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大切な人

 今日は、久しぶりに実家へ帰るお休みの日だ。エドガルドのおかげで詳しくなったパティスリーでケーキと日持ちのする焼き菓子を買う。ほんの少し離れただけなのに懐かしく感じる我が家のドアを開いた。


「ただいま! 母さま、トール、いる?」

「おかえりなさいアリス! 元気そうでよかったわ」

「母さま、今日は起きて大丈夫なの?」

「ええ、もうすっかりよくなったのよ。今日はアリスが帰ってきてくれたから元気でいられるわ。ありがとう」

「姉さま、おかえりなさい! 元気ですか? 男どもが群がっていないですか? 無理していないですか? 少しふっくらしたようですね。姉さまはそのほうが可愛いですよ!」

「ただいまトール。久々にトールに会うと、強烈さを感じるよ」

「姉さま、少し変わりましたね。明るくなったように感じます!」

「トールにはいつもすぐ気付かれるね」


 トールはいろいろ聞きたそうにしているけれど、まずは家に帰ってきた一番の理由を片付けないといけない。

 もうすぐ建国祭がある。貴族は基本的に全員参加しなければならない。病気とか妊娠とか領地がものすごく遠いとか、やむを得ない理由がある場合は参加しない場合もある。それでも家門のうち一人は絶対参加なので、大体は当主がやってくる。

 ノルチェフ家は、母さま以外は参加する。去年も着たドレスがまだ着れるか確認し、母さまの前に立つ。ウエストがきついのは気のせいだと思おう。


「よく似合っているわ。今年はコサージュを作ってみたの」


 ドレスに合う色のレースを何種類も使った大ぶりの薔薇の周りに、極小の宝石がちりばめられて、きらきらと光っている。


「すごく綺麗! 母さま、ありがとう!」

「アリス、とても綺麗よ。……毎年同じドレスやネックレスで申し訳ないわ」

「母さま、それは代々受け継がれてきたドレスと、家宝のアクセサリーと言うのよ」

「まあ、いいこと言うわね」

「でしょ?」


 汚さないようにドレスを脱いで普段着に着替え、キッチンへ移動する。今日の夕飯はわたしが作るのだ。

 キッチンに椅子を持ち込んだ母さまとトールとお喋りしながら、下ごしらえをしていく。下ごしらえくんが一瞬ですべてをしてくれるのに慣れてしまったことを実感する。ついに下ごしらえくんがいないと生きていけない体になってしまったのね……!

 楽しくお喋りをしてご飯を作り終える頃には、父さまが帰ってきた。優しく微笑んでくれる父さまから愛情が伝わってくる。みんなで食事をして和やかな空気の中、すうっと息を吸って決意を声に込めた。


「みんなにお話があるの。わたし……わたし、やっぱり結婚したくない。将来は平民に混じって、自分の店をもってみたい」


 しん、と沈黙が支配した。


「料理のお店を出したい。今日みんなに食べてもらったのは、店で出そうと思っている料理なの。今のうちにお金を貯めて、家にも仕送りをして、みんなに迷惑をかけないようにする! 貴族令嬢として、結婚して貴族との繋がりを持てなくてごめんなさい!」


 勢いよく頭を下げると、左脇に衝撃が来た。


「ぐふっ!!」

「姉さまは一生結婚しなくていい! ずっと僕たち家族を思って我慢して家のことばかりしてくれたんだ! 姉さまには好きに生きてほしい!」

「そうよアリス! 迷惑だなんて言わないで、もっと頼ってちょうだい! 母ももちろん手伝いますとも!」

「母さま、くっ首、首がしまってる……!」

「アリス、仕送りはもういい。ありがとう、本当に助かった。後は自分のために使いなさい。父ももちろん、助力を惜しまないとも! 父さまに任せなさい!」

「いま助けて……! ふたりの愛で絞まってる! ハグは嬉しいけど体中ボキボキ言ってる……!」


 結局父さまも抱きついてきた。家族の愛情はそれはそれは嬉しいんだけど、確認の代償として体中が痛くなった。嬉しい痛みだ。

 みんなで少し落ち着いてから、お土産に買ってきたケーキを食べる。わたしは守秘義務があるので元気に過ごしていることしか言えないけれど、毎日楽しいのは伝わったようだ。


「アリスが自分の夢を持って、それを話してくれて本当に嬉しいよ。今日はもうひとついい知らせがあるんだ。なんと、母さまの病気を治す研究が再び始まったそうだ! 王弟殿下が支援してくださる」

「あなた……本当に……!?」

「母さまが完治するかもしれないってこと!?」

「父さま、本当に!? 人生で一番嬉しい知らせだわ!」

「王弟殿下が、大切な人のために支援することを決められたそうだ。王弟殿下の婚約者は、母さまと同じ病気だから、おそらくその関係だろうとは思うが……。おふたりは完全な政略結婚で、お互い冷え切った仲だ。突然仲が深まり、支援に踏み切るとは思えない。みんなは父さまが守るが、最近王城もきな臭い。危ないと感じたらすぐ逃げなさい」


 王城で働いている身としては、少し怖い。離れたところにぽつんといる第四騎士団が巻き込まれることはないとは思うけれど、用心はしておこう。


「王弟殿下にお礼を申し上げたいけれど、よくないかもしれないわね。王族が支援する事実だけでどれほど心強いか……。あなた、私たちのような下級貴族は、お手紙を差し上げるのもよくないのかしら」

「お渡しするだけしてみよう。届かない可能性は高いし、届いてもお読みにならないかもしれない。それでも、王弟殿下のなさったことを支持する貴族がいるとわかるのは、いいことかもしれない」

「ありがとう、あなた! さっそくお手紙を書くわ!」

「わたしも書いてもいい? 感謝の気持ちを伝えたい」

「そうだね、家族全員で書こう!」

「うむ、そうだな」


 王族へ出すのに使えるような便箋は我が家にひとつしかないので、みんな同じ便箋で書くこととなった。同じものを使えば、繋がりのある者たちが同時に出したとわかるだろうと、貧乏をいいように解釈した結果だ。

 みんなでうんうんと唸りつつ、できるだけ綺麗な字で、不敬にならないように書いていく。遠まわしな煌びやかな言葉で、この支援は希望の光ですとか、生きてきた中で一番嬉しい知らせですとか、たくさんの感謝を書き連ねた。最後にみんなできちんと書けているか確認して、父さまに封蠟してもらって手紙を託した。

 お店を出すことに家族は大賛成してくれたし、母さまの病気は治るかもしれない。今日は素晴らしい一日だ。仕事のやる気がもりもりわいてくる。みんなで、えいえいおー! と拳を突き上げてから、寮へ帰ることにした。明日も頑張るぞ!




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