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「え?」

「あ」

「うそ」


「来るの早くない?」


 ケーキを食べているエドガルドと一人ジェンガをしているロルフと、手土産を持ってきてくれたらしいレネがうっかり鉢合わせ。

 固まっている3人に、どう声をかければいいか悩む。レネが来るかもしれないとは伝えていたのだけど、まさか次の休日にさっそく来るとは思っていなかった。


「……バルカ様、ここまで来たら、言ってもいいですか?」

「…………はい」


 死にそうな顔でエドガルドがフォークを置く。


「レネ様、お座りください」

「あっ……うん」


 エドガルドを見ないようにしながら、テーブルの端っこにレネが座る。この間の毒舌が嘘のようにおとなしい。

 ロルフが、一人ジェンガをやめてキリっとした顔をした。


「この状況で下手に隠すのはよくない。一番事情を把握しているノルチェフ嬢に任せる」

「わかりました。不都合があれば大声でわたしの言葉を遮ってください」


 落ち着くために静かに深呼吸する。レネが小さく「大声って、それが貴族令嬢の提案なの?」と言ってるけど無視だ。


「レネ様、ここでは普段被っている仮面を脱ぎ、本来の自分を隠すことなく休日を過ごす場です。まず、バルカ様。甘党です」


 エドガルドがびくりと体を揺らすが、大声を出していないので続ける。


「次に、オルドラ様。バルカ様が大好きです」

「間違っちゃあいないが……」

「ククラ様は裏表があります。ちょっぴり毒舌です」

「ボクまで言うの!?」

「すみません、ここに来た者は己の秘密を暴露しなきゃいけないので……」

「初耳だけど!?」


 レネはもう開き直ったようだ。いつもの作ったようなちょっと高い声が、怒りを孕んだ低いものになっている。


「ええとそれで、わたしですが」


 ここまできて、自分だけ暴露しないわけにはいかない。


「実は」


 どう言えば角が立たないだろう。

 さすがに生前の記憶を持っているとは言えない。それ以外に秘密にしているのは男が苦手なことだ。

 ここにいる3人はもう苦手じゃないんだけど、言い方を間違えれば気を遣わせてしまいそうだ。


 いつの間にか握りしめていた手に、そっと温かい手が重なる。


「無理に言わなくてもいいんじゃない? アリスの秘密はボクが知ってるし、隠そうとしたんじゃないってわかってるから」

「レネ様……」


 天使のような顔を見上げると、レネの手が大きな手に掴まれ、離れていった。手首がぎりぎりと締め付けられたレネが、痛みに顔をしかめる。


「オルドラ様!? どうしたんですか!?」

「え? あ、いや……」


 ロルフがハッと手を離し、不思議そうにわたしを見た。


「……自分でも、よくわからない。……まさか……いや」


 ロルフはゆるく頭を振り、レネに頭を下げた。


「悪い、あとで医務室に行こう。エドガルドも悪いな。ここはエドガルドが出る場面だったのに」

「気にするな。僕は動けなかった。ありがとうロルフ」

「ボクのことは気にしないでください。手首は大したことないですから」

「すまないな、ククラ。ノルチェフ嬢、少しいいでしょうか」


 蚊帳の外なわたしを気遣ってか、エドガルドが話しかけてくれた。


「ノルチェフ嬢とレネ・ククラはいつからそんなに仲が良くなったのですか?」

「このあいだの、バルカ様とオルドラ様が来られなかった休日です」

「たった1日でこんなに仲良くなったんですか!?」

「ええと、はい」


 エドガルドが何やら落ち込んでいるが、わたしからすれば、たった1日ではない。

 この騎士団で働き始めて、もう数か月。そのあいだにロアさまをはじめ、たくさんの騎士さまが気遣ってくれた。必要以上に踏み込まれず、下ネタを言われることもなく、人間として尊重してくれた。

 イケメンでも必要以上に警戒する必要はない。それを教えてくれたのは、エドガルドとロルフだ。


「バルカ様とオルドラ様のおかげです。わたし……男性が苦手だったんです。でもバルカ様は、わたしのそんな考えを、時間をかけて変えてくれました。世の中の男がクズばっかりじゃないって。だから、レネ様と仲が良いと見えるなら、バルカ様とオルドラ様のおかげです。ありがとうございます」


 こんなふうに真面目にお礼を言うことって、あんまりない。照れつつ笑うと、なぜかレネが口を開いた。


「こりゃ大変ですねー」


 大変にしている本人が言わないでほしい。


「ノルチェフ嬢……お礼を言うのはこちらです。本当に……ありがとうございます。その、よければ僕のことも家名ではなく名前でお呼びください。そして、アリス嬢と呼ばせてほしい」

「俺もそうしたい。せっかく仲良くなれたんだ、もうちょっと距離を縮めようぜ」

「え」


 わたしは自分の名前があまり好きではない。両親が明るい未来があるようにと名付けてくれた大切なものだけど、この名前は可愛すぎるのだ。

 「アリス」と聞いてまず思い浮かぶのは、不思議の国に迷い込んだ少女の名だ。青いエプロンドレスに、揺れる金髪。

 あの可愛らしい少女の名が自分には合っていない気がして、呼ばれるとむず痒い気持ちになる。

 もちろん家族に名前を呼ばれるのは嬉しいし、友人たちも名で呼ぶ。でも、トールの友人たちは、何度も家に来て打ち解けてきても家名で呼んだ。

 わたしの名を呼ぶのは少人数で、そのうち異性は父さまとトールだけ。

 それなのに、いきなりふたりに名前で呼ばれるのはハードルが高すぎる。レネはお互い口が悪いとわかって親近感がわいたから、名前で呼ばれてもあまり抵抗はなかったけど、ふたりは違う。なんか恥ずかしい。


 赤くなった顔を手で隠し、消え入るような声で懇願した。


「ふたりに名前を呼ばれるのは恥ずかしいので……やめてください」

「アリス」


 低い声で呼ばれ、顔を隠していた手を掴まれた。真剣な顔をしたロルフが、まっすぐわたしを見つめている。

 

「アリス、それは悪手だ」

「ロ、ロルフ、ノルチェフ嬢が嫌がっている」

「エドガルドもアリスも覚えておけ。こんなふうに顔を赤らめて上目遣いでの拒否は、承諾と同義だ」

「そうなのか!?」

「そうなんですか!?」


 知らなかった。貴族の遠まわしな言葉って、未だによくわからん。

 わいわい騒がしいなか、ひとり静かなレネは、頬杖をついてどこか遠い目をしていた。


「わあ、本当に大変だぁ」



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