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ずれた仮面

 本日の試作は、分厚く切った豚バラ肉と新鮮な野菜をこんがりと焼き、軽く塩コショウを振ったものだ。ソースを何種類か作ったので、好きなものをかけて楽しんでもらう。

 さっぱりネギ塩レモンソースやピリ辛焼き肉タレなど、王道のものを数種類用意してある。一押しは手作りマヨネーズだ。

 新鮮でおいしい高級卵を惜しげもなく使い、もったりさっぱりコクのあるマヨネーズが作れた。マヨネーズの半分を使い、タルタルソースも作ってある。みんな辛いのが好きなので、七味なども用意した。


「ロアさま、今日もお願いします。夜ご飯のあとに申し訳ないですけど」

「気にしなくていい」


 ロアさまは言葉少なに、でも優しく言ってくれた。

 椅子を引いてくれたロアさまの隣に座り、わたしも一緒に夜食を食べることにした。今日は騎士さまたちの夕食より先に、味見を兼ねてご飯を食べたので、小腹が空いている。


 じゅわじゅわカリッとよく焼かれた豚バラは大き目サイズだ。ナイフとフォークを使って切り分け、まずは焼き肉タレで味わうことにする。

 騎士さまたちが好きな、にんにくが多く少し甘めの味は、ガツンとくるおいしさだ。


「この焼き肉のタレというのはおいしいな。万人受けする味だ」

「ロアさまはお好きだと思いました」

「そうだな」


 ロアさまは、ふっと優しく微笑み、ネギ塩ソースを口にした。わたしも続くと、途端にレモンとネギの風味がぶわっと口に広がる。ネギのシャキシャキとした食感がおいしい。


「一押しはマヨネーズとタルタルソースなんです。まずはマヨネーズから食べてみてください」

「……これはおいしいな」

「でしょう!? 自信作なんです」


 タルタルソースにはピクルスを入れているので、味が変わってこれまたおいしい。

 ロルフのアドバイスを参考に、自分だけのソースを考え中なのだけど、思っていたより反応がいい。

 ロアさまがおいしいと言ってくれたことが嬉しくて、にこにこしながら豚バラにタルタルソースをたっぷりつける。太るとかは知らぬ。


「……次の休日、なんだが。予定はあるだろうか」

「特にありません」


 今度のお休みは食べ歩きではなく、買った料理本を読みつつ料理するつもりだ。

 いつもの3人はたぶん来るだろうけど、たまに来ないときもあるし、わたしの家は予約不要の公民館のような扱いだ。

 まあ、来てもそれぞれ好きに過ごすだろう。わたしがいなくてもテーブルなどは好きに使っていいと伝えてある。テーブルと椅子だけ出しておけばいいのだ。


「ノルチェフ嬢さえよければ、出かけないか?」

「お出かけですか? わかりました。なにかご用意するものはありますか?」

「……よければ、昼食にカリーを用意してほしい」

「かしこまりました。カリー味のものを数種類ご用意しますね。ロアさまの好みに合わせていいですか?」

「ああ。頼む」


 ロアさまがほっとしたように微笑む。いつの間にかお皿は空になっていた。


「当日の朝、ノルチェフ嬢の家へ迎えに行く」

「そこまでしていただくわけには……。騎士団まで来ますので」

「だが、レディにそれは」

「レディ」


 思わず繰り返してしまった。

 エドガルドといいロアさまといい、性別が女だったらレディとして扱わなきゃいけない規則でもあるのだろうか。


「……ノルチェフ嬢は立派なレディだ」

「そう……でしょうか」


 嫁ぎたくない時点で立派なレディではない気がするけど、ロアさまに言うことではない。


「では、ノルチェフ嬢の希望通り、騎士団で待ち合わせしよう。帰りはそれほど遅くならない時間にする」

「かしこまりました」

「では、次の休日を楽しみにしている」


 さっと立ち上がったロアさまに手を差し出され、椅子から立って手を握る。

 なんの握手かわからないままロアさまを見上げると、珍しくきょとんとした顔のロアさまがいた。


「ノルチェフ嬢……これは?」

「ロアさまが手を伸ばしてきたので握ったのですけど……。次の休日を成功させるための握手ではないようですね」

「握手……」


 ロアさまは目を丸くしたまま、繋がった手を見る。それから勢いよく吹き出した。

 くしゃっとさせた顔と覗く白い歯は、貴族らしい笑顔とは違う、素のロアさまを感じさせる。


「ふ、ふふっ、ノルチェフ嬢、これはエスコートだ」

「エスコート……あっ、エスコート!」


 知ってる! 父さまとトールにしてもらったことがある!


「異性と接する機会が少なかったので、すぐにエスコートだと気付きませんでした。お恥ずかしい限りです」

「いや、いい。今までエスコートしていなかったのに、いきなり手を出されても、わからないものだからな」


 そう思うなら、笑うのをとめてほしい。

 ぶすっとした顔でロアさまを見るものの、笑い声はくすくすと続いて消える気配がない。


「実を言うと、次の休日、少し緊張していたんだ。ノルチェフ嬢となら、有意義な一日になりそうだ」

「恐れ入ります」

「今度こそ完璧なエスコートが出来るよう、予習しておくよ」

「ロアさま!」


 からかう口調に怒ったふりをすると、ロアさまはお腹を抱えて笑った。

 ロアさまを見ていると、体のどこかにあった余分な力が抜けていくのがわかった。ロアさまが、貴族として作るべき表情ではない素顔を垣間見せてくれたからかもしれない。


「……あ」


 それに、手を差し出されて、自分から触れることが出来た。嫌悪感もなく、自然と。

 それはきっと、ロアさまがわたしを尊重しながら歩み寄ってくれたからだ。

 まだ繋がったままの手を、きゅっと掴む。素肌同士が触れ合っているのに、特になにも感じない。固く、少しかさついて、大きくて、剣ダコが出来ている。

 ロアさまがこの拳をわたしに向けることはないのだ。

 立ち上がってロアさまと向き合う。


「次の休日、楽しみにしてますね」

「ああ。こちらこそ」


 ぎゅぎゅっと握手をしてから、部屋を出ていくロアさまを見送った。


 すごい! わたし、男性に触れても大丈夫だった!

 仲良くしている騎士さまに限るんだろうけど、すごい前進だ!

 今度、トールの友達が家に来たときに、握手してほしいと頼んでみよう。このまま徐々に慣れていけば、男性を接客しても大丈夫かも!


 学校に行っているトールへ送る手紙の最後に、握手の件を書いたら、翌日速達で返事が来た。駄目だった。



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