陳腐な台詞で
庭園へ着くと、エドガルドは先に降りてさっと手を差し伸べてくれた。手をのせて馬車から降りて、エドガルドとふたり見つめあう。
「……手を離すのは今でいいんですよね? 歩くときは腕に手を置きますもんね」
「そうです。僕が……いえ、アリス嬢が手を離した隙に僕が向きを変えますので、腕に手を置いてもらえれば」
「わかりました。いっせーのーせ! で離して向きを変えますね」
「え? あ……はい?」
「せ! で動きますから。いきますよー、いっせーのー、せ!」
ふたりで向きを変えるが、エドガルドの動きが速すぎた。手を離すのが間に合わず、振りほどかれたようになったが、すまし顔で腕に手を置く。
入口にいた人にすごく見られたけど、こっちが正しいとばかりに胸を張って入る。ここで家名とそれを証明するものを見せれば家に請求がいくけれど、エドガルドはお金を払うようだ。一緒にいた女は誰だ! ってなるのは面倒くさいよね。わかるよ。わたしだってトールと父さまにバレたら、エドガルドの名前を言うまで追及が終わらない。
貴族女性はデートの時すべて支払ってもらうのがマナーというか常識なので、会釈して感謝を示す。エドガルドは微笑んで軽く首を振った。
庭園へ入ると、様々な花に彩られた巨大な噴水が出迎えてくれた。しゃらしゃらと水が出て、小さな虹がかかっている。
「綺麗! エドガルド様、連れてきてくださってありがとうございます!」
「アリス嬢のその顔が見られただけで、ここに来た甲斐があります。とても可愛らしいです」
さすが貴族の嫡男、誉め言葉がするっと出てくる。にっこり笑って日傘をさし、エドガルドの腕に手を置いた。
日傘はすごく小さいドーム型で、さっきより少し距離は離れるが、エスコートに支障はない。
「エスコート慣れしていなくてすみません。ノルチェフ家はきちんと教育してくれました。わたしの問題です。家族でパーティに行くときくらいしかエスコートの経験がなく、お恥ずかしい限りです」
「こちらこそスマートにできなくて申し訳ありません。実を言うと、僕もエスコートは知識としてあるだけなんです。パーティで家族をエスコートした経験しかなくて」
「では、ふたりともエスコート初心者ですね。ふふ、よかった。婚約者や恋人はいらっしゃらないんですよね?」
「はい。……僕のことを気にしてくださるんですか?」
「もちろん! もしそんな方がいらっしゃったら、半殺しにされてしまいますから」
エドガルドの歩みが一瞬止まりかけ、右の分かれ道を選んだ。淡いアプリコットやピンク、白の大ぶりの花で、長いアーチが作られている。
エドガルドの長い指がそっと伸びてきて、日傘をたたんだ。フリルのついた白い日傘は、そのままエドガルドの腕に収まってしまう。
「婚約者どころか恋人もいませんし、僕がアリス嬢とデートしているのを見られても何も問題ありません。この日傘は必要ですか?」
「日差しが強いところでは欲しいです」
「では、日陰を選んで歩きましょう」
エスコートされることに慣れていないと、うまく歩けなくて、傘が突き刺さるのだ。もしかしたら、すでに刺さった後かもしれない。謝りたいけれど、エドガルドに余計気を遣わせてしまうだけだろう。
「ありがとうございます。このアーチ、涼しくて綺麗ですね。終わってしまうのが惜しいです」
「ええ、本当に。次は、あちらの小道はいかがですか?」
曲がりくねった道を、紫の小ぶりの花が彩っている中をゆっくり歩く。背の高い木々が植えてあって、他の人の姿は見えない。漏れてくるわずかな日差しを気にしたエドガルドが日傘をさそうとしてくれたけれど断った。これ以上突き刺せない。
「エドガルド様、いざとなればこの実を食べてくださいね。酸っぱいけれど毒はありませんし、気付けになります」
「アリス嬢は物知りですね。こちらは食べられますか?」
「申し訳ないですがわかりません。今度来るときは本を持ってきますね」
「次……。ええ、次も、ぜひ一緒に」
「はい! とても綺麗なのに、広すぎて一度じゃ回れませんものね。エドガルド様も食べられる葉や実に興味があるなんて知りませんでした。やはり、いざという時への備えは大事ですよね」
「そうですね」
エドガルドはゆったり微笑み、目を細めた。エドガルドの視線を追うと、小道の先に大きな池があり、睡蓮が咲き誇っていた。
白や鮮やかなピンク、青みがかった紫の睡蓮が、丸い葉の合間で揺れている。水上の橋をゆっくり歩き、池の上にあるこじんまりしたガゼボの椅子に座る。少数のガゼボはかなり離れて設置されているので、会話を聞かれるどころか顔もよく見えない。
「すごく綺麗ですね! 絵画の中にいるみたい」
「アリス嬢に気に入っていただけてよかったです」
「本当に綺麗……」
わずかな風が髪を揺らし、水面をくすぐって遠くへ去っていく。蔦から黄色い花が顔をのぞかせ、遠くで濃紅の大輪が存在を主張していた。きらきらと輝く水の上で咲いている睡蓮が、尊いものに思えてくる。
無言で見つめているうちに、日が真上にのぼってきた。
「そろそろ帰りましょう。婚約前のレディを連れ出していいのは半日だと聞いています」
「連れてきてくださって、本当にありがとうございます。とても綺麗でした」
「本当に綺麗でしたね」
「はい!」
ガタゴトと王城へ戻り、それからさらに第四騎士団まで戻ってくると、お昼を過ぎていた。エドガルドはさらさらな黒髪を揺らして、今から鍛錬するのだと微笑んだ。
「今日のお礼に女性が喜ぶものを渡そうと思ったんですが、アリス嬢はそれを望まない気がしたので、マジックバッグに我が家のシェフに作ってもらった料理を入れてきました。本日の昼食でも、お好きなときに食べてください」
「ありがとうございます。お返しは焼き立てのクッキーでいかがですか?」
「楽しみにしています」
エドガルドが爽やかに手を振って去っていくのを見送って、さっそくもらった料理を食べることにした。うっきうきでご飯を並べていると、寮のドアがノックされた。防犯の魔道具を持ちながらそっと開けると、そこにはロルフが立っていた。白いシャツに黒いスラックスというシンプルな格好なのに、パリッとしたシャツとルビーのような長髪がよく似合っている。
ロルフは持っている瓶を軽く振り、笑った。
「昼から悪いが、酒盛りに付き合ってくれないか?」
あんまりにもデート初心者なふたりでした。次回は明日更新します。