オヤジギャグの王子様
「こんにちは。素敵なお茶会だ。私も参加していいかな?」
休日に突然現れた騎士さまに、デジャヴを感じる。
木陰から王子様のように現れたアーサーの、絹のような金糸がさらさらとなびく。涼やかな効果音が流れそうだ。
全員の視線がなぜか私に注がれるので、仕方なくお辞儀をして口を開いた。
「ごきげんよう、ダリア様。今後ここに出入りしたいということでしょうか?」
「ええ。もうひとり来たいと言っていたんですが、ふたりも来たらさすがにノルチェフ嬢にご迷惑でしょう? きちんと決闘で勝った私ひとりが来たんです」
来ないという選択肢はないのか? そして、なぜ決闘をする。
みんなが心当たりのありそうな顔でそっと視線を逸らしたので、騎士さまの間で何か話したのかもしれない。
「ノルチェフ嬢のところで休日を過ごすようになった者は、見違えるほど成長しています。私もぜひ、この素晴らしいお茶会への招待状をいただきたいのです」
「この場所がきっかけで皆さんが成長したというのなら、嬉しい限りです。しかし、ここにいるのはわたしだけではないので、しばしお待ちいただけますか?」
「もちろんです」
アーサーがにこにこ待っている前で相談するのは気が引けるけど、ここでOKを出したらずるずるいきそうだ。テーブルの横にそっと集まってこしょこしょと話をする。
「あー、悪い、アリス。俺じゃ止められない。アーサーは血涙出すほど羨ましがってたからな」
「血涙を出すほど!?」
「ボクもつい自慢しちゃってさ……。おいしいご飯と和やかな時間、訓練相手もいて最高だって。ドライカレーの話をしたら、血涙流してたよ」
「血涙ってそんな気軽に出るものでしたっけ?」
「アリス嬢との時間があまりに心地よく、優しさと思いやりを感じる素晴らしい紅茶とケーキの話をしてしまいました。血涙は出ていませんでしたが、唇を噛みしめるあまり血が出ていました」
「こわっ。えーと、つまり、全員ダリア様がここに来ることに異論はないと?」
みんなが頷くので、それならいいかと向き直る。
「お待たせいたしました。ダリア様、好きな時にいらしてください。騎士団にいるときより皆さんがのびのびしているところがあるかと思いますが、ここはそうしてリラックスする場ですので、ご了承ください」
「ええ、もちろん。ノルチェフ嬢もどうぞのびのびとお過ごしください」
「そのために、ここでは出来るだけ自分を偽らず過ごしてほしいのですが……」
エドガルドはアーサーに甘党なのを隠していないみたいだし、レネも騎士団の中で猫を被らなくなったらしい。わたしの秘密も、第四騎士団の人たちは苦手ではなくなったので、あんまり意味がない。
アーサーは、よくぞ聞いてくれましたと微笑んだ。
「承知済みです。暴露すべき自分の秘密を用意してきました」
「それは……用意周到ですね……?」
「実は私、喋ると残念だと言われるんです。家族にも主にも言われるので、外では口数少なく貴公子のように振舞っているんですが、本当は残念なんです! 小粋なジョークを言えば場が凍るし、見た目だけはいいので口を開くなと言われます。それでは、渾身のジョークをお聞きください」
「え?」
「コーヒーを公費で買う! ランチでクランチ!」
「こ、これは……!」
オヤジギャグ……! どこで笑えばいいかわからず、反応に困る類のダジャレだ!
てっきりブリティッシュ・ジョークのようなものかと思ったけど全然違う。王子様みたいな人からオヤジギャグを言われたら、そりゃあみんな凍り付くだろう。
どう反応すればいいか謎のままだけど、この世界で言ってもいいかわからなかったことが言える気がする。
「布団が……吹っ飛んだ」
「! ノルチェフ嬢……!」
「アルミ缶の上にあるミカン」
「ノルチェフ嬢!」
「わたしに言えるのはこれくらいですが、ダリア様もお好きにダジャレを言ってください。反応はしないかもしれませんが」
「なんて素晴らしいんでしょう! ありがとうございます、ノルチェフ嬢! 前日から入念に準備して決闘で勝った甲斐がありました!」
手を握られ、ぶんぶんと上下に振られる。勢いに振り回されていたら、エドガルドが間に入って手を離してくれた。ロルフが心配そうな顔をしている。
「異性が苦手なんだろ? 人が多いと疲れるかもしれないし、アリスは無理してないか?」
「ロルフ様、お気遣いありがとうございます。本当に大丈夫ですよ。いま思えば、ロルフ様も同じように現れましたし」
「えっ」
「そういえばそうですね。ロルフもこっそりアリス嬢と僕の様子を窺って、突然ここへやって来て、今後は自分も来るって宣言していたよな」
「……俺ってこんな感じだったのか?」
ロルフが情けない声を出したのがおかしくて、みんなで笑う。アーサーも自然と笑って、ロルフをからかっている。4人の仲がいいと伝わってくる光景だ。
ロルフもレネも、身分が上のアーサーを呼び捨てにしているし、元から友達だったのかもしれない。
「ダリア様、どうぞお座りください。よければ料理の試作を食べて、感想も聞かせてくださいね」
「ええ、もちろん。どうか私のことはアーサーと。私の爵位は気にせず、ノルチェフ嬢もお気軽に話してください」
「わかりました。せっかくですし、みんなで食べるものでも作りましょうか」
なんだか粉物や麺類を食べたい。
騎士団には毎朝、1日分の焼き立てパンが運ばれてくる。毎日使用する食材に、麺とかパンとか主食は記載されていないから、麺や粉物を出してもいいんだけど、パンが残るのがもったいなくてついパンを出してしまう。
せっかくソースを作ったんだから、久々にお好み焼きを食べたい! けど、騎士さま4人の胃袋に、フライパンで作るお好み焼きが追いつけるとは思えない。考えた末、焼きそばをメインに、お好み焼きは数枚作ることにした。もちろん1枚はわたしのぶんである。
焼きそばはお酒にも合うので、ロルフとアーサーが歓迎会と称してビールを飲んでいる。カレー粉を振りかけて食べているレネに焼きそばパンを教えると、気に入ったようでもりもり食べ始めた。エドガルドはケーキの合間に焼きそばを食べている。ブレない。
焼きそばはおいしいけど、やっぱりまだ理想と違う。お店で出す予定はないけど、わたしが食べるものとして追及を続けよう。
ようやく当初から予定していたメインキャラが揃いました!
アリスの元へ来るまで、想定していた5倍ほど時間がかかりました。これからはアーサーも加えて物語が進んでいきます。
いつもブクマ、評価などありがとうございます!