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青空を君へ

 ロアさまとのお出かけの当日の早朝、わたしは気合いを入れてお弁当を作った。前日からカレーを仕込み、ロアさまの許可をもらって、騎士団で使っているお皿を貸してもらう。

 保温保冷機能付きで毒も無効にするお皿であれば、みんな安心して食べられるだろう。

 蓋つきの小さいお皿にご飯とカレーを入れ、たっぷりチーズをのせて焼き上げる。あとは便利調理器でパン生地を作り、カレーを包む。

 今日は騎士団がお休みなのでいつものパン屋さんは来ないけど、便利調理器さえあればパンもできるのだ。これを知れば、ますます元の体に戻れなくなる。危ない魔道具だ。


 じゅわわわ、といい音でカレーパンが揚がっていく。きつね色になってから取り出し、次はトンカツを作る。

 トンカツもよく揚げたらバットに置いて、よく油を落とす。

 焼きカレーとは違う色の蓋つきのお皿に、ご飯とカレー、カツをのせる。騎士団ではパンが人気だけど、カツカレーにはご飯、私的にこれは譲れない。

 カレーパンがひとつ破裂してしまったので食べてみたが、おいしかった。これなら大丈夫だろう。たぶん。

 残ってしまったら持って帰って、エドガルドにもらった時間停止のマジックバッグに入れておけばいい。ティータイムの時に、しれっと出して、みんなで食べよう。


 全部バスケットにつめて、少し考えて紅茶とコーヒーの瓶も持っていくことにした。注ぐだけで完成するやつ。

 コップやお手拭きなどを入れると、もう待ち合わせの時間になりそうだった。慌てて飛び出し、できるだけ優雅に見えるギリギリの速度で待ち合わせ場所へ向かう。

 騎士団の裏口から少し離れた場所では、すでにロアさまが待っていた。長い脚を持て余しながら、所在なげに立っている。


「遅れて申し訳ありません!」


 ロアさまの目がほんの少し大きくなったけど、すぐに柔らかに細められる。


「いや、いい。私のために昼食を作っていてくれたのだろう? いいにおいがする。今から楽しみだ」

「カレー尽くしになってしまいましたけど、喜んでもらえたら嬉しいです」

「目的地までは少し歩く。ゆっくり行こうか」

「はい」


 この第四騎士団は奥まったところにあるので、どこへ行くにもかなり距離がある。

 ロアさまの少し後ろを歩いていると、ロアさまが困ったように振り返った。


「できれば横を歩いてくれないか」

「かしこまりました」


 ロアさまの左に並び、ちょっとした森の中の小道を歩いていく。きちんと管理されている木々は適度に間伐されていて、小道の横には花が咲いている。風が気持ちいい。


「ノルチェフ嬢、荷物を持とう。レディには重いだろう」

「ありがとうございます。お気持ちだけいただきます」


 高位貴族に荷物持ちなんかさせられないよ! こんなところを誰かに見られたら父さまがクビになる!

 ……比喩じゃなく、物理的に。


「持たせてくれ。今日は休日で訓練はしないようにと言われたのだが、どうにも落ち着かない」

「でしたら、なおのこと持たせられません」

「だが……」

「ロアさま、ご覧ください。綺麗な花ですね」


 無理やり話題を変え、小道に咲く花に視線を向ける。


「こんなところに咲く花も青色です。なんて綺麗なんでしょう」


 青は王家の色だから、王城以外では見られない。

 小さな蓮のような花だが、色は淡いスカイブルーだ。瑞々しい緑とのコントラストが綺麗だ。


「では、ノルチェフ嬢にこれを」


 ロアさまは跪き、花を摘み取った。

 茎の汚れを優しく手で払い、花をそっとわたしの髪に挿す。大きな手の向こうで、ロアさまがはにかんだ。

 耳の少し上で、綺麗な空の色が揺れている。


「私からのプレゼントだ」

「ふっ……」


 不敬……!!

 王家以外が直接触れることを許されていない青の花を触った! だけでなく千切った!!

 そして、わたしは巻き込まれた! こっ、怖いよぉ、視界の端で揺れてる花が怖いよぉ……!


「わ、わたし何も見ていません。見ていないので早く証拠隠滅してください!」

「え?」

「早く! 花を捨て……ても、埋めても痕跡が残る! くっ、どうすれば……! ロアさま、先ほど千切った花の根元を掘り返してください。すべて焼きましょう」

「な、なぜ」

「王家に見つかったら、ロアさまが殺されてしまうかもしれません!」


 ロアさまはぽかんとしていたが、やがてゆるやかに首を振った。


「今日行く場所は王家の許可がなければ行けない。今日私がすることを王はすべて許してくださるよ」

「……本当ですか?」

「ああ。ノルチェフ嬢にもノルチェフ家にも、いっさい罰は与えられない」

「……罰がご褒美とか、そういう解釈の不一致みたいなのは?」

「私の名にかけてない」


 名にかけてって、ロアさま、偽名じゃん……。


 思わず胡散臭いものを見る目でロアさまを見上げてしまった。

 ロアさまは自分が偽名なことを忘れているのか、驚いた顔をしていたが、やがて肩を震わせて笑い出した。


「ふっ、ふふっ……あははは! 燃やして証拠隠滅って、ははは! ノルチェフ嬢はずいぶんと大胆なことを考えるな!」

「いきなり花を引きちぎるロアさまに言われたくありません!」

「さっきも、ふはっ、花を千切ったと言ってたな」

「千切ってたじゃないですか。ぶちっと」

「普通の令嬢は、花を摘むとか、そういうふうに……駄目だ、我慢できない」


 ロアさまはお腹を抱えて本格的に笑いだしてしまい、ぶすっとしたわたしが残される。

 ロアさまは笑い上戸か? 昨日からわたしが普通のご令嬢ではないところにツボって笑い転げてるけど、わたしにも羞恥心があるのでやめてほしい。

 ひとしきり笑ったロアさまは、わたしの手からバスケットを取った。


「お詫びにバスケットを持つ。機嫌をなおしてくれ」


 ロアさまが歩き出し、しぶしぶ脚を動かした。ロアさまがかなりゆっくり歩いているのを見て、ふっと気付く。

 ……わたしに合わせて歩いてくれているんだ。ロアさまの立場ならわたしを走らせたっていいはずなのに、文句も言わず、恩着せがましく言うでもなく、合わせてくれている。


 視界の端で空色が揺れ、証拠隠滅しそこねた花を思い出した。

 見つかったら不敬だから燃やさなくちゃいけないけど、今はもう少しだけつけていたい。さすがにロアさまの目の前で燃やせないもんね。



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