マイムマイムは呪いの動作ではない
書類を提出して一週間、貴族の令嬢にしては少ない荷物を持って、二度目の王城へとやってきた。
立派すぎる家に荷物を置くと、騎士団の寮の裏口を開ける。勤務の前日にいろいろと確認しておきたい。
「すごい、魔法だらけ! 食器がすごく小さい!」
そろいの食器は魔法で小さくされて収納されていて、特定の場所をタッチすれば取り出せるようになっている。保温保冷機能がついていたり、すべてに毒をはじく魔法がかけられていたりして、思わず興奮してしまう。
「帰ったらトールに教えてあげ……られない! 守秘義務!」
これひとつで下ごしらえ完了機械、わたし命名「下ごしらえくん」の取扱説明書を読みつつ、さっそくじゃがいもを入れてみた。
半透明のウインドウがぱっと空中に浮かび、おそるおそる「皮むき」の文字にふれる。わたしの魔力が登録されたあと、じゃがいもの皮が剥かれていく。
そのまま細切りを選ぶと、一秒もしないうちに、きれいに細切りにされたじゃがいもが入れ物に乗って出てきた。
「すごい……すごいわ……下ごしらえくん! きっと君なしでは生きていけない体にされてしまうのね!」
るんるんとじゃがいもを持って踊っていると、遠くから話し声が近づいてきた。動きを止め、姿勢を正す。
久々のマイムマイムは楽しかったが、見られるわけにはいかない。シスコンのトールにも不評だったのだから、知らない人からすれば不審者に見えるだろう。
開いたドアから出てきたのは、おそろしく整った顔をした男性だった。
金髪碧眼、高い鼻、涼やかな目元にさらさらの髪。背は高くがっしりしていて、騎士団の制服を着ていた。あまりのイケメンにかたまる。鳥肌がすごい。
「ノックもなく申し訳ありません。人の気配がしたもので……。明日からここで働いてくれるアリス・ノルチェフ嬢でしょうか?」
「こちらからご挨拶に伺わず申し訳ございません。アリス・ノルチェフと申します」
「明日から働く予定なのだから、気にしないでください。仕事場の見学ですか?」
「はい。滞りなく仕事を始められるよう、見学させていただいておりました」
「どうぞご自由にお使いください。そこはもうあなたのものだ。……それにしても、明日からか」
どこか困ったようにこぼすイケメンに、なにか尋ねるべきなのだろうと思う。が、イケメンすぎて拒否感と鳥肌がすごい。
なんとか細く息を吸って、吐いて、頭を下げて地面を見たまま口を開いた。
「なにかお困りでしょうか」
「団員が、人の気配がすることに気づいてね。今日からここでランチが食べられると喜んでいるんです」
えっ、楽しみにされても困る。
作るのは本当に平民が食べるようなもので、ちょっとした料理のひと手間だとか、そういったものは知っているがプロには及ばない。
美食に慣れた人を、それなりの料理を食べられるように慣らすのがわたしの役目だ。そんなわたしだからこそ、この仕事についたのだ。それを望まれていたから。
しかし、団員が望むのなら食事を出せと言われている。働くのは明日からだが、こうなれば仕方がない。
「粗末なものしか作れませんが、それでもよければおつくりいたします」
「でも、明日から勤務なのだろう?」
いたわるようで、身分が下の者に自分の意見が通らないわけがないと思っている声。
「本日パンはありませんので、米になります。遠い東国の味付けですが、それでもよろしければ」
「ありがとう。みなに伝えてこよう」
イケメンが出ていく気配がして、へなへなと床に座り込んだ。
貴族は顔が整っている者が多いのは覚悟していたけど、まさかあれだけのイケメンがいるなんて。何度か顔を見れば慣れるだろうけど……っと、今はそんなことを考えている場合ではない。
気合を入れて立ち上がる。
第四騎士団は全員で10人、急がないと間に合わない。
動きにくいドレスをひるがえし、まず無洗米を専用の容器に入れた。便利調理器で米を選択して調理開始の文字を押す。
続いて巨大冷蔵庫から牛肉のかたまりと玉ねぎを取り出し、下ごしらえくんに任せる。スープは簡単なたまごスープにすることにした。
「こんなときに思いつくのが牛丼って、つくづく貴族向けの料理人には向いてないよね」
自動で炒めてくれる巨大フライパンに、小麦粉をまぶした牛肉と玉ねぎとにんにくを入れ、下ごしらえくんにたまごを入れる。全部割って溶き卵にしてもらうと、ぐつぐつ沸き立つ鍋に流し込んだ。
「あ、ついでにスープに葉物野菜でも入れとこうかな」
すっごい便利、下ごしらえくん。複数の野菜を洗って火を通してカットしたものも、すぐにできる。
牛丼の味付けは少し悩んだけど、万人受けする甘めのものより、ガツンとにんにく味にすることにした。醤油やみりん、中華風調味料などを合わせていく。すごい日本の味付けだけど、大丈夫かな……?
我が家では好評だったけど。まぁ、あのイケメンに言質とったしね。
米が炊けると同時にドアが開いた。きらびやかな顔をした集団が入ってくる。一瞬身構えたが、礼だけして米を取り出した。
牛丼とスープだけ。副菜もない、ガツンとした男飯。
不安だが、短い時間でやれるだけやったのだから悔いはない。
「たいしたものは作れませんでしたが、よければどうぞ。本日はどんぶりとなっております。こちらに並べていくので、どうぞお取りください」
カウンターキッチンのようになっていて、ものを置いてくださいと言わんばかりのスペースを指す。
さっさか米を混ぜて、どんぶりに入れて、上にたっぷり具をかける。その横にスープを添えると、あら不思議、ちょっとお洒落な吉〇家になったではありませんか。
「これがどんぶり、ですか」
「はい。庶民が食べるものを、と契約したので、そのように作りました」
なかなか手に取らない先ほどのイケメンは、意を決したようにどんぶりの乗ったトレイを取った。続いてぞろぞろと、雰囲気が違うイケメンたちがトレイを持っていく。
ドキドキしながら牛丼をよそっていると、ざわりと空気が揺れた。
「え……うそ、おいしい!」
声を上げたのは、薄ピンク色の髪をした、小柄で可愛い騎士だった。
「見た目に反しておいしいね!」
天使のような顔で、にこっと微笑まれる。とっさに目を伏せて、それをごまかすために頭を下げた。
「ありがとうございます。おかわりもございますので、遠慮なくおっしゃってください」
ひとまずほっとして、キッチンに引っ込むことにした。大量のイケメンは心臓に悪い。