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走れワンコ

 俺の名前はシーロ。シーロ・ワンコ。あっ、喋る時は一人称をきちんと「私」にしてるぜ? 部屋を一歩出れば出来る側近、それが俺! 先祖が何を思ってこの名をつけたか知りたい、そんなお年頃だ。

 今日も俺はひとり寂しく情報収集だ。この間アーサーと決闘してボロボロに負けて、俺はノルチェフ嬢のところへ行くチャンスを失った。

 こっちは魔法を使えないっていうのに、アーサーは魔法まで使ってきた。アーサーは「魔法も実力のうち!」とドヤァってしていたけど、ちょっとズルくね? それなら決闘をディベートにしてほしかったね。


 ぶつぶつ文句を言ったけど、結局は適材適所だ。

 アーサーは姿を変えても目立つから、情報収集に向かない。人の懐に入り込むことが得意な俺が動き回って、アーサーは家の者を使って情報収集をしつつ、公爵家の権力を使っている。

 エドガルドなど新しく側近に加わった奴は、今までになかった伝手や方法で、敵の目的や手段を入手することが求められる。これからはノルチェフ嬢の元を離れ、外へ出る時間が多くなるだろう。


 相手はダイソン伯爵だ。何も知らない下っ端を雇うような人間じゃない。実行するのは少数で、本当の目的はおそらく誰にも話していない。そんな狡猾な奴が相手だ。いくら用心しても足りることはない。

 ほんの少しの情報も得られないまま時間が過ぎていく中、大きく動いたのは建国祭だった。


 ノルチェフ嬢とレネが、ダイソン伯爵が秘密裏に人と会っているところを目撃したのだ。


 これは大きな進展だった。本格的にライナス様に探られていることに気付き、すぐに息を潜めたダイソン伯爵の貴重な行動。

 おそらく、ライナス様がノルチェフ嬢と会うためにダイソン伯爵の手の者を撒いたことを、逆に利用された。

 ダイソン伯爵が会っていた者を探ると、厨房の仕入れに関係しているとわかった。その瞬間のライナス様の顔は、ごっそりと表情が抜け落ちて、痛々しくて声をかけられなかった。


「……毒殺だ。母上と同じ毒殺を狙っている」

「その可能性は高いですが、王族の食器は、すべて毒が無効化される魔道具を使用しています。無効化すら凌ぐ毒か、もしくは魔道具の毒無効を消すことを狙っているのか。気付かれないように調べましょう。ここで敵に方針を変えられたら、やっと掴んだ手掛かりがなくなってしまいます」

「……そうだな。すまない、冷静ではなくなっていたようだ」


 母親を毒で殺されたのだから、そんなの当たり前だ。

 だけど何も言えず、ただ黙って側に控えていた。ライナス様は、落ち着くといつも振り返って俺に微笑んでくれる。自分の痛みや弱みを見せず、人を気遣ってばかりの主だ。

 せめて俺やアーサーの前では素直に気持ちを出してほしいと、そう思う。


 建国祭は行事が多く、出席しなければならないものばかりだ。その中で探りを入れ、終わればダイソン伯爵の動向を追い、情報共有をする。

 なかなかハードだった建国祭の最後の日、最後のパーティで事件は起きた。ダイソン伯爵の配下がそっとパーティ会場を出ていったのだ。長くダイソン伯爵と一緒にいる配下で、重要な情報を持っている人物だ。

 それで尾行したら、まぁ、罠だったわけで。


「シーロ・ワンコ。尾を振る相手を間違えた犬」


 体がしびれて動けない。飲食には気を付けていたから、おそらくしびれ薬を撒かれた。

 人気がなく暗い、会場から離れた廊下。意地で倒れ込みはしなかったが、武の心得もないおっさんひとりも倒せない。あと数分もすれば体のしびれもマシになるだろうが、相手がそれを待ってくれるとは思えなかった。


「喜べ、服従する機会をやろう」

「や、めろ」


 おっさんが見せびらかすように持っているのは、首がすっぽり入る幅広の金属の輪だ。薄闇のなか、黒く不気味に光っている。

 ……服従の首輪だ。国で禁止されている魔道具。


「この首輪をつけられるとどうなるか、知っているだろう? 首輪をはめられたが最後、お前の命は私のものだ。禁止されたことをすれば、何かを言い残す間もなく、首輪から毒を注入されて死ぬ。ああ、体がしびれているうちに、首輪をつけなければな」


 毒? 爆発じゃなくて?

 おっさんに髪を掴んで、顔を上げられる。唾を吐きかけてやろうと思ったのに、まだ口がうまく動かなかった。くそっ。

 おっさんは乱暴に俺の服を破り、顔を歪めた。


「もう服従の首輪をつけているだと……!? くそっ!」


 顔を蹴られ、口の中に血が広がる。

 俺の主を馬鹿にすんな、このヅラめ! お前みたいな下衆じゃないんだから、服従の首輪なんか、つけさせるわけがないだろ!

 これは万が一に備えてライナス様が作らせた、服従の首輪に似た魔道具だ。いざとなれば身を守る魔法が飛び出してくる、とびきり貴重なもんだ。

 服従の首輪をつけられたら、従うか死か、その二択しかない。ダイソン伯爵ならそれくらいするというライナス様の慧眼はさすがだった。俺を利用したいなら、他のところにつけるしかない。首じゃなければ、死ぬまで数秒は時間を稼げる。そのあいだにライナス様にいただいた魔道具が何とかしてくれる。何とかならなくても、即死するより何かできるだろ。


「くそっ、もうしびれ薬の効果が薄れてるじゃないか! 毒の耐性なんかつけるんじゃない! 利き腕は……こっちか。いいか、言うことを聞け。この毒は恐ろしい。運よく生き延びても、廃人になるだけだ」


 左腕に、ひんやりとしたものがつけられる。

 廃人になることの何が怖いってんだよ。一番恐ろしいのは、ライナス様を守り切れないこと。そして、情報を残せないことだ。

 気付かれないように、軽く手を握る。体が動かせるようになってきた。しびれ薬の効果がきれたら、まず服従の首輪へ命令を出している魔石を奪う。服従の首輪を外して、こいつにはめる。


「駄犬は動くな」


 左腕が固まったように動かないが、体と右腕は動く。隠し持った短刀は取られていない。おそらく3秒あればおっさんを行動不能にできる。

 おっさんを睨みつけるが、動揺した素振りはない。


「動くな。エミーリア・テルハールの命が惜しければな」

「なに……?」


 エミーリアはライナス様の婚約者だ。そして、


「発情期の犬は始末に困るなぁ? まさか主人の婚約者を寝取るなど」

「貴様……!」


 殺す。今すぐ殺す。

 殺気を込めて睨みつければ、わずかに怯んだものの、にやついた笑みは消えなかった。


 俺とエミーリアは、おそらく惹かれあっている。おそらく、というのは、お互い好意を言葉にも行動にも表したことがないからだ。

 ただライナス様は、エミーリアとのお茶会では必ず俺を連れていく。エミーリアは自分の侍女の視線がないときに俺を見て、ひっそりと微笑む。俺も応える。

 それだけの関係がずっと続いている。ライナス様は俺たちの気持ちに気付き、知らないふりをしてくれている。そして、ダイソン伯爵との決着がついたら婚約解消をして、俺にチャンスを与えようとしているのだ。それまで、エミーリアが誰とも結婚しないように、俺達ふたりを守ってくれている。


 俺たちの気持ちが漏れるとすれば、エミーリアの侍女からだ。

 エミーリアの家はすべてダイソン伯爵の息がかかった者で固められている。テルハール家はまっとうな心根の持ち主だが、長年かけてダイソン伯爵に嵌められた。

 気付けばダイソン伯爵にすべて押さえられて自由に動けなくなり、病気のエミーリアを人質にとられた。エミーリアへ薬を渡さないと脅されて従っているが、今でもなんとか抗おうと足掻いている。


「情報を吐け。ライナスはどこにいる」

「うっ、ぐうっ……!」

「やはり話せないか。……服従の首輪が邪魔だな」


 ライナス様を侮辱するな。これは俺の演技で、ライナス様が服従の首輪なんてつけさせるわけないだろ! 言えないけど!


「まぁいい。エミーリアを殺されたくなければ従え。言えなくても情報を吐かせる手段はいくらでもある」

「……先に、エミーリア様に会わせてくれ。そうすれば抵抗しない」

「……まあいいだろう。お前の前でエミーリアを言いなりにするのもいい余興だ。私の前を歩け」


 両手を拘束される。目隠しをされ、途中で方向感覚を鈍らせるためにぐるぐる回されながら、とある部屋に着いた。

 ……マジかよ。王城にエミーリアがいるのか? ダイソン伯爵はどれほど勢力を伸ばしているんだ。以前より王城内に反乱勢力が増えているのは間違いない。

 部屋の鍵をかけた音がして、目隠しを取られた。そこには、服従の首輪をつけられたエミーリアがいた。


「エミーリア様!」


 駆けだそうとしたが、動かない左腕に止められた。……今すぐ腕を切り落としてやろうか。


「シーロ! 何をしているの!? わたくしはいいから、早くライナス殿下に……ぐぅっ……!」

「エミーリア様には手を出すな!」

「駄犬に言うことを聞かせるのに必要だ。さあ、抵抗はするな。逆らえばエミーリアがどうなるか、楽しみだなぁ?」

「シーロ、わたくしはいいの! こんな男にわたくしを汚せはしない!」

「エミーリア様。私がお救いいたします」

「だ、めっ……! シーロ……!」

「さあ、聞かせてもらおうか。傀儡がいる場所を」


 首筋にひたりと、おっさんの指があてられる。


「誰が言うものか!」

「……ライナスがいるのは、騎士団」


 どくんと、大きく心臓が鳴った。

 顔はポーカーフェイスを保てる。いくら窮地だろうが、ジョークすら言える。でも、心臓の鼓動までは制御できない。心臓を止める鍛錬でもしときゃよかった!


「第四騎士団だろう?」


 ——どくん。

 こいつはおそらく、すでにライナス様の居場所を掴んでいる。欲しいのは確信だけ。


「ライナスの偽名は——」


 心臓が速くなるのを止められない。ライナス様が第四騎士団で使っている偽名を口にして、おっさんは満足そうに離れた。


「やはりな。逃げ回っているくせにどこぞのメイドに入れあげていると聞いている。愚かな……。あとは詳しい情報を吐かせるだけだ」

「……その前に、エミーリア様を話しをしたい」

「いいだろう。これが最後だからな」


 腕の拘束がふっと消え、エミーリアに駆け寄る。


「エミーリア様! いつから服従の首輪を……!」

「それは……うぐっ!」

「申し訳ございません。どうかエミーリア様は御身を一番にお考えください」

「来なくて、よかったのに……わたくしのことなど、見捨てなさい」


 激しくせき込んだエミーリアを支え、背中をなでる。肩にそっと柔らかな頬がのせられた。

 初めて触れた肌に口を寄せる。おっさんに背を向けているが、念のため出来るだけ口を動かさないようにして、エミーリアにしか聞こえない声で話した。


「断ればここで死ぬ。従ってもやがて死ぬ」


 エミーリアを見つめる。ライナス様みたいに格好よくいられたらいいのに、俺には無理だった。

 きっと、泣き笑いのような情けない顔をしているだろう。


「エミーリア。——いざとなったら俺と一緒に死んでくれるか?」

「ええ」


 間髪を入れずに即答。……ああ、これがエミーリアだ。俺が心底惚れぬいた女だ。

 ぎゅうっと抱きしめて、おっさんに向きなおった。


「別れの挨拶は済んだか? ライナスを引きずり戻すためには、少しでも情報があったほうがいい」


 おっさんの指が、また首筋にあてられる。魔石を持っているであろう腕と反対の手が、わずかに動いた。

 どこかに連絡しているようだ。ライナス様の居場所を知らせているに違いない。この部屋にもすぐに誰か来るだろう。


 ……ふざけんなよ。誰が、自分の命惜しさに主君を裏切るかよ!


 服の中に隠し持っていた短剣を抜き、服従の首輪をつけられていない腕で切りつける。狙いはやや外れたが問題ない。

 目的は、服従の首輪を操っている魔石。それを持っているであろう腕を狙うと、案の定倒れた拍子に魔石がこぼれ落ちた。魔石を追いかけて拾い、仰向けで倒れたおっさんに短剣を突きつける。おっさんの体に刃が食い込み、血が流れる。

 利き腕じゃねえし剣は短いが、おっさんひとりならいける!


「服従の首輪を解除しろ!」

「動くな!」

「ハッ、魔石はこっちのもんだ。もう命令は出来ねぇよ」


 解除するには、魔石の持ち主が死ぬか、解除するのみ。少ししたら援軍が来るから、それまでに解除しなければ殺すしかない。

 刃をさらに体に突き立てる。おっさんの顔が苦痛に歪んだ。


「ダイソンは何を企んでいる? どうして王位を狙う? ライナス様は傀儡になる方ではない! それをわかっているだろ!?」


 逃げようともがいていたおっさんは、不意に動きを止めた。濁った瞳が、下からゆっくり見上げてくる。その目には、憎悪と無念が渦巻いていた。


「尾を振るしか脳がない犬め……! ライナス共々苦しみぬいて死ぬがいい! ……ぐっ、ごぼっ……!」


 おっさんが血を吐いて痙攣する。数秒のち、動きが止まって目から光が消えた。


「……まさか自害するとは。歯の中に毒でも仕込んでいたか?」


 エミーリア様と俺の、服従の首輪が外れる。……おっさんが死んでしまったからだ。


「ん? おっさんの首になにか……」


 指先に何かふれる。嫌な予感がして、おっさんのシャツを破った。


「これは、服従の首輪……? まさか、このおっさんも誰かに命令されて……?」


 誰かなんてわかりきっている。ダイソン伯爵だ。

 おっさんは何も話していない。話す素振りさえなかった。特定のワードで服従の首輪が発動するようにされていた可能性が高い。

 ライナス様の名、王位、簒奪、ダイソンの名……あとは敵にとって重要な単語。そんなところだろう。


「……そりゃ手下を増やせないよな。服従の首輪はぽんぽん作れるもんじゃねえからな! くそっ……! 人間をなんだと思ってんだよっ……!」


 いや、待てよ。

 服従の首輪を作るのは難しいが、ダイソンは量産しているかもしれない。服従の首輪は、首にはめて爆発させるものだ。毒を注入するように変えているのだから、既存のものとは違うと考えたほうがいい。

 おっさんの服従の首輪は、引っ張っても短刀で切ろうとしても取れなかった。残念だが、これ以上時間をかけていられない。念のため、おっさんの心臓を刺してから振り返る。


「エミーリア様、ご無事ですか?」

「ええ」


 青ざめているが、気丈にふるまっている。可愛い。


「エミーリア様、一刻の猶予もありません。第四騎士団へ急ぎましょう。このおっさんが本当にひとりで行動しているとは考えづらい。仲間と連絡を取り、そのままライナス様を捕らえるつもりだったんでしょう。この部屋にも、すぐに人が来ます」

「そうでしょうね。足手まといのわたくしは置いていきなさい」

「馬鹿いうな! ライナス様がエミーリア様を見捨てると思うか!? 躊躇するに決まってる。その隙が命取りだ。行きますよ!」

「きゃあっ!」


 エミーリアの服従の首輪を外して、担ぎあげる。お姫様抱っこでもしたいところだが、そんな余裕はない。羽のように軽いとも言いたいけど、そんな余裕もない!

 ドレス重いな! ひらひらさせるのって、こんなに大量の布がいるのか!?


「黙っていてください。舌を噛みます。しがみついていてください」


 窓がないから、仕方なくドアから顔を出して誰もいないか確認する。

 人の気配がないうちにと、近くの部屋に入り、窓から外に出た。

 よし、しびれ薬の効果はきれたな。


 ライナス様がいる第四騎士団へ急ぐ。鍛えてたはずなのに息が切れてきて、情けないったらない。

 もしライナス様が襲われていたり、毒を飲まされていたらと思うと、冷静ではいられなかった。


「シーロ、第四騎士団には見張りがいるわよね?」

「はい。私が倒してきます。30分経っても戻らなかったら……」

「いいわ、覚悟は出来ている。シーロ」


 エミーリアが近づいてきて、頬にやわらかな感触がした。エミーリアの顔が近い。


「わたくしが欲しかったら、生きて帰ってきて」

「いっ、いま……」

「わたくしのくちびるは、シーロに捧げるわ」

「ふぁいっ!」


 驚いて、まともに返事も出来なかった。情けない返事なのに、エミーリアは笑った。無邪気に、心配なんて全くないように。


「待っているわ。わたくしの最愛の人」

「はいっ!」


 その後の俺? そりゃすごかったね。

 第四騎士団をこっそり監視してる奴らをばったばったとなぎ倒してるから、誰にも見てもらえなかったけど。むしろ気付かれないことがすごいっていうか。エミーリアに見てほしかったけどさ!

 監視役がいなくなったことを念入りに確認して、ライナス様の元へ走る。防犯の魔道具にわざと引っかかってライナス様の部屋に入ると、ベッドに人影はなかった。


「ライナス様、シーロです。ご無事ですか」

「シーロか。何があった」

「ダイソンに居場所と偽名が知られました。すぐにお逃げください」

「……わかった。猶予は」

「一刻も早く。おそらく新しい側近のことも知られていますのでお連れください。ノルチェフ嬢についても言及していました。ノルチェフ家の者だと知られているかもしれません」

「……連れて行けと?」


 沈黙で答える。

 のほほんとしたご令嬢がひとりで、ダイソンの手を逃れて安全な場所に逃げられるとは思えない。ノルチェフ家の令嬢だと調べられているのなら、家に帰っても安全ではない。あの人が少ない家では、誰にも知られないまま殺すのだって簡単だ。あの家に帰るのは、むしろ危険だ。


「……ノルチェフ嬢も連れていく。皆に知らせろ」

「はい。ライナス様、どうかご無事で。私はここへ残り、少しでも足止めをいたします」

「駄目だ!」

「私は尾行に失敗し、ライナス様の居場所を特定させてしまいました。せめてどうか時間を稼がせてください。私とエミーリア様には、毒が注入される服従の首輪をつけられました。今は解除されていますが、ダイソンの配下にも同じものがつけられていました。ライナス様、王位、ダイソンのキーワードで自動的に毒が注入される仕組みのようです。持っていると居場所がわかるようになっている可能性があるので、私が持って反対へ走ります。お早く」

「エミーリアがいるのか?」

「はい。近くに隠れています」


 最後に、得た情報や、死んでしまったおっさんの名を告げると、ライナス様から変身の魔道具を渡された。

 これは国に3つしかない貴重なものだ。姿や声など、身長以外のものを任意の姿へ変えられる。見た目を変えるだけで実際の体型などが変わるわけではないから、さわられるとバレてしまうが、囮としては十分だ。


「私は違う魔道具をつける。シーロ、皆を起こして回れ。エミーリアが逃げられるように頼む。私はノルチェフ嬢を起こしに行く」


 ライナス様は真っすぐに俺を見て、痛いほど肩を掴んだ。


「いいか、失敗したから足止めをさせるんじゃない。最も信頼しているから、しんがりを任せるんだ。私がここにいると確信を得るためだけにエミーリアを人質にし、ふたりに服従の首輪をはめた。シーロのせいで居場所が漏洩したんじゃない。つまり、シーロは失敗していない」


 こんな状況なのに、ライナス様のために命をかけても惜しくないことを言われているのに、失敗じゃないと真剣に言い聞かせるのがおかしくて笑ってしまった。


「ライナス様、どうかご無事で」


 そっと手を外し、頷きあって静かに廊下へ出た。自室へ行って剣を取り、まずはアーサーを起こす。バレたとだけ言うと、さっと起き上がって動き出した。アーサーに側近を起こすのを任せ、エミーリアを迎えに行く。

 エミーリアは最初に隠れた場所にじっとうずくまっていた。可愛い。


「エミーリア、移動する。急いで着替えてくれ」

「シーロ、無事だったのね……よかった」


 エミーリアを担いで、キッチン・メイドの寮へ行く。緊急事態につきドアを壊して開け、一階の使っていない部屋でエミーリアを下ろした。


「ここのクローゼットにワンピースとブーツを隠している。着替えてくれ」

「待って、ドレスはひとりじゃ脱げないの」

「えっ」

「早く切って!」

「あっ、はい」


 緊急事態だけど、そうなんだけど、そう言われて驚かないのは無理だ。

 白い肌を傷つけないようにドレスの後ろを切る。着替えているところを見ないようにしながらブーツを履かせて紐を結ぶ。ライナス様が寮に入ってくる気配がした。

 最後にマントをかぶせ、エミーリアの頬にキスをした。


「生きて帰れたらキスしてくれ。俺の女神」


 変身の魔道具をつけ、外へ飛び出す。ライナス様が使う秘密通路とは反対の方向へ走った。

 服従の首輪に、位置がわかる機能があるかは調べていないが、あると確信している。あの疑い深いダイソンが、服従の首輪をつけただけで安心するとは思えない。


 この日のために出来るだけの備えはしてきた。それでも心配なのは、信頼していないからじゃない。大切だからだ。

 ライナス様の無事を祈る。どうか皆が、生きて隠れ場へ辿りつけるように。



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― 新着の感想 ―
[一言] わわわ、怒涛の展開…!
[一言] 急展開っ そして シリアスっ ハラハラ
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