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今日の思い出に

 寝転がってしばらくすると、とりとめのない会話が自然と途切れていった。ロアさまは会話がなくても気にしていなさそうなので、わたしも無理にしゃべらないことにした。

 しりとり? 完敗した。もうロアさまと、しりとりはしない。


 木漏れ日がやわらかに降り注いできて、耳をすませば鳥の鳴き声が聞こえる。たまに小さな水音がして、木々がさやさやとおしゃべりしていて……そこでハッと目を開けた。

 危ない、寝かけてた! さすがにここで寝たら駄目だ!


 上品にクッションから抜け出すことができず、もがきながら立ち上がる。


「どうした?」

「次は散歩してみようかと思いまして」

「私も行こう」


 湖の近くまで行って覗き込むと、ちいさな魚が逃げていった。


「これが普通の湖だったら、水切りをするのに」

「水切り? それはなんだ?」

「湖に石を投げて、できるだけ多く水面を跳ねさせて遊ぶんです」

「石が水面を跳ねるのか? 沈むのではなく?」

「はい。さすがに不敬ですから、ここでは出来ませんけど」


 王家所有の湖に石なんて投げられない。

 立ち上がって振り返ると、ロアさまが拳大の石を握り、野球の投手のように構えていた。投球フォームそのままに石が投げられ、遠くまで飛んでいく。大きな音と水しぶきをたてて、石が湖に沈んだ。


「やはり跳ねないぞ」

「ええ、まあ……そうですね」

「手本を見せてくれないか?」

「まだ死にたくないので嫌です」

「大丈夫だ、ここでは何をしても不敬にならないし、死なない」

「……死は救済とか、解釈違いなこと言いだしませんか?」

「言わない」


 ロアさまが低く笑いながら差し出してきた石を、丁寧に地面に戻す。


「水切りをする石は、平べったくて投げやすいものですよ。こういう石です。……では、いきます」


 令嬢らしからぬ大股だけど、そこは気にしない。

 ふんっ! と気合を入れて投げた石は3回跳ね、沈んでいった。


「ん-、いまいちですね。こんな感じですが、わかりましたか?」

「ああ」


 ロアさまは、水切りがとても気に入ったらしい。

 せっせと石を拾っては、湖に投げ込んでいく。数回でコツを掴み、すでにわたしより多く跳ねさせている。


「ノルチェフ嬢、いまのは見たか!? 8回も跳ねたぞ!」

「すごいですね! わたしなんて5回ですよ」

「手首のスナップと回転が重要だと感じた。こうだ」

「こうですか?」


 しまいには、この遊びを教えたわたしが教わる側である。ロアさまが楽しそうだからいいけど。


 投げるのにちょうどいい石はすぐになくなり、それなりに大きい湖のまわりを歩きつつ石を探すことになった。

 花の種類をあまり知らないわたしでも、きれいに咲いた花の近くを歩くのはちょっと嬉しい。


「ロアさま、見てください。蟻です」

「……これが蟻なのか」


 大きめの蟻が、水切りにちょうどよさそうな石の上を歩いていく。お尻だけ黄色と黒のマーブル模様だ。

 なぜかぐるりと回って蟻が石からおりると、すぐに次の蟻がやってくる。同じ動きをする蟻をロアさまとふたり、しばらく眺める。


「どうやらこの石は蟻が気に入っているようだ。使うのはやめておく」

「そうですね」


 立ち上がったロアさまと並んで歩き、石を見つけては投げる。


「今の石はとてもよかった。投げたら沈んでしまって、もう使えないのが惜しい」

「勝負は石選びから始まっている……ということですね?」

「そうだ。むしろそこが重要だと感じる」


 盛り上がっている話題が石でいいかは謎だけど、ロアさまが少年みたいにきらきらしているので、多分いいんだろう。

 湖のまわりをゆっくり一周して戻る頃には、もうお昼の時間になっていた。石を投げすぎたロアさまは軽く手首を振りながらソファに座る。


「そろそろお昼ご飯にしましょうか。たくさんあるので、残してくださいね」


 余ったら持って帰って、夜食にでもしよう。

 バスケットを開けると、ふわっとカレーのにおいが漂ってきた。覗き込むロアさまの目が、湖みたいに輝いている。


「焼きカリーとカリーパンとカツカリーです。カリーだらけになってしまいました」

「私が希望したものだ。ありがとう」

「お好きなものから食べてくださいね」


 ロアさまは迷って、カレーパンを手に取った。サクッといい音がして、ロアさまが目を丸くする。


「これは……おいしいな。大きな肉が、噛むことなくほどけていく」

「久々に作ったけど、うまくいってよかったです」

「この焼きカリーも、焼いたことで香ばしさが鼻を抜け、チーズがよく合っている。このカリーは……カリーパンとは違うカリー、か?」

「はい、違うものを作りました」


 これもすべてトールがカレーを好きで、研究してくれたからだ。男は料理しちゃいけないと言ってはきたけど、小さいころは何でもやりたがるものだ。

 家族しかいないならいいかと、ずるずるとここまで来てしまった。このあいだトールが作ったカレー粉でわたしが大喜びしたから、しばらくやめないかもしれない。


「すべておいしい。……休みの日なのに、こんなに手の込んだものを作らせてしまったな」

「気になさらないでください」


 下ごしらえくんがあるから、わたしは炒めたり煮たりしただけだ。

 ロアさまは何かほしいものがあるか聞いてきたけど、さすがにお金とは言えない。でも、何もないとも言えない。ロアさまからの期待に満ちた視線が突き刺さる。


「では、また水切りを見せてください」

「……それだけか?」

「まさか! わたしや家族に、なんのお咎めもなしにしてくださらないと」

「それだけか?」

「えっ?」


 ロアさまの目が真剣でちょっと怖い。

 怖いけど、こんなに近くで話しても逃げたいと思わないのは、相手がロアさまだからだ。

 どうやらロアさまは、わたしの答えが不服らしい。もっと何か言ってほしいと目で訴えられ、必死に探す。


「あ! いただいたこのお花、押し花にして持っていてもいいですか? 王家の色なので、持つどころか、本当は触れてもいけませんが……今日の思い出に」


 今日はいろんなロアさまを見た。最初に出会ったときの穏やかさはそのままに、はしゃぎ、意外と負けず嫌いで、よく笑う。わたしに付き合って蟻をじっと見る、ちょっと変わった人。

 ロアさまが当然のように努力を続けている姿が、いつもわたしを奮い立たせてくれる。ロアさまがいなくても努力し続けられるように、この花をしるべとして持っていたい。


「ノルチェフ嬢は……」


 ロアさまの言葉が途切れる。


「……いつもこうやって、簡単に私の言葉を奪う」

「申し訳ございません……?」

「こんなふうに」


 ロアさまが喉の奥で笑う。

 よくわからないので澄まし顔をしておいた。



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