デートのつもりだった
ロアさまと景色を楽しみつつ、おしゃべりをしながら歩く。騎士団の食堂にいるときよりのんびりした気持ちで、話題も穏やかなものだ。
途中から、あの雲はパンに似ているとか、とりとめのないことを喋っていた。
ロアさまとわたしは、共通部分を探すのが難しいくらい似ているところがない。しかもロアさまは偽名を使っているから、ありふれたことを聞くのもためらわれる。
ふたりで「一番おいしそうな雲」を探しているあいだに、目的地に着いた。
「わあ……! きれい!」
木々と花に囲まれ、大きな湖が広がっていた。人気はなく、大きな湖を独り占めだ。
湖は綺麗なターコイズブルーで、底が見えるほど澄んでいる。
「気に入ってもらえただろうか」
「はい!」
笑顔で頷いてから、はたと気付く。
「もしかして、目的地はここですか?」
「ああ」
「湖のまわりに何か建物があったり、人がいたりしますか?」
「しない。この湖のことは他言無用だ」
「……その……今日はほかの騎士団の見学だと思っていまして……」
ロアさまが驚いている。わたしも驚いた。
「ロアさまが騎士団のキッチンや材料を使っていいとおっしゃいましたので、ほかの騎士団の皆様やキッチンメイドの方がカリーを食べたいのかと思い、昼食を小分けにし、たくさん作ってしまいました」
「量が多いのは構わない。……私も、きちんと説明すればよかった」
木陰に敷かれた分厚い敷物の上に、立派なテーブルとソファがのっている。ソファに座り、ロアさまはちらりと横を見た。
「ひとまず座らないか」
「……はい」
見事な彫刻が施されたテーブルにお弁当を置く。
このソファも、横の敷物にのっている大きなクッションも、ロアさまの家臣が用意したものってことだよね? とても高価そうだけど、今は考えないことにする。
差し出されたロアさまの手は今度こそエスコートの役割を果たし、わたしをソファへ座らせた。
「……私は息抜きが下手なようだ。このまま訓練を続けていたら強制的に休息させると言われた。その前に、自分で息抜きというものを模索しようと思ってな」
「息抜きを模索」
まさかロアさまが息抜きを知らないとは思わなかった。ロアさまは今までずっと努力をし続けてきて、休息も訓練の一環だったのかもしれない。
「その息抜きにどうしてわたしが? そんなにカリーが食べたかったんですか?」
「それもあるが……ひとりで過ごすと訓練を始めるから、誰かと一緒に休日を過ごすことを勧められたんだ」
「なるほど」
第四騎士団は、おそらく存在が秘匿されている。わたしがお出かけするとき、城門で出す身分証には、名前も働いている場所も記されていない。契約書には第四騎士団のことは他言無用と書いてあって、家族もサインさせられた。
だからロアさまは、騎士団以外の人は誘えなかったのかもしれない。
なんで相手がわたしかはわからないけど、ほかの人は用事があったとか……。ロアさま、いつもひとりだし……。
「騎士さま達はみんなお忙しそうですからね」
「そうではないが……ノルチェフ嬢が望むなら、その理由にしておこう」
「はぁ」
いざとなれば権力で黙らせることが出来る相手だからとか?
「ち、違う! なにを考えているか知らないが、そんな目で見ないでほしい。私がノルチェフ嬢を誘ったのは、単純に、休日を一緒に過ごしてみたかったからだ」
「わかりました」
理由を聞いても、よくわからなかったけども。
「本日はゆっくり体と心を休める日、ということでいいですか?」
「そうだ」
ロアさまがほっと息を吐いたので、これ以上追及するのはやめておく。ロアさまにその気がなくても、ロアさまの家臣たちに消されるかもしれないし。
「ではロアさま、今から全力でくつろぐ姿をお見せしますね」
「……ああ。ぜひ手本を見せてもらいたい」
「わたしはクッションのほうが落ち着きそうなので、一度そちらへ移動します」
横の敷物に置かれたクッションは、わたしが3人は座れそうなほど大きい。座ってみるとまっふりと包まれ、とても気持ちいい。
ビーズクッションのような綿のような、不思議な感触だ。そのまま寝転がると、実家のベッドより寝心地がよかった。
「ロアさまはソファにいてもいいし、クッションに寝転ばなくてもいいし、なんなら立ってもいいです。自分が一番力を抜いてリラックスできるための姿勢や環境を整える、と考えるといいかと」
「……なるほど」
ロアさまは立ち上がり、クッションに体を沈めた。体が大きいからか、クッションが潰れている。
「……眠るとき以外に横になるのは慣れないが……意図して体の力を抜くと、確かに気持ちいいな」
「何かしていないと不安なら、しりとりでもしましょうか?」
しりとりは最終手段だが、男性とふたりきり、話題になるものもない状態で会話が弾むなんて無理だ。会話が途切れず、ふたりして寝転がっているだけで、私的に十分すぎる。
騎士団に来る前のわたしだったら、トールの友人が相手でも、絶対にこんなことは出来なかった。
「しりとり……とは何だ?」
「お互い単語を言い合う遊びです。単語の最後の言葉から始まる単語じゃないといけません。例えばわたしが「りんご」と言います。ロアさまは「ご」から始まる単語を言わなくちゃいけません。先に言えなくなったものが負けです」
「なるほど、面白そうだ」
「ではわたしから。雲」
「モングモッシュ」
「もんぐ……え? なに?」
「モングモッシュ。我が国の海沿いの小さな村の風習で、食事の前に鼻を3回、口を3回さわる行為のことだ。今日の食事を得られた感謝を示すそうだ」
「ロアさまは物知りですね!」
そんな風習、全然知らなかった。
なかなか癖になる単語、モングモッシュを口の中で繰り返していると、申し訳なさそうにロアさまが眉毛を下げた。
「……すまない。嘘だ。冗談のつもりだった」
「素直に感心しちゃったじゃないですか!」
「出来心で、つい」
ちょっと怒ったというか驚いたけど、あまりにシュンとロアさまが落ち込むので、つい優しく声をかけてしまった。
「驚いただけなので、いいですよ。ロアさまって案外お茶目ですね」
「今まで冗談は言ったことはなかったのだが、少し憧れていた。ノルチェフ嬢のおかげで冗談が言えた。礼を言う」
ロアさまはもしかしたら、ほんのちょっぴり変わり者なのかもしれない。