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エドガルドとデート

 ガタゴトと馬車に揺られて着いたのは、貴族御用達のパティスリーだった。エドガルドの顔を知っている人もいるかもしれない。いざとなればわたしがケーキを食べたいと駄々をこねたことにしよう。

 エスコートされながら個室へと案内されると、エドガルドがすぐに人払いをした。素早く運ばれてきたティーポットとコーヒー、たくさんのケーキが机に並ぶ。給仕すら下がらせてしまったから、本当にふたりきりだ。


「エドガルド様、ティーポットをこちらにいただけますか? わたしが淹れます」

「自分のことは自分でしますよ。アリス嬢もケーキを楽しんでください」


 騎士の訓練か、はたまた休日にひとりでケーキと紅茶を楽しむおかげか、エドガルドは自分で動くことに慣れている様子だ。近くにあったケーキを、ミルクをたっぷり入れたコーヒーと一緒に楽しむ。きめ細かでふわっと溶けるスポンジと生クリームの軽さが絶妙だ。

 わたしがひとつケーキを食べるあいだにエドガルドは3つも食べ、みるみるうちにケーキが減っていく。フルーツがたっぷりのったタルトを優雅に切り分けて食べながら、エドガルドは紅茶を飲んだ。


「……実は、ひそかに尊敬していた方に仕えることになったんです。そのお方の力になりたい。でも僕はまだ騎士としても、バルカ侯爵の跡継ぎとしても未熟で……せめて、自分に出来ることをしたいと思いました。アリス嬢のおかげで、男性が甘いものを好んでいても後ろ指をさされることはないとわかりました。いま思えば、パーティで甘いものをつまんでいる男性はいたのに……その方は跡継ぎではないからと、無理やり自分を納得させていました」

「バルカ侯爵は厳しい方だと聞いています」

「そう、ですね。バルカ侯爵はやることが決まっていて、型から少しでも外れれば折檻が待っています。昔はそうしなければいけないと思っていましたが、いまは違います。必要なことは受け継ぐべきですが、食や服の好みなど不要なものまで先祖に合わせる必要はないのでは、と……そう考えるようになりました」


 どう言えばいいかわからない。安易に受け答えしてはいけないし、わたしにこの悩みが解決できるとも思わない。ただのしがない貧乏貴族なのだ。


「家への反抗や自分に出来ること、したいこと、甘い物……それらが絡まって、突発的にドーナツを作ると言ったんですが、唐突すぎたようで」


 しゅんとエドガルドが落ち込む。大きな犬の耳が垂れた幻覚が見える。


「何かを変えるには根回しと準備が必要だと言われました」

「エドガルド様が手伝うと言ってくれたこと、嬉しかったです。作ったものを残さず食べてもらう嬉しさもあれば、一緒に料理する楽しさもありますから」

「ありがとうございます。……昔からロルフは何でも出来るんです。僕が苦労したことや出来なかったことを、さらっとやってのける。人当たりもよくて、友人だってすぐ出来る。剣だってロルフに敵わない」


 覚えのある感情に締め付けられる。上には上がいて、諦めて自分はこの程度だと思って過ごしてきたわたしと重なる。

 重なるけど、それだけだ。エドガルドとわたしは違う。


「それでも、エドガルド様はロルフ様が好きなんでしょう?」


 不思議なことに、嫉妬と好意は共存できるのだ。数秒たってエドガルドが頷く。


「好きだから仲良くしろとか言いませんよ。好きだけど嫌い、それでいいんじゃないでしょうか」

「いいんですか? そんな相反した気持ちをロルフに抱くなんて、僕はなんて醜い人間だろうと……」

「ひとりの人間に複数の感情を持つなんて普通ですよ。好きだけど苦手、話したいけど遠ざかりたい。わたしだって相反することを思っています」

「アリス嬢も?」

「はい。自分の感情を無理にロルフ様に伝えなければならないとは思いませんが、伝えてもいいとも思います。それがエドガルド様が考えて出した結論なら」

「僕が考えて、答えを出す……」


 エドガルドはしばらく考え込んでいたが、やがてふわりと笑った。


「騎士団へ来て初めて家から離れて、僕は今までいかに自分で考えてこなかったかを知りました。初めての経験がたくさんあります。いいことばかりではなく、それをいい経験だったと思えるほど人格者にはなれないけれど、毎日前を向いていられるのは、僕を支えてくれる人々のおかげです。それに、甘い物も食べられますしね」


 最後にいたずらっぽく付け加えたエドガルドが珍しく、柔らかな笑顔を見つめた。素直で真っすぐでちょっと融通が利かない、弟みたいなエドガルド。


「ほかの方にも相談してくださいね。ひとりの意見しか聞かないと、思考が偏ることがありますから。今のはあくまでわたしの意見なだけで、エドガルド様が賛同しなければいけないわけではないんですもの」

「はい。その意見だけで、僕がアリス嬢を信頼する証になりますが、アリス嬢がそう言うのなら」


 エドガルドはほんのり頬を赤らめ、もじもじした空気を出しつつ上目遣いで見てきた。わたしがしてもこんなに可愛くは出来ない。エドガルドすごいな。


「だっ男女ふたりで出かけるのは、デートだと聞いています」

「貴族ではそうらしいですね」

「そ、それで、最初は僕の好きな場所に来てしまいましたが、次はアリス嬢の好きな場所に行きたいんです」


 わたしの好きな場所? 実家とか?


「それなら、王城の近くの庭園はどうでしょう? 大きな噴水があって花が咲き乱れて綺麗らしいですよ」

「アリス嬢は行ったことがないのですか?」

「ありますが、あそこはデートスポットですから、女同士で行くと居心地が悪いんです。せっかくの綺麗な景色をあまり見られなくて」

「では、そこへ行きましょう。アリス嬢、手を」


 これがエスコートだと知っている今のわたしは、ロアさまの時のような失敗はない。そっと手を重ねて、店を後にする。今日は食べ歩きじゃなさそうなので、ちゃんと日傘を持ってきたのだ。日傘をさしていれば顔を見られにくいから、エドガルドの相手が誰だと騒がれることがあっても迷惑はかけないだろう。

 エドガルドとふたりで馬車に乗って、国一番の庭園へいざ行かん!



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― 新着の感想 ―
[一言] なんか、こう。 面白いね! こういった感情のすれ違い! 伝わらない!明らかな鈍感! じゃなくて、本当に。 本当に、最初から、視点が違うこの、感じ! いいです、好きです!
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