建国祭~シスコン~
アーサーと別れて立食コーナーへ行くと、今度はエドガルドに会った。ここにいればわたしがいると思われているらしい。いるけども!
「よかった、アリス嬢に会えて。とても綺麗です」
「ありがとうございます。エドガルド様も素敵です」
艶のある黒い生地を使った礼服は、エドガルドの黒髪によく合っている。下手をすれば喪服のように見えそうなのに、形にこだわりアクセントとなる色を置いているせいか、黒いのに重くない、どこか爽やかな礼服に仕上がっている。
「アリス嬢、僕と踊ってくれませんか?」
差し出された手に戸惑う。エドガルドの家は厳しく、していいことが決まっていると聞いている。エドガルドがダンスを踊る相手も決められているはずだ。
「怒られてしまうのでは?」
「いいんです。僕が踊りたい相手は、アリス嬢だけ。どうか手を取っていただけませんか?」
「デビュタントで一度踊ったきりなので、エドガルド様が想像している数倍は下手ですよ」
「それでもいい。実は、生まれて初めて、家族と大喧嘩してきました」
どういうことか聞いてもいいか悩んでいるうちに、曲が途切れる。エドガルドが縋るように見てくるのと、周囲の人の視線に耐えきれず、手に手を重ねた。
踊る人々が入れ替わる流れにのり、目立たない位置に陣取ると、次の曲が流れる。ゆったりした、初心者向けの曲だ。
「そんなに緊張しなくても大丈夫です。僕がリードしますから。……そう、身をゆだねて」
いつも思うけれど、どうして貴族のダンスってこんなに体を密着させるんだろう。エドガルドの鍛えた体がよくわかってしまう。見上げなければ顔も見えないほど高い背は、怖いはずなのに、エドガルドが相手だとそうは思わない。
「アリス嬢と踊れて、僕は幸せ者です」
「あ、ありがとうございます」
「照れた顔も可愛らしいですね」
今日は何? 何なの!?
頭上からエドガルドの含み笑いが聞こえてきて、軽く足を踏んでやろうかと思ったけれど、察知したように回転させられた。
「バルカ家はおじい様のおかげで爵位が上がりました。父は優秀なおじい様と比べられ、いつの間にか、おじい様を模倣するようになりました。食べる物、着る物、勉強から立ち振る舞い……。おじい様が諭すと余計に意固地になり、同じことを僕にも強要した」
腰を引き寄せられ、やわらかにターンする。エドガルドの胸板が目の前にあって、どこに目をやればいいかわからない。
「家の者も、おかしいとは思っているんです。でも、当主の父上には逆らえない」
エドガルドの顔がわずかに沈み、それから微笑んだ。
「騎士団に入り、ロルフ以外にも、僕の味方をしてくれる人がいることを知りました。その人たちは父に雇われているわけではないから、父の考えに反対したって解雇されない。もちろん家門のことですから、表立って言うことはありません。それでも、どれほど嬉しかったか」
背をかがめて、エドガルドの口が耳に近づいた。
「きっかけはアリス嬢です。ありがとうございます」
「どっ、どういたしまして」
「ははっ、赤くなって可愛い」
「からかわないでください!」
「からかっていませんよ。本心です」
「それをからかっていると言うんです!」
今日のエドガルドは何だかおかしい。
反論を封じ込めるように、そっと抱き寄せられる。赤くなった顔を隠せたのはいいけれど、あまりに近くて、どこを見ればいいか、顔の向きはこれでいいか全然わからない。そういえば、遠くから見たダンスは、お互い見つめ合っていた気がする。
背の高いエドガルドの顔を見ようとすると、真上を向くことになるけど、それはセーフなの? ダンスでご令嬢の顔が真上を向いてるの、見たことないんだけど……。
悩んでいるうちに曲が終わり、お互いに礼をしてダンスを終えた。エスコートされながらその場を離れる。
エドガルドは寂しげに微笑んだ。
「そのドレス、人から贈られたんですね」
「はい。ドレスを選んだのはわたしですが」
「僕は知らなくて……。悩んで、それで」
エスコートされている手に力がこもった。やわらかに、けれど逃げられない強さで握られる。
「結局、同じ答えに行きつきました。僕は、自分に出来るだけのことを、全力でする。主のことも、王城の状況も、アリス嬢のことも。主も、それを許してくださいました。むしろ正々堂々戦おうと言ってくださったんです」
「よかったですね」
事情はさっぱりわからないけれど、エドガルドが晴れ晴れとした顔をしているのが嬉しくて、心を込めて言う。エドガルドは子供のように笑った。
「アリス嬢に選んでもらえるように頑張ります」
どういう意味か考える前に、エドガルドの後ろに鬼を見つけた。
「エドガルド様、逃げてください! シスコンが来ます!」
「え? うわっ!」
鬼の形相をしたトールが、止める友人たちを引きずりながらやってくる。
「エドガルド様、早く!」
「しっ、しかし、アリス嬢を置いていくわけには!」
「ここにエドガルド様がいると余計にこじれます! わたしひとりでないと収めきれません!」
「だ、だが……!」
「悩んでいる時間が惜しいんです! エドガルド様、早く!」
「くっ……! アリス嬢、申し訳ありません!」
エドガルドの気配が消えてからトールがやってきた。唇を噛みしめすぎて血が出ている。
「ノルチェフ嬢、なんとかしてください! トールが!」
「ええ、皆さんありがとう。トール、落ち着いて」
「姉さま、ダンス。あいつ、処す」
その後、トールを落ち着かせるのに30分かかった。この状態のトールを必死に抑えてくれていたトールの友人たちには、感謝してもしきれない。お願いだから友達をやめないでほしい。本当にやめないでほしい。今度、手紙ととびっきりの菓子折りを贈ろう。