内実
静かな室内にコーヒーの香りが漂う。朝のすがすがしい風が、青葉の香りを運んできて、コーヒーと混じりあった。
コーヒーを飲み、口を開く。
「エドガルド・バルカとロルフ・オルドラは信用してもいいと考えている。今までふたりともどこか裏があるように見えていたが……。ノルチェフ嬢と接しているうちに、自身の殻を破り、前向きになっているのが感じられる。訓練も以前にも増して真面目に取り組み、強くなっている。まだ伸びるだろう。おまえの意見はどうだ?」
床に跪くシーロに問うと、リーフグリーンの髪が動き、くるくるとよく動く瞳が真っすぐに見上げてきた。いつも浮かべている人懐っこい笑みはなく、目をやや細めている。
「私も同意見です。ふたりとも以前のような力みが抜け、周囲を見る余裕が出ています。特にエドガルド・バルカにあった、自分のことで精一杯という空気がなくなりました。元が実直な性格ですから、一度主を決めたら裏切ることはないでしょう。要所でエドガルド・バルカをサポートしていたロルフ・オルドラの負担が減り、結果、周囲との意思疎通や仲裁などを行い、ロルフ・オルドラ本来の良さが発揮されつつあります。華やかに見えて情に厚い男です、主を陰日向なく支えるでしょう」
「そうか」
途端に空気を変えたシーロの目が、少年のように踊る。
「ロア様としてはいかがです?」
「……シーロまでそう呼ぶな」
「申し訳ございません。ノルチェフ嬢だけの呼び名でしたね」
「わかっているなら、からかうな」
「だって、初めてライナス殿下からデートに誘った女性ですよ! 気になるでしょう!」
シーロが手を握り締めて興奮しているのを、落ち込みつつ見やる。
「……ノルチェフ嬢はデートだと思っていなかったがな」
「予想外でしたね! 今までノルチェフ嬢に関して、普通だとか予想通りだとか思ったことがありません。今までよく普通のご令嬢の中に紛れ込んでいましたね」
「それは同意だ」
きっと、お茶会でもあのすまし顔で紅茶でも飲んでいたんだろう。
もしくは、ノルチェフ嬢の友人もどこか変わっているとか。ノルチェフ嬢が変わり者なのを隠し通すより、そちらのほうが可能性が高い気がする。
「では、エドガルド・バルカとロルフ・オルドラを呼びましょう。アーサーに人払いを頼んでおきます」
「ああ、頼む」
ふたりは休日にノルチェフ嬢の家へ行くことが多い。まだ朝早いから間に合うだろう。
ソファに座りコーヒーを飲んでいると、ドアがノックされた。アーサーがうまく人払いしてくれたようで、周囲に人の気配はない。
エドガルドとロルフが入室するとシーロがさっとドアを閉め、防音の魔法道具を起動した。ロルフの顔に、さっと緊張が走る。
ふたりが何か言う前に立ち上がり、変身の魔法道具を解除した。
エドガルドとロルフが目を見開き、一秒のちに勢いよく跪く。頭の回転が速いふたりに、シーロが満足気に頷いた。
ふたりの目には、いつもの私と全く違う姿が映っているだろう。
体は一回りほど大きくなり、鍛えた体には筋肉がついている。髪色は茶から銀へ。長さも変わり、後ろを短く刈り込んだオールバックだ。
なでつけた長めの前髪は、結局はねて逆立っている。その下にある瞳はターコイズブルー。王家のみが許される色だ。
「私の内情を知っているな? すべて述べよ」
ふたりとも頭を下げたまま、エドガルドが口を開いた。
「発言をお許しください」
「許す」
「ライナス・ロイヤルクロウ様。尊い王家の血を継ぐ王弟殿下であらせられます。現在、王位継承権は3位。兄君の陛下とも良好な関係を築いておいでです」
「そのようなありきたりな事を聞きたいのではない」
ゆるく首を振る。最初は威厳を見せようと思ったが、この調子では口を開かないかもしれない。
「まずはソファに座ってくれ。今まで仮の私に接していたように……とまではいかないが、ある程度くだけた口調で構わない」
「ライナス殿下!」
「シーロ、お前が言えたことではないだろう」
「ですが、最初くらいは」
「後で想像と違うと言われても困る。いくら取り繕っても、私の性格は変わらない。それならば最初から誇張せずにいればいい」
ソファに座るよう促すと、意を決したようにロルフが座った。探るにしては愚直な眼差しが、ロルフの剣筋のように真っすぐ突き刺さる。
「そう警戒せずとも、座ったくらいで罰しない。そもそも、私がすすめたのだしな」
いざとなれば、自分だけが罪を被るつもりでいたのだろう。それに気付いたエドガルドが、ハッとロルフを見る。様々な思いをぐっと噛みしめた後に飲み込み、エドガルドも断りを入れてソファに座る。
「率直に言う。私の側近になってほしい」
ふたりは驚愕して呼吸を止めた。
「そのために、ふたりがどの程度私の事情を把握しているか聞きたい。知らないのであれば私が補足する。そして、その上で決めてほしい」
「……命令なさらないのですか?」
「私がほしいのは、険しく細い道にうねる激流を、ともに歯を食いしばってのぼってくれる者だ。断れば、口外しないと契約書に署名してもらうことになるが、それだけだ」
まだ迷いが見えるロルフとは違い、エドガルドは決断する。薄く形のいい唇を開き、エドガルドは話し始めた。
長いのでわけました。
このあともう一話投稿します。