斥候をしたり、わたしを抱えて走っていたのに、そんなに息が乱れていない。しっかりと支えてくれるアーサーの腕の中で、ずるずると力が抜けていく。


「すみ、ません……わたしよりよっぽど疲れているのに」

「こういう時のために私は鍛えてきましたので、お気になさらず。役得ですよ、役得」

「ふふ、何ですかそれ」


 アーサーのいつもの軽口が日常を思い出させる。


「支えてくださってありがとうございます。もう立てます」


 アーサーの腕を離れ、ようやく部屋を見回す余裕ができた。高級ホテルのスイートルームのような、広くて豪華な部屋だ。

 窓は大きく、緻密な刺繍が入ったカーテンがかけられている。大きなソファとテーブル。部屋は白と金と紫で統一されていて、高貴さを感じさせる。いくつもドアがあるから、奥にはさらに部屋があるのだろう。


「あの、ここは……」


 尋ねる前にドアのひとつが開いて、中からメイド服の美少女が出てきた。ゆるくウェーブがかかった金髪をツインテールにし、黒いリボンで結んでいる。ぱっちりお目目に長いまつげ。赤い唇。


「皆様、よくご無事で……!」


 意外とハスキーな声だった。


「念のため周囲を見回ってくれ。私たちは少し休む」

「かしこまりました」


 メイドさんが出て行って、みんなでソファに座る。途端に疲労が押し寄せてきて、頭がくらくらとした。

 ロアさまの腕が伸びてきて、ぎゅっと手を握られた。落ち着くようにと言われているようで、こくりと喉が鳴る。


「ロアさま、ここは……」

「ここは貴族学校だ。ここに潜伏し、敵の目的を探り、証拠を掴む。ノルチェフ嬢もここにいてほしい」

「貴族学校って、トールがいる……?」

「これよりノルチェフ嬢には、他国から留学してきた令嬢になってほしい」

「え?」

「私たちはノルチェフ嬢の従者になる」

「ええ?」

「変装しながら情報を得る。ノルチェフ嬢も協力してくれないか?」


 えええ? ロアさま何言ってるの?

 ロアさまは握ったままだったわたしの手を、そっと持ち上げた。手荒に扱ったら壊れてしまう宝物のように。


「……ノルチェフ嬢とここへたどり着けて、よかった。無事で……よかった」


 甘く囁くような声に、全身が動かない。持ち上げられた手に、ロアさまの凛々しい顔が近づいた。深い緑色の目が、ゆっくり閉じられていく。

 手の甲で、淡い熱がはじけた。



これにて一章完です。

一週間ほどおやすみして、2章を開始しようと思います。

いつもブクマやコメントありがとうございます!

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[一言] 最後の一文、小椋佳感あるな〜。
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