建国祭〜始まり〜
建国祭だ。一週間ほどお祭り騒ぎが続く、国で一番大事な行事。初日は貴族がパーティーに強制参加させられるので、馬車渋滞がひどい。
こんなに魔道具が発達しているのに、どうして王都の移動手段が馬車のみなんだと憤っていたら、ロルフが理由を教えてくれた。何代か前の陛下が、とっても馬が好きだったんだそうだ。戦がなくなり馬が減らされることを嘆き、王都では移動手段を馬に限ることを決め、馬の減少を少しでも抑えようとしたんだって。おかげでその陛下はちょっと評判が悪い。
父さまが母さまを、トールがわたしをエスコートしてくれてパーティー会場に入る。家族そろって出かけるのは本当に久しぶりだ。非常に高い天井に、豪奢なシャンデリアがいくつもぶら下がっている。
「姉さま、ジュースを取ってきます。何がいいですか?」
「ありがとう、トール。一緒に行こう」
「駄目です! こういう時、レディに負担をかけないのが紳士なんです!」
可愛らしい紳士は、ふんすと勢い込んでジュースを取りに行った。可愛い。
真剣にジュースを選び、持ってきてくれたトールと並んでぶどうジュースを飲む。これならワインを飲んでいるように見えるだろう。
「トール、背が伸びたね。もうわたしより大きいや」
「早く大きくなって、姉さまも母さまも守ります。僕は王城に勤める予定ですが、休日は姉さまのお店の用心棒をするんです!」
「ふふ、楽しみにしてるね」
「そして、姉さまに近づく男を片っ端から処理します」
「え?」
「姉さまはやっと、結婚しないってはっきり言ってくれました。いつか家のために結婚するって言い出しそうで怖かったけど、これで僕も堂々と動けます。姉さまは、あんなことがあったのに、僕たち家族のために男だらけの騎士団に行ってくれました。あの時、僕が姉さまの言うことを信じていれば……! あんな男のせいで姉さまは!」
「トール」
思わず強めに名前を呼ぶと、トールはびくりと体を揺らして口を閉じた。
「声を荒げてごめんなさい。姉さまは怒っているんじゃないの。気にしないで、と言っても無理かもしれないけれど、あまり背負いこまないで。姉さまは元気だし、あの時は結局何もなかったじゃない。ね?」
「……はい」
「それに、騎士さまはみんないい人なの。姉さまの男嫌いも、少し治ったのよ」
「大問題じゃないですか」
「異性を接客しても大丈夫ってことよ」
「姉さまに結婚の申し込みが殺到するじゃないですか!」
小さい頃からトールはずっとそう言っているけれど、今まで求婚されたことはない。猛犬のように周囲を警戒しはじめたので、トールを友達のところへ送り出した。ものすごく渋っていたけれど、わたしだって久しぶりに友達とお喋りしたい。
さすがにトールも頷いてくれたので、別れて久しぶりに会う友人の元へ向かう。
「アリス! 久しぶりねえ! 元気そうでよかったわ」
「久しぶり! いま幸せなのね。顔が輝いてるわ」
「結婚生活に不満はないけれど、アリスに会えないのが残念だわ。もう少ししたら生活も落ち着くし、ふたりでお茶でもしましょ」
「楽しみ! 素敵なカフェを見つけたの。久しぶりに外へ出て、こっそりお話しない?」
「あら、わたくしの愚痴は惚気になるわよ?」
「そうしたらすぐに席を立つわ」
遠慮なく言い合って、ふたりで顔を見合わせて笑う。
わたしの友達はみんな既婚者になってしまったので、以前のように気軽にお茶会が出来ない。既婚者の集まりに独身が混じる、イコールお見合いのお願いになってしまうからだ。
わたしが男嫌いなのを知っている友達は、お茶会に誘ってこない。その心遣いが嬉しい。
「みんな、そろそろ結婚生活が落ち着く頃だと思うの。よく集まっていた友人だけなら、誰もアリスに異性を紹介しないでしょう?」
「ありがとう。みんなに会いたいわ」
「さっきあちらにいて、先に挨拶をしたわ。わたくしはそろそろ夫と挨拶回りに行かないといけないの。本当に残念。もっと話したかったのだけど……」
「また近いうちに集まれたらいいわね。話したいことがたくさんあるの」
「わたくしもよ!」
別れを惜しみながら友達と別れ、また別の友達と久しぶりのお喋りを楽しむ。話したいことはたくさんあるのに、第四騎士団で働いていることは話せないので、どうしても薄っぺらい話になってしまう。
下ごしらえくんと調理器くんについて自慢して、みんなに興味をもってほしいのに! 下ごしらえくんのすごさを貴族にも知らしめたい!
一通り挨拶を終える頃に、王族が入室する旨が高らかに伝えられた。
「ライナス・ロイヤルクロウ王弟殿下、ご婚約者様のエミーリア・テルハール様のご入場です!」
あの方が、母さまの病気の特効薬への支援をしてくださっている王弟殿下なのか。
きっちりオールバックに撫でつけられた銀色の髪はシャンデリアの光を反射してきらきらと輝き、体は意外にもたくましい。わたしだったら緊張しきってうまく呼吸もできないほどの視線を浴びながら、背筋をぴんと伸ばして堂々と歩いている。
横におられるエミーリア様は、波打つ金色の髪が美しいご令嬢だ。どこか冷たい印象を受けるのは、人形のように整っている顔が、どこか無表情に見えるからだろうか。
続いて陛下と皇妃のご入場だ。歩くのも一苦労に見える衣服を身にまとい、ゆっくり、堂々と、微笑みさえ浮かべながらレッドカーペットの上を歩いていく。一番前まで歩くと、陛下はこちらに向きなおった。まずは貴族が集まったことへ礼を述べ、今の国があるのはここにいる者たちのおかげだと難しい言葉を使って褒めたたえ、建国祭の開始を告げた。
わぁっと声が上がり、途端に弾むような音楽が鳴り響く。パーティーに出るのはすごく面倒くさいけれど、この瞬間はテンションが上がる。
父さまと母さまが挨拶回りをしているのを見ながら、立食コーナーへ足を運んだ。まだ誰もいないので、飾り付けなどをじっくり勉強できる。
色鮮やかで見た目も華やかな一口サイズの料理が、たくさん並んでいる。ひとつひとつ目に焼き付け、忘れないように脳内にメモしていると、頭上にさっと影が差した。
「やっぱり、ノルチェフ嬢はここにいると思いました」
「アーサー様。どうしてここに?」
白い礼服を着たアーサーは、姿だけ見ると王子様のようだ。アーサーが動くと金髪がさらさらと揺れて、薄緑色の目が愉快にきらきらと輝いている。
「今日、ここに来られない方から、ノルチェフ嬢のドレスを確認するように頼まれたんです。着てくれるか不安だったようで」
「これを着るって伝えましたよ?」
「それでも、実際見るまでは不安なんですよ。それが男心というものですから。ノルチェフ嬢、少しだけ息抜きにお付き合いくださいませんか?」
アーサーにエスコートされながら、人の少ないほうへ歩いていく。
「久々に公爵家の仮面をかぶると、あまりに窮屈で。一生付き合っていかなければならない仮面だと理解はしているのですが、最近は素のままでいたので、息苦しくて……ノルチェフ嬢のドレスを見るという名目で、開始早々抜け出してきてしまいました。久しぶりに家族に会うのでブリでも持っていけばよかった」
「あら、いまダジャレを言ったのは誰じゃ」
「うまい!」
アーサーが素で笑うと、少しだけ顔がくしゃっとなる。王子様みたいに微笑んでいる顔より、こっちのほうが親しみやすく感じる。
「ノルチェフ嬢と踊れないのは残念ですが、欲張るのはやめておきましょう。家族に何を言われるかわかりませんからね」
「ノルチェフ家は子爵ですし、わたしは美人でもないですからね」
「ノルチェフ嬢はお綺麗ですよ」
さらっと褒めるのはやめてほしい。
「思わず家族に自慢してしまったんです。私のダジャレを受け入れて、むしろダジャレを教えてくれる料理上手で素敵なご令嬢がいると言ったら、非常に興味を持たれまして。家族がノルチェフ嬢だと突き止めれば、婚約させられますよ」
「冗談ですよね?」
「本気です。ノルチェフ嬢はご存じないかもしれませんが、私の二つ名は氷の貴公子です。大半の人は氷の魔法を使うからだと思っていますが、本来の私を知っているご令嬢は別の意味で使っているわけです。私のジョークは場を凍らせますからね!」
「威張って言うことじゃないと思います」
「ダリア家と釣り合いが取れている家と結婚をしたかったんですが、裏を返せばダリア家からの婚約を突っぱねる力があるということ。いつも何度か顔合わせするとやんわり断られるので、私は25歳にもなって婚約者もいないんですハハッ」
「笑っていいところですか?」
「はい」
わたしは領地もないし跡継ぎでもないから結婚しなくていいけれど、アーサーはそうもいかないだろう。公爵家の跡取りだし。
「もう行かなくては。ノルチェフ嬢、いい夜を」
アーサーは様になる仕草でわたしの手を取り、手の甲にキスをするふりをしてから去っていった。やっぱり忙しいんだね。建国祭が終わったら、新しいダジャレでも教えてあげよう。
ここから物語が急展開していく予定です。
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