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とんかつブーム

 とんかつブームが来た。


 手作りタルタルソースを出してみたら評判がよく、揚げ物に合うと言ったら、騎士さまたちが食べたいと言ったのだ。

 なにを揚げようか考えていると、ロアさまにとんかつがいいとリクエストされた。以前食べたカツカレーがおいしかったのだそうだ。ならばと作ってみたら、騎士さまたちがハマった。


 もちろんこの世界にも似た料理はある。

 貴族たちが食べるのはもっと肉が薄くて、チーズをたくさん使ったトマトソースをかけるのが一般的だ。あとよく使うのは牛肉。とんかつの半分ほどの厚さだ。

 その点とんかつは非常に分厚く、使っている部位もロースだから、部活帰りの男子高校生のような騎士さまたちには、貴族ディナーより良かったらしい。

 コースでちまちま料理が出てきてマナーを気にしながら食べるよりも、肉揚げ物炭水化物! みたいな豪快飯のほうが好みなのかな。

 こっちも毎日使う食材が指定されているので、毎日とんかつは出せないと言うと、翌日から使う食材が豚ロースの塊になった。

 誰かが権力を使ったな……とは思ったけど、深くは追及しないことにした。


「おかえりなさい。今日もお疲れ様です。とんかつが出来ていますよ」


 出迎えも、もう慣れたものだ。いつものように先頭に立ってやってきたアーサーに声をかけると、ややくたびれた様子だがにっこり笑った。アーサーはいつでもこの微笑みだけは変わらないの、貴族として厳しい教育を受けてきたんだろうな。


「ありがとうございます。今日もとんかつとは嬉しいな」


 アーサーは貴公子の手つきで、大きなとんかつを2つ取った。そのままエドガルドが続き、ロルフも取っていく。

 カリフラワーと枝豆のミルクスープや、ミニトマトのはちみつマリネ、手作りマヨネーズをたっぷりつけて食べる温野菜サラダなど作ったが、とんかつの前に敗北していく。

 それを見越して少な目に作ったけど、とんかつが相手だったら仕方ないよね。わたしもとんかつの時は、野菜は千切りキャベツのみで食べたい。


 とんかつを揚げて、騎士さまたちがおかわりして、を繰り返していると、食堂が騒がしくなった。ひょいっと覗くと、騎士さまが何やら言い合いをしている。


「とんかつにはタルタルソースが一番だって言っただけですよ」

「いや、タバスコが一番!」


 とんかつにタバスコ?


「サルサソースが至高では?」

「ソースも忘れちゃ駄目ですよ!」


 勢いよくわんこ系騎士さまが挙手をしている。

 わんこ系騎士さま、名前がシーロ・ワンコと、まさかのそのままの名前だった。白わんこって名前はすごく覚えやすいけど、間違ってそう呼んじゃいけない。切腹ものだ。

 いつもは座る席が決まっていて、食べ終わったら食後のお茶を飲んで談笑する程度ですぐ去ってしまう騎士さまたちだけど、今日は違うようだ。

 好みの味を語りたい気持ちはわかる。貴族料理は出てくる時点で味も決まっていて「料理人が試作に試作を重ねた至高の味付けとこのソースで食べろ!」と一皿で完結しているもんね。

 それはもちろんとってもおいしいんだけど、こんなふうにたくさんの調味料やソースがあって、自分好みにできるのが騎士さまたちには新鮮だったらしい。

 自分の一番の食べ方をわいわい言い合っているのを見ると、もうしばらくとんかつブームが続きそうだ。私的にそろそろ魚が食べたい。


「こんばんは、ノルチェフ嬢。これは?」

「ロアさま、おかえりなさい」


 いつもはみんな去って静まり返った食堂に来るロアが、驚きながら入ってくる。


「とんかつに何が一番合うか、みなさん話し合っているんです」

「甘口ソースが一番だろう」

「わたしもです」


 今まで黙っていた騎士さまも「レモンをしぼって塩で食べるのがおいしい!」「タルタルソースにタバスコ!」「マヨネーズだ! マヨネーズをかければ何でもおいしくなるんだ!」と参加して、話し合いは白熱していく。

 ロアさまに揚げたてのとんかつを出し、食洗器に汚れたものを入れてボタンをぽちっと押すだけの後片付けを始める。

 エドガルドは甘口ソースとタルタルソース、ロルフは辛口ソースにタバスコ、レネはカレー粉かサルサソースだと主張しているのを見ていると、後片付けが終わった。

 魔法は本当に便利すぎる。前世の記憶を使って無双するのに憧れもあったけど、最初から不便なのより、前世より圧倒的に便利なこっちのほうがいい。

 ロアさまにおかわりはいるか聞こうとキッチンから顔を出すと、ばっちりシーロと目が合った。


「そうだ、ノルチェフ嬢! ノルチェフ嬢はどうですか!?」


 騎士さま全員の視線が一気に集まって、体が硬直する。


「とんかつという素晴らしい食べ物を作ったノルチェフ嬢がどう食べるか知りたいんです!」

「いえ、わたしは、そんなに変わった食べ方をしていませんから」

「ノルチェフ嬢、よければ聞かせてください。私たちには終わりが必要なのです」

「ダリア様……」


 アーサーの笑みが消えている。

 すごくシリアスな雰囲気だけど、とんかつの話だからね。


「ひとつ言えるのは、食べ方は人それぞれ自由……正解はなく、不正解もありません。自分が一番おいしい食べ方をすればいいんです」

「ノルチェフ嬢……そうですね。その通りです。して、ノルチェフ嬢はどう食べるんですか?」


 ごまかされてくれなかった。


「語ると長い話になります。騎士さまたちの時間を奪うわけには……」

「大丈夫です。夜食の準備はできています」


 いまご飯を食べ終わったのに、なんで夜食を持ってるの?

 アーサーは王子様みたいな人かと思ってたけど、どこか変わっているのかもしれない。まあ人間は、みんなどこか変なものだ。アーサーの胃袋のことは置いておいて、腹をくくることにした。


「……わかりました。皆様、長くなりますので、途中で帰っていただいて構いません」


 たくさんのイケメンがいる空間にいて注目されるのは、今でも怖い。だけどわたしには味方がいる。

 優しく微笑んでくれるロアさま、心配そうにしているエドガルドとロルフ、周囲を注意深く見てくれているレネ。

 そして何より、働いた初日からずっとわたしの側にいてくれた下ごしらえくん。下ごしらえくんさえいてくれれば、大量のとんかつも怖くないのだ。


「まず一番に言わなければならないのが、主食についてです。とんかつには米! 白米! 私的にこれは譲れません。そして白米の横にそっと添えられた漬物。浅漬けぬか漬け、梅干しや佃煮まで入れると、もはや数え切れません。どれも白米に合うご飯泥棒! 万人受けを狙うならたくあんやきゅうりでしょう。けれどわたくしは白菜の漬物を添えてほしい! なぜなら、一番好きな漬物だから! 箸休めとしてそのまま食べ、醤油をつけてご飯をくるっと巻いて食べ……あぁっ、なぜここには白菜の漬物がないんでしょう! 確かにパンには合わないけども! 今度下ごしらえくんに協力してもらって作ります。下ごしらえくんは最強です。下ごしらえくんさえいれば何とかなるんです!

 あっ、話がそれましたね。ご飯、漬物ときてあとは何が重要か……みなさんおわかりですね? そう、味噌汁です! 白みそ赤みそ、はたまた粕汁など色々ありますが、わたしは合わせ味噌でいただきたい。そして味噌汁の具。これもなんて悩ましいお題でしょう……。もちろん、それぞれこだわりがおありでしょう。豆腐にネギに油揚げなどオーソドックスなものから、レタスやベーコンまで包み込む味噌汁。野菜ともなれば、種類が多すぎて無限大。わたしも味噌汁の具、その枠の中で主張するべきです。ですが、反則だとわかっていても言いたい。豚汁がいいと!!

 私的に豚汁に里芋ごぼう玉ねぎは必須! 彩りと甘みのにんじん、油揚げも大事です。大根こんにゃく葉物野菜、入れれば入れるほどおいしい。そこにシャキシャキの小口切りの青ネギを大量に盛り付けて食べたい! 豚汁が食べたい!

 こんなにおいしくて主役になりうる豚汁すら、とんかつの前にはかすんでしまう……。とんかつにはヒレ、ロースがありますが、わたしは断然ロース! 脂を楽しみたい!

 とんかつの大事な一口目、何からいくか? わたしは甘口とんかつソース派です。まずは端っこの一番小さい一切れを、とんかつソースのみでいただきます。甘い脂とザクザク食感を楽しむと、胃はエンジン全開! 二切れ目は……悩む。あと何切れ残っているかにもよりますが、やはり悩む……。

 悩みつつ、わたしの答えは決まっています。おろしポン酢です! あっ、わたしは揚げ物の食感を楽しみたいので、ソースは衣につけません。衣のない側面におろしポン酢をかけ、一気に頬張る! 先ほどとは違う酸味とさっぱり感が、とんかつの新たな一面を見せてくれます。ここで豚汁を挟んでほっと一息。漬物を食べ、千切りキャベツをいただきます。

 昨今、ドレッシングはたくさんあります。新しいものに挑戦するのも楽しいですが、わたしはにんじんドレッシング一択! にんじんドレッシングを惜しみなくかけ、キャベツを好きなだけ食べます。とんかつと食べる千切りキャベツは、どうしてあんなにおいしいんでしょうね? ここでキャベツを食べきり、おかわりすることもよくあります。ですがキャベツばかり食べているわけにはいきません。いざ次の一切れへ!

 以前ならここからソース祭りだったのですが、今のわたしは、醤油にからしでいただきます! ここで初めてからしを解禁し、あっさりとツンとくる辛さを楽しみます。からしで次の一切れへの期待がぐんぐん高まっていきますね!

 ここからがある意味本番。すりゴマを甘口とんかつソースに入れ、からしを少々。これをご飯と共に食べる! あいだにキャベツ、豚汁、漬物! いけるならキャベツおかわり! ご飯! とんかつ!

 ……寂しいですが、おいしい時間はあっという間に過ぎていきます。デザートにも心惹かれますが、とんかつはとんかつで終わりたい。熱いお茶をすすり、余韻に浸る……これで終わりです」


 しーん、と部屋が静まり返る。しつこく知りたいと言うからとんかつの食べ方を話したのに、終わったあとに突きつけられたのは沈黙のみ。

 アーサーににっこり微笑む。


「ダリア様はどのように食べるのですか?」


 はじめてアーサーがたじろぐのを見た。それも一瞬ですぐにいつもの笑みを浮かべ、物腰柔らかに軽く頭を下げる。


「ノルチェフ嬢の熱意、大変参考になりました。次はノルチェフ嬢と同じように食べてみます」

「そうですか。で、いまのダリア様はどのようにして食べるのがお好きですか?」


 言うのは嫌だってさんざん断ったのにゴリ押しされたこと、忘れてないからな。

 静寂の中、アーサーと微笑みで戦った結果、折れたのはアーサーだった。


「……私は、マヨネーズにレモンとマスタードを混ぜたものが好きです」

「おいしいですよね! マスタードの代わりに、からしもおすすめですよ。それにしても」


 うーん、と眉を寄せる。


「開発も兼ねて、たくさんのソースを作ったんですが、こんなふうに争いになるなら作らないほうがいいでしょうか? とんかつソースなど、かなり頑張ったんですが」


 一番頑張ったのは、切ったり混ぜたりしてくれた下ごしらえくんだけども。

 その途端、騎士さまたちが慌てて駆け寄ってきた。


「もう言い争わない!」

「マヨネーズがないと生きていけないんだ!」

「すまなかったノルチェフ嬢! だからサルサソースだけは作ってくれ!」

「わたくしは望まれたものを作るだけですわ。皆様、安心なさって」


 最後の最後、忘れていたご令嬢口調で話したけど、もう遅いような気がする。

 ロアさまが俯いて肩を震わせているのを見て、そう思った。



皆さんはどのように食べるのが好きですか?

ちなみにアリスの好きな食べ物上位にとんかつは入りますが一位ではありません。

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[一言] は? どけどけなってねぇなトンカツってのは 大根3分の1卸しにミツカンのゆずポン酢をダバダバかけて浸して一気に頬張るに決まってんだろ 馬鹿じゃねぇの? …
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