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姉に似たひと

 レネおすすめのお店のひとつめは、賑やかな城下町の一角にあった。年季の入った小さな店のドアをくぐると、すぐに元気な声がかけられる。


「いらっしゃい! 好きなとこに座ってね!」


 レネは慣れた様子でテーブルの間を通り、椅子に座った。背もたれがあるだけの、座ると軋む木の椅子だ。古びたテーブルに、水の入ったピッチャーとコップがふたつ置かれる。


「ご注文は?」

「エビとひき肉のクレープひとつずつね。お皿ひとつ余分にちょうだい」

「はいよ!」


 水はセルフサービスらしいので、それぞれ自分のコップに注ぐ。この感じは久々で懐かしい。

 いつもはおしゃべりなレネが何も言わないので、わたしも黙って店内を見回した。じゅうじゅうと、食欲をそそる音とにおいがする。

 しばらくして、テーブルにふたつのお皿が置かれた。クレープと言っていたそれは予想とは違い、ひだを作っていない大きな餃子のような形をしていた。白い生地に焦げ目がついて、見るからにパリパリだ。

 レネはクレープを半分に切ると、お皿に取り分けてくれた。わたしもクレープを半分にして、同じお皿に置いてシェアする。


「いただきます」


 これは手づかみでいただくらしいので、食べやすそうなエビから食べることにした。パリモチの生地の中から出てきたのは、ぷりっぷりのエビと、しゃくしゃくしたタケノコに似た食感の野菜だ。香味野菜の香りが鼻を抜け、数種類のキノコがたっぷり入っている。


「おいしい!」

「でしょ? ひき肉もおいしいよ」

「そっちもいただきます!」


 ひき肉はスパイシーで、唐辛子が後を引く辛さだ。たっぷりもやしとニラ、ガツンとにんにく。もっちりしたお麩のようなものが肉汁を吸って、最後までおいしい。


「どう? 参考になった?」

「おいしかったです! 小さいエビなら安く買えそうだし、この形ならテイクアウトもしやすくていいですね」

「じゃあ、次に行こ。お腹まだ大丈夫だよね?」

「はい! 次のお店が遠くないなら、歩いていきたいです」

「腹ごなしにいいね。そうしよっか」


 レネは騎士さまの中では小柄だけど、わたしよりは大きい。歩きにくい場所を避けたり人をよけたり、さりげなくエスコートしてくれながら次の場所へ向かった。


「ここはパイがおいしいんだ。おすすめを頼んでいい?」

「お任せします」


 赤い屋根の可愛いお店に入って出迎えてくれたのは、しかめ面したゴツイおじさんだった。


「……らっしゃい」

「ミートパイ、チーズとパンチェッタのパイ、アップルパイひとつずつ。取り皿もお願いね」


 こくりと頷いたおじさんがパイの用意を始めると、レネがこっそり耳に口を寄せてきた。思わずびくりと緊張してしまったのが伝わったのか、レネの動きが止まる。


「……男が料理するのは珍しいけど、あのおじさんがパイを作ってるんだ。可愛いものが好きなんだけど、自分には似合わないって思ってて無口なんだよ。怖がらないであげて」

「はい」


 向かい合って座り、パイが運ばれてくるのを待つ。

 レネは最初から緊張しないで話せた騎士さまだけど、距離が近いのはまだ慣れない。ロアさまみたいに手を握るくらいなら出来る気がするけど、さっきのは近すぎる。

 密着してダンスを踊ることもある貴族令嬢としては失格な態度だ。パーティーでダンスしつつ談笑する男女を見たことがあるけど、すごく近かった。やはりわたしが令嬢らしくするとか結婚は無理だな。


「……お待たせしました。パイです」

「ありがと。今日もおいしそうだね」

「ありがとうございます」


 運ばれてきたパイを、ナイフで出来るだけ均等にきれいに切ってシェアする。

 どれを食べようか悩み、ミートパイから食べることにした。パイ生地はバターがたっぷり使われていてサクサクだ。酸味のあるトマトが、牛肉の脂っこさを程よく消し、スパイスとよく合っている。


「おいしい! なんのスパイスが使われてるかあんまりわからないけど、おいしい!」


 予想しているスパイスと合っているかも謎だけど、おいしいものはおいしい。クリームチーズとパンチェッタのパイは、中にイチジクが入っていて甘じょっぱい。イチジクのプチプチした食感が楽しい。


「甘じょっぱくてずっと食べていられる! アップルパイはもう……もう……!」

「おいしいでしょ?」

「弟子入りしたい! ここで働きたい!」

「自分の店はいいんだ?」

「わからないけど働くならここがいい!」


 それくらいおいしい。エドガルドのケーキを買いに行くとき、ここにも来ると思う。そして全種類買う。


「ボクのおすすめのお店、まだたくさんあるんだから。ま、ここはイチオシだけどね」

「レネ様、ありがとうございます! おじさん、ごちそうさまでした。また来ます!」


 ちょっとお腹が膨れてきたので、次のお店に向かう前に、近くにある魔法道具のお店に向かうことにした。

 ロアさまからもらったお花は押し花にしようと思っていたんだけど、なんと下ごしらえくんがドライフラワーにしてくれたのだ。

 下ごしらえくんすごい。下ごしらえくんに出来ないことはない!

 下ごしらえくんが綺麗に乾燥してくれたあのお花は、崩れないように頑丈な箱にしまってある。保存の魔法がかかっている瓶に入れて、壊れないように長持ちさせたい。

 キッチン・メイドをやめるとき、下ごしらえくんを引き取れないか聞いてみよう。わたしに必要なのは、ずっとキッチン・メイドの仕事を支えてくれていた、あの下ごしらえくんだ。新品の下ごしらえくんじゃなくて、一緒に過ごした下ごしらえくんがいい。


 レネの案内で魔法道具の店についた。所狭しと魔法道具が置いてあって、痩せ気味のお兄さんが机で作業をしている。


「すみません。保存魔法のかかった瓶がほしいんですが」

「あっ、い、いらっしゃい! 瓶はこちらです。しっ、使用方法をお聞きしてもいいですか?」

「ドライフラワーを保存したいんです。床に落としても割れないけど、力いっぱい投げつけたら割れて中のものが消滅する瓶がほしいんですが」

「……ええーと、希望に沿うものはありませんが、こちらはいかがですか? 強化の魔法もかかっていて、落としても割れません。瓶を開けるには登録した魔力が必要です。いざとなれば瓶を開けて中身を握りしめて粉々にするのはどうでしょう」

「ドライフラワーなら、それで証拠隠滅できますね」


 何しろ王家の色の花だ。キッチン・メイドをやめるか、ロアさまが騎士団からいなくなったらあの花は燃やしてしまうつもりだけど、それまでに何かあるかもしれない。

 それなら早く燃やしてしまえばいいんだけど、もう少しだけ見ていたい。高貴な身分だろうに、わたしのために自ら跪いて取ってくれた、あの日の青空の色をしたこの花を。

 余裕をもって大きい瓶を買い、店を後にする。レネは黙ってついてきてくれた。


「レディの買い物に口を出すつもりはないけど、あんな買い物初めて見たよ。あそこの店長、腕はいいのに接客は緊張しまくっててさ。アリスがとんでもないこと言うから、緊張が吹き飛んだみたいだね」

「今まで似た注文をした人はいると思いますけど」

「いないよ。投げつけたら爆発するとか、そういうのはあったかもね」

「そっちのほうがよかったかもしれません」

「王城で火事とか、一族全員縛り首だよ」

「買わなくてよかったです」


 本当によかった。

 だいぶ日も傾いてきて、レネが案内してくれる最後のお店についた。居酒屋ほど騒がしくないけど、バーほど敷居が高くない、そんなお店だ。

 薄黄色だったりオレンジだったり、いろんな色の間接照明がぽつりぽつりとお店を照らしている。二階の半個室に案内され、椅子を引かれて座った。レネはさっと注文を終え、ふたりきりの空間になる。


「アリスは平民向けの味を追求してるって言うけど、貴族用の味も知ってるんだから、そっちも勉強しておけばいいじゃん。わざわざ道を狭めたりしないで、いざという時の選択肢を増やしておけば?」

「……そうですね。でも、貴族向けの店では働けないですよ。貴族なのに」

「平民が頑張ってお金貯めて食べに来る高級店もあるよ。それは駄目なの?」


 目から鱗がぼろんぼろん落ちていく。


「……駄目じゃないです」

「アリスの人生なんだから、アリスが好きなようにしたらいいけどさ。このお店に来たのだって、デートの最後くらい気取った場所に来たかっただけだから」


 貴族って、男女ふたりきりで会うとデートになるんだよね。食べ歩きなのに、律儀にデートにカウントしているレネは、最後にデートっぽいお店に連れてきてくれたらしい。

 恋人向けの店だからひとりじゃ入りにくいし、エドガルドやロルフと来たら変に目立ちそうだ。レネの気遣いに感謝しながら、運ばれてきたテリーヌを食べる。

 エビやカニ、アスパラやトマトなどで色鮮やかなテリーヌにナイフを入れる。素材ごとに食感や味がいかされ、それぞれ邪魔しないように見栄えがいいように、計算しつくされた配置だ。非常に繊細な仕上がりになっている。


「……ボクは小さいころから騎士に興味があって、時間さえあれば剣を振るってた。でも成長するとボクが家を継ぐってわかって、その勉強を始めたんだ。そしたら姉さんがボクをしばき倒した」

「しばき倒した」

「騎士になりたいならなれ! 中途半端なことをするな! って怒られた。でも、ボクだって好きで騎士になることを諦めたんじゃない。ボクが家を継ぐから、姉さんは平民の恋人と結婚できるんだろ! って怒鳴った。ボクの領地はド田舎にあって、領民との距離が近いんだ。両親も、姉さんが平民と結婚することに反対しなかった。ボクが犠牲になって丸く収めてるって、本気で思ってたんだ。そしたら姉さんが、殴られて座り込むボクの前に仁王立ちになって宣言した。自分が家を継ぐって。恋人には婿入りしてもらって、死ぬ気で貴族や領地のことを学んでもらうって。ぽかーんだよ」


 レネはその時の光景を思い出したのか、くすくすと笑った。


「ボクがようやく絞り出した、父さんと母さんは賛成したのかって言葉も、知らん! の一言だった。私が跡継ぎだから、配偶者は自分で決める! って言って。いや貴族だから配偶者は大事だよ、跡継ぎの婿入りならこんなド田舎でも誰か来てくれるって言ったら、いらん! とバッサリ。父さんも母さんものんびりしてるからあっさり許可出しちゃって、ボクの苦悩はなんだったの? って唖然としたけど、姉さんがボクを優先してくれただけなんだよね。姉さんにお礼を言ったらにやりと笑って、昔から領地経営したかったって言ってた。……それが本心か、今でもわからない。だけどボクは、姉さんが誇れる騎士になる」

「素晴らしいお姉さまですね」

「うん。アリスはちょっと姉さんに似てる」


 似てる……かなぁ? 結婚したくなくて家から逃げるわたしと、家を継ぐレネのお姉さんは正反対に思える。


「弟がいそうなところとか」

「なるほど。わたしにも弟がいます」


 シスコンの弟がいるところが似てるってことか。


「アリスも、したいことをしたらいいんじゃない。ボクが姉さんに願っているように。アリスも家族に応援されてるから、キッチン・メイドをしてるんでしょ?」

「……はい。ありがとうございます」


 レネの言葉がじんわり背中を押してくれる。こうすればいいって押し付けじゃないのが嬉しい。


「いろいろ考えて、家族に相談してみます」

「うん」


 色々気づいているであろう家族は、なにも言わず見守ってくれている。今度帰ったら、平民に混じって働きたいと言ってみよう。頭ごなしに否定はされない自信があった。きっと、一緒に考えてくれる。

 わたしの未来に、ぽうっと光が灯った気がする。優しい夜だった。



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[一言] 『新品の下ごしらえくんじゃなくて、一緒に過ごした下ごしらえくんがいい。』 ここを読んで、4話の 「すごい……すごいわ……下ごしらえくん! きっと君なしでは生きていけない体にされてしまうのね!…
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