空回り
とんかつブームが終わったのか、豚肉ばかり使うことにストップがかかったのかわからないけど、ようやく豚ロースから解放された。豚肉は大好きだけど、魚が恋しい。
エビマヨ、牡蠣ときのこのたっぷりチーズのグラタン、タコとレタスのガーリック炒め、牛肉のワイン煮込み、野菜を入れるだけ入れたラタトゥイユ。
お肉が一品しかないから騎士さまたちは少し不満そうだったけど、こっちは指定された材料を使っているので、文句は上の人に言っていただきたい。
ぽちっと押すだけの後片付けをしていると、坊ちゃん刈りをほんのりお洒落にした髪型の騎士さまが話しかけてきた。
この騎士さま、身分が下の人には厳しくてレネにはきつく当たっていたらしい。わたしには必要以上に話しかけてこなかったんだけど、マヨネーズにハマってから変わった。
ことあるごとにマヨネーズを欲し、そのたびに作ったり騎士さま好みにアレンジしていると、態度が軟化した。レネにも優しくなったらしい。
レネにこっそり、そのマヨネーズ違法なもの入れてないよね? と聞かれたのも納得の変化だ。
「エビマヨなるものは美味だが、マヨネーズが少ないのではないか?」
「今日はマヨネーズの追加は駄目ですよ」
「なぜだ!?」
「明日はお休みでしょう? 今日の夜食はお酒がすすむよう、皆さんが好きなものを作る予定なんです」
食事を終えつつある騎士さま達の目が、ぎらりと光る。そろそろ作り始めてもよさそうだ。
下ごしらえくんに、じゃがいもをよく洗って切ってもらう。皮つきの三日月型と、長細いものの二種類だ。じゅわわっと揚げていくあいだに、下味をつけていた鶏肉を取り出して、片栗粉と小麦粉を混ぜたものをまぶしていく。片栗粉多めだとカリッとして好きだから、いつも片栗粉を多くしてしまう。
フライドポテトが揚がると、次はからあげだ。揚げたてのポテトとからあげをバットにあげ、蓋つきのココットを大量に並べた。
「皆さんの好みは大体わかりました。カレー粉とタルタルソース、コショウにサルサにマヨネーズにレモンに一味! 他にもたっぷり作ったので、好きなだけ入れて持って行ってください。マヨネーズだけたくさん入れた容器はこちらです。どうぞ」
「ん、んんっ! 気が利くじゃないか。そうか、レモンに一味もあるのか。ふふ、タルタルソースまで」
「甘いものも作りますよ。できたてドーナツです」
便利調理器で、あとは型抜きするまで作った生地を取り出す。ここまで来たら全部任せていいけど、型抜きはしたい。
「騎士さまも型抜きを……って、男性はこれも出来ないんでしたね。これが楽しいのに」
「……僕がしてもいいでしょうか」
挙手したのはエドガルドだった。わずかに震える手に緊張しきった顔。信じられないという顔や戸惑った空気がエドガルドに向けられる。
視線を外さずにロルフの様子を窺うと、目を見開いて軽く首を振ってきた。平民でも男性が料理することは珍しいのに、貴族ともなれば異端視される。
「ありがとうございます。ドーナツも好きにトッピングしてもらう予定なので、どんなものがいいか騎士さま方に聞いてもらってもいいですか? アイシングとチョコと生クリームは用意していますよ」
自分から手を挙げたくせに、どこかほっとしたエドガルドは、周囲に声をかけはじめた。
その間に、自分で揚げようと思っていたドーナツを便利調理器に突っ込む。声をかけ終えたエドガルドが残っている生地を見たら、手伝おうとしてくれる。その前にドーナツを完成させなければならない。
「ナッツとカスタードクリームがほしいそうです」
「すぐ作りますね」
ざわついた空気の中、身の置き所がないように、成長途中の大きな体を縮こませるエドガルドに、こそっとつぶやく。
「今夜は揚げたてのドーナツを作りますね。後で来てください」
エドガルドはぱっと顔を輝かせて頷いた。こうしていると年相応に見える。最初の寡黙な印象が嘘のようだ。
その夜、ロアさまが食事を終えてしばらくすると、エドガルドがやってきた。食堂に誰もいないことを確認して、そろそろと入ってくる。
「……夕食の時はすみませんでした。色々と空回りしていて……ロルフにも怒られました。そういうのは段階を踏めって」
「わたしは大丈夫ですよ。エドガルド様が心配なだけです」
「ロルフがうまくフォローしてくれました」
ひよこのようにキッチンの中で後をついてくるエドガルドを少し下がらせ、ドーナツを揚げる。揚げたてのドーナツにアイシングをつけて、半分はチョコレートをつけた。山盛りの生クリームとカスタードクリーム、ナッツをドーナツと同じお皿に盛る。
「お待たせしました。どうぞ」
「ありがとうございます。……おいしい」
チョコドーナツに生クリームをたっぷりつけて頬張るエドガルドの頬が緩む。大きいのを5つも作ったのに綺麗になくなった。
「……アリス嬢にお願いがあります。明日の休日、僕と出かけてくれませんか」
「はい。どこのお店に行きますか?」
「ケーキの店へ。僕とふたりきりで」
「じゃあ、制服は着ないで行きますね」
レネに注意されたし。
エドガルドは勢いよく顔を上げ、何度も頷いた。
「では明日の朝に迎えに行きます!」
「お待ちしていますね」
たっぷりの夕食のあとにドーナツを平らげたエドガルドは、すらっとした長身を屈めて微笑んだ。どこか苦しそうな顔だった。