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建国祭~終わり~

 上に覆いかぶさっているレネは、わずかに震えている。さっきから状況が目まぐるしく変わりすぎてまったく飲み込めていない。けれど、この声の主に見つかったら、ここで殺されて、布袋に詰められて海にポイされるのはわかる。もしくは猛獣のご飯とか。

 見つからないに越したことはないが、もし見つかってもいいように、レネはこの体勢を取ったに違いない。そうっとレネの首に手を回す。万が一見つかったら、家まで待てずに外で欲情したと思われる体勢でいなければならない。

 呼吸が浅くなって、うまく息が出来ない。それでもわたしが今するべきことは、できるだけ静かに呼吸をして、気配を消すことだ。


 わずかに動いたレネの背を、音がしないように、優しくなでる。

 いざとなったらレネはわたしを逃がし、自分は戦ってくれるだろう。そういう人だ。でも、それではふたりとも殺されてしまう。わたしが数秒を稼いでいるあいだにレネが全力疾走、これがベストだ。

 だってわたし、走るの早くないし。この状況を誰に伝えればいいかもわからない。いざとなれば、靴のヒール部分で相手の目を潰そう。


「このまま進めろ。失敗すれば命はない」


 それきり会話は聞こえて来ず、石畳をゆっくり歩く音が遠くなっていく。レネの耳元に口を寄せる。


「追ってください。わたしはいいから」


 レネは少し迷ったようだが、わずかに首を振った。靴音が聞こえなくなってかなり経ったあと、レネは警戒しながらわたしを助け起こした。お互いに強く手を握りあったまま、先ほどとは違うバルコニーに、外から侵入する。もはや淑女とか言ってられずに、バルコニーをよじ登った。

 ちょうどカーテンがかかっていて誰もいないバルコニーの床に座り込み、息を整える。


「こんな状態のアリスを残していくのは悪いけど、ボクは行かなくちゃ。アリスはもう少ししてから帰って。すぐに慌てて帰っちゃ駄目だからね」

「待ってください!」

「ごめん、時間が惜しいんだ」

「肘に葉っぱがついています。そのまま行けば疑われます」

「あ……」


 いつものレネなら気付いていたはずだ。自分が平常心でないことに気が付いて唖然としたレネの肘から、葉っぱを取り除く。


「念のため後ろも見ますから、少しだけ待ってください」

「……ごめん。ありがとう」


 レネの手が伸びてきて、ドレスを軽くはたく。


「アリスのほうが酷いよ。次はアリスの番ね」

「わたしはいいですから、早く」

「……ボクたちがあの場にいたことは、気付かれていない」


 自分に言い聞かせるような、それにしては確信に満ちた声だった。


「あの男は病気かってくらい用心深い。本格的に探られていると気付いた途端、動きがなくなった。でも、今日は動いた。何かを渡すために」


 わたしは息をするだけで精一杯だったが、レネは何かを見たらしい


「おそらく極少数の者に人の薔薇園を見張らせていた。ボクたちはバルコニーから降りて来たから、気付かれなかったけどね。肝心のあの場には誰も来ないように指示していたはずだ。そして、あの男に武の心得がなかったから、ボクたちに気付けなかった。いくつもの幸運が重なってよかった。もし気付かれていたら……」


 ドレスの葉っぱを取り終えてくれたレネは、じっとわたしを見つめた後、やんわりと抱きしめてきた。

 男女の空気は漂っていない。生きていると実感するための、平常心を取り戻すための温もりを探している。


「アリスのおかげで重要なことを知ることが出来たよ。ありがとう」

「わたしのせいで謎の男を追いかけられなくて、ごめんなさい」

「あいつらが繋がっていると知れたのが一番重要なんだ。あいつを泳がせて、もっと情報を得てやる。アリス、気を付けて。明日は家から出ないで」

「言われなくても出ません」


 レネは喉の奥で低く笑い、手を振って出ていった。まるで、今から訓練にでも行くような気軽さで。

 レネを見送ってから、ソファに崩れ落ちるように座る。大変な場面を目撃してしまったのだと実感がわいてきて、体の震えが止まらない。


「しっかりしろ、わたし……!」


 だからこそ、普通に見せかけなければならない。もしわたしがあそこにいたとバレてしまったら、わたしだけでなく家族まで殺されてしまうかもしれない。

 深呼吸を繰り返し、すぐわかるほどの震えが止まるとバルコニーを出た。何食わぬ顔でパーティ会場へ入ると、人の気配があることにほっとした。ザクロのノンアルコールカクテルを飲み、せっかくなので軽食もいくつか選ぶ。

 せっかくパーティに来たのに、少ししか食べられていない。すり減った精神を癒すためにも食べなければ!

 見た目も味も華やかな料理を堪能していると、トールがやってきた。


「やっぱり、姉さまはここにいると思いました! すぐに帰って来るって言ったのに」

「お腹が空いてしまって。待たせてごめんね」

「もう、仕方がない姉さまですね。姉さまが好きそうなものがあったので、一緒に食べましょう」

「あっちにトールが好きなものもあったから、姉さまが取ってあげる」


 ふたりでお腹を膨らませていると、退出してもいい時間になったので、家族そろって帰ることにした。出来るだけ普通に振舞ったから、地面に寝転がっていたなんて思われないだろう。


 家に帰って着替えていると、ドレスにわずかな汚れを発見した。靴も土で少し汚れている。


「せっかくロアさまにもらったのに……!」


 ドレスの汚れは落とせそうだが、靴は繊細なレースの飾りに土埃が入り込んでいて、綺麗に出来るかわからない。


「良からぬことを企んでいるっぽいうえに誰かを脅して、わたしの宝物を汚すなんて、絶対に許せない! 介錯なしで切腹してほしい!」


 その日は震えて寝付けないかもしれないと思っていたのに、疲れていて案外あっさり眠れた。しかも怯えるんじゃなくて怒り狂ってた。

 この性格、何かの仕事に適性があるんじゃないかと思ったけれど、特に思いつかなかった。残念。



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