果たし状
「今週も皆さんお疲れ様でした。今週の休日前のとっておき夜食はパフェですよ!」
母さまの病気が治るかもしれないとわかってから、今週はずっと上機嫌だ。ひとりでぱちぱちと拍手すると、エドガルド以外の騎士さま達が首を傾げた。みんな芸術品のようなお菓子を食べているので、パフェを知らないらしい。
「カフェやパティスリーで出しているほど本格的なものは作れませんが、アイスと生クリームとフルーツ、トッピングは皆さんの要望を聞いてお好みのものを作りますよ」
調理器くんに頼んでアイスとソルベはいろんな味を用意したし、新鮮で瑞々しいフルーツはたっぷりある。貴族のみで構成されている騎士団なだけあって、フルーツは傷もなく糖度の高いものばかりだ。
「調理器くんが、あたたかいコーヒーと紅茶も作ってくれたので、お好きにどうぞ。どなたから作られますか?」
一応聞きつつ、こういうときは絶対にアーサーがやってくる。予想通りアーサーが前に出て、カウンターに並べられたものを吟味した。
「おかわりをしても大丈夫なように、小さめのグラスに入れますね」
「……バニラアイスといちごアイス、生クリーム、フルーツはいちごとベリーと桃……チェリーも頼みます」
「かしこまりました」
アイスクリームディッシャーを使い、まん丸アイスを作る。アイスの間にフルーツを見栄え良く入れて、最後に生クリームとフルーツを飾った。最後に、チョコペンで「アーサー」と書いた星形のクッキーを飾れば完成だ。
このクッキーも調理器くんが作ってくれたので、今後デザートを作るときは調理器くんに頼りきりになる予感がする。デザートに使うだけで料理する時には使わないので、契約を破っているわけではない。はずだ。絶対に使うなじゃなくて、できるだけ使わないでって言われただけだしね。うん。夜食じゃなくてデザートの時だけだから、使うのは。
言い訳を考えながら、にっこにこのエドガルドにパフェを作る。生クリームたっぷりの、メロンと桃のパフェだ。ロルフにはレモンのソルベとプラム、シャインマスカットなど甘酸っぱいものが中心だ。レネはマンゴーづくしの贅沢パフェ。甘党ムキムキ騎士のヴァルニエは、照れつつチョコたっぷりパフェを注文したので、とてもほっこりした。
それぞれのパフェには、名前の書かれたクッキーが飾ってある。好評でよかったと安心していると、ロアさまが入ってきた。みんながいるのにちょっと驚いた顔をしている。
「今日は皆さんにそれぞれお好きなパフェを作ったんです。ロアさまはお先にご飯を用意しますね」
「ありがとう。今日は満員だな」
いつもひっそりひとりでご飯を食べているぼっちロアさまは、居心地が悪いのかもしれない。いつもロアさまが座っている席は空いているけれど、左右には騎士さまたちが座っている。
アーサーはロアさまを見て軽く頷き、さっと立ち上がった。
「ノルチェフ嬢、おかわりをお願いします。桃のソルベに生クリームをたっぷり、上に桃とメロンをのせてください」
「はい、どうぞ」
「クッキーはもうないのですか?」
「おひとり様おひとつ限り、限定品なんです」
「それは残念です。次はクッキーを3つほど用意していただけませんか。私、アイスが大好きなんです」
「かしこまりました」
颯爽と去っていくアーサーを見送って、ロアさまは仕方ないと微笑んだ。
「ディナーを食べてパフェをいただこう。全員が夢中になるのだ、きっとおいしいのだろう」
アーサーとエドガルドはパフェを2回おかわりしたが、ロアさまが食事を終える頃には食べ終えて、食堂を後にしていた。いつものふたりきりのゆったり空間で、ロアさまがホットのブラックコーヒーを飲みつつパフェを堪能している。
「自分だけのパフェというのは特別で嬉しいものだな。また作ってほしい」
最後まで残っていたクッキーを食べたロアさまのグラスを下げて洗浄する。忘れ物がないか、やり残したことがないかチェックして、今日の仕事は終了だ。明かりを消そうと振り返ると、ロアさまが真後ろにいた。驚きでちょっと飛び跳ねてしまった。
「ノルチェフ嬢、これを読んでほしい」
差し出されたのは、真っ白な封筒だった。ひっくり返して裏を見て固まる。青の封蠟。王家の色。差出人は……
「ライナス・ロイヤルクロウ……王弟殿下!? どうしてわたしに手紙を……」
「先日、ノルチェフ家から手紙が届いたと聞いている。私は王弟殿下と知り合いで、ノルチェフ嬢に渡してほしいと頼まれたのだ。父君と弟君は人の多い場所にいるから渡せず、逆に母君はノルチェフ家へ出入りする者があまりに少なく、目立つので渡せない。ノルチェフ嬢にだけ返事をするのは申し訳ないと言っていた」
父さまは王城に、トールは学校にいる。王弟殿下の状況を考えると、おそらくノルチェフ家と接触をできるだけなくすために、ロアさまを通じてこっそり手紙をくれたんだろう。
「ノルチェフ嬢は、王弟殿下の状況は知っているか?」
「はい、少しですが」
「ノルチェフ嬢から、折を見て返事の内容を伝えてほしい。ご家族以外には他言無用だ」
「かしこまりました」
ロアさまに促され、手紙を読む。白い便箋に、星のようにきらきらした金箔が散っていて、とても綺麗だ。
手紙は、下級貴族に対するとは思えないほど丁寧な挨拶から始まっていた。支援することで逆によくない結果を生むかもしれないと危惧しているが、ノルチェフ家からの手紙で自身の行動を誇らしく思えたと、感謝が綴られている。王弟殿下から返事が来たことは内密にし、不審なことがあっても気付かないふりをして逃げるように書かれていた。
最後に、少し大きいけれど綺麗な文字で、わたし宛てへの文が記されていた。わたしの文のひとつひとつが嬉しく心の支えとなった、いつか会いたい。直訳するとこんな感じだ。
「ロアさま、念のためお聞きしますが、これは果たし状ではないですよね?」
「え?」
「わたしが未だ王家の色の花を持っていることを、王弟殿下は知っていらっしゃるんですか? 眺めて楽しい日を思い出しているだけで、悪用はしていません!」
「ち、違う。王弟殿下はノルチェフ嬢が花を持っていてもいいと考えている。純粋に感謝している手紙だ!」
「ではどうして、わたしに会いたいと書いてあるんでしょう。カレーが食べたいとか?」
「それは……本人しかわからない気持ちだ。今度会ったときに聞いてみるといい」
「王弟殿下ですから、直接お会いすることはないでしょうね。でも……もしお会いできたら、たくさんお礼を言いたいです。母さまの病気が治るかもしれないのは、本当に本当に嬉しいですから」
「王弟殿下も、それを聞けばもっと奮起するだろう」
たまにいきなり出るロアさまの冗談に笑う。ロアさまは、柔らかな愛情を込めた目を少し細めた。形のいい唇が笑みの形になる。
心臓が騒いで、慌てて下を向く。なるほど、イケメンに慣れるとこういう弊害が出てくるのか。これは恐怖や冷や汗のドキドキではなく、好ましい異性に対するドキドキだ。自分にもまだこんな感情が残っていることに、どこか感心してしまう。イケメンを見ても怖くないのなら、接客をしても大丈夫そうだ。
「最近、とてもいいことがたくさんあります。ロアさま、ありがとうございます」
「私は何もしていない」
「ロアさまが側にいてくれるから乗り越えられたことがたくさんありますから」
「実は私もなんだ。ノルチェフ嬢が側にいてくれて嬉しい」
どう返事をしても蛇足な気がして、黙って手紙を綺麗にたたんだ。これは、青い花と一緒に大事に封じておこう。そして、いざとなれば燃やそう。