徒花
真面目なロルフが昼からお酒なんて、何かあったに違いない。本人は隠せているつもりでも、ときおり浮かぬ顔をしている。
エドガルドにもらった料理は今度食べることにして、簡単な料理を出すことにした。休日しか食べられない、熱々アヒージョだ。にんにくは控えめ、オリーブオイルはいいものをたっぷりと。具はエビときのこ、厚切りベーコンとブロッコリー。カリッと焼いたバゲットも添える。
あとは自分が食べたくて冷蔵庫に入れておいた茄子の揚げびたしとおにぎり、お味噌汁を出す。たくさん作って量があるから、ロルフも食べたかったら食べるだろう。
「つまみ、少しだけど持ってきたんだ。作らせて悪いな」
「いつも味見してくれているじゃないですか。遠慮せず食べてくださいね」
いただきます、と手を合わせて、玉ねぎのお味噌汁からいただく。あー、あたたかさが体に溶けていく。煮込んで甘くなった玉ねぎがおいしい。そこで塩のみのおにぎりを頬張る。
「やっぱりお米はおいしい……。お米は正義」
この世界、主食は基本パンなので、たまにお米が食べたくなる。ロルフはアヒージョをほふほふと楽しんでいる。手酌でワインを飲んで、厚切りベーコンを一口。
「アリスも飲むか?」
「いえ、わたしは得意ではないので」
茄子の揚げびたし、おにぎりを頬張ってからの味噌汁。ループがとまらない。お腹が膨れてきたので、アヒージョもつまむことにする。単体で焼いただけでも脂が出るのに、それをオリーブオイルで煮た悪魔の食べ物、厚切りベーコンのアヒージョ。バゲットにベーコンとにんにくを潰したものをちょっとだけのせて頬張る。ざっくりバゲットにオイルが染み込んで、ふわりとにんにくの香りが抜ける。
無言でご飯を食べているあいだにロルフのお酒はすすんでいて、すでに瓶の中身は半分になっていた。たまにお酒をたしなむロルフはどれだけ飲んでも涼しい顔をしているのに、ほんのり顔が赤くなったロルフを初めて見る。
「……エドガルドはすごい奴だよ。もし俺がエドガルドの立場だったら、あんなに真っすぐ成長できない。褒められなくてもずっと努力し続けていて、腐ったりしない。エドガルドと仲良くなる奴がいて、そいつに裏があったら俺が対処しようと考えてた。エドガルドには必要ないのにな」
ワインが飲み干され、すぐにグラスが満たされる。
「最近エドガルドと仲良くなった人は、エドガルドの悩みをあっさり解決した。俺はずっと、心配しながら見ていることしか出来なかったのに。その人の裏を見てやろう。そんな思いで観察していたのに、悪いところなんか出てこなかった。いい人だったんだ。俺は……こんな考えをする俺は、醜い。エドガルドの想いを知っているのに、いつの間にかその人を……」
傾けたワイングラスに声が吸い込まれてよく聞こえないけど、ロルフもエドガルドにコンプレックスを抱いているように聞こえる。
「エドガルドは魔法も使える。本当にすごい奴なんだよ」
「すごいですね! どんな魔法ですか?」
「それは本人に聞いてくれ。ここで俺が言うのは野暮ってものさ。……俺は魔法が使えない。レネも使えないけれど、あいつは最年少で騎士になった。ふたりはすごいな」
人間には誰もが魔力があり、体の中にある専用の回路を巡っている。ほとんどの人は魔道具に魔力を通して使うだけなんだけど、ゲームみたいに炎を出したり氷を出せる人もいる。それらは魔法と呼ばれている。魔法を使えるのはほんの一握りの人のみだ。
「剣や盾には、大抵ひとつの属性が込められている。複数の属性を込めると、威力が落ちて、威力が半端なものになるからな。魔法使いは魔道具に頼らずとも使える属性が増えるし、魔法は魔道具より威力が高いから、ひとりで戦局を変えられる」
魔法は謎に満ちている。
魔法が使える人同士の子供が魔法が使えるわけでもなく、魔力量が多いと使えるわけでもない。ずっと研究はしているけれど、あまりに規則性がないので、魔法が使えるのは運とまで言われている。
「それに比べて、俺は器用貧乏なだけだ。これ以上疎まれないよう、そして脅威にならないよう……必死にあがいて、エドガルドの前では格好をつけて……結局は徒恋だ。ははっ」
ロルフに何か声をかけようとして、少し離れた木の影から、見覚えのある黒髪がはみ出ているのが見えた。なだめるように肩を軽く叩く。
「わたしに提供できるのは場だけです。お水を持ってきますね」
あとはエドガルドがどう出るかだけ。そっと離れると、エドガルドが動くのを感じた。寮に入ってドアを閉める。
「ロルフ……悪いが、話が少し聞こえてしまった」
「どうしてここにエドガルドが……! そうか、アリスが……」
「アリス嬢は関係ない。僕が勝手に来ただけだ。……僕は何でも出来るロルフが羨ましかった。僕が何十時間もかけてようやく出来たことを、ロルフは簡単に出来てしまうって。でも、そんなわけがない。ロルフがそう見せかけていることに、僕は気づいていたはずなのに。……僕は」
「謝るな。俺はエドガルドが羨ましい。俺の半端な努力とか小賢しい立ち回りとか、そんなものを全部吹っ飛ばすようなエドガルドが眩しく感じる。もしかしたら、そんなエドガルドが好きな人に好きになってもらえれば、俺もエドガルドのようになれると思っていたのかもしれない」
「……やはり、ロルフも?」
「ああ。きっかけは何にせよ、俺は彼女に惹かれている。やすやすとエドガルドに譲る気はないぜ?」
「ロルフ……! ははっ、やっと言ってくれたな。ずっと僕に譲る気だったくせに。ロルフがそう言ってくれて嬉しいよ。これからは正々堂々、競い合おう。どちらが選ばれても恨みっこなしだ」
「ああ。だが、俺たちふたりだけじゃないぞ。アリスの良さに気付いている奴はたくさんいるだろう」
「それでも僕は、出来るだけのことをする」
「俺だって」
トイレですごく時間をつぶしてからそっと窓から覗くと、ふたりで握手して笑いあっていた。友情やコンプレックスや恋愛が絡み合って悩んでいたようだけど、いい方向に向かったようでよかった。
後日、レネが「ロルフとエドガルドがいちいち相談してくるんだけど」とこぼしていたので、ふたりは色々とレネに相談しているらしい。素敵なアドバイスをするレネに相談するのはいいことだ。レネは疲れているけど。お疲れ様の気持ちを込めてレモネードを差し入れしておいた。