紳士と淑女
「何このお茶! 薄っ!」
「渋いのもありますが、どっちがいいですか?」
「これでいいよ」
いつもエドガルドとロルフとティータイムをしている場所にレネがいるのは、見慣れなくて新鮮だ。
脚を組んでカップを置いたレネは、大きな瞳を猫のように細めて頬杖をついた。
「で、どうするつもり?」
「クッキーかケーキをお出ししようかと」
「は? ……そうじゃなくて」
「お腹が空いてるなら、試作の料理もありますよ」
「そうじゃなくて、ボクをどうするつもりかって聞いてるの! 脅したり弱みを握ったり、いろいろあるでしょ!」
「はあ」
気の抜けた返事に、なぜかレネのほうが怒る。
「ボクが実は性格悪いとか、裏で悪口言ってたとか、言いふらされたらボクの立場が悪くなるんだよ! 歴代最年少で騎士団に入ったボクが子爵だから、妬みや嫉妬が酷いの! わかる!?」
「いえ、知りませんでした。ククラ様はすごい騎士さまだったんですね」
「あーもう! 調子狂う!」
レネは薄いお茶を一気に飲み干し、じろりと睨みつけてきた。天使の面影はどこにもない。
「そんなことを言われても、誰しも猫を数匹被っているのが普通では? そんなことでどう脅せっていうんですか」
「……あんたも猫被ってるの?」
疑わしそうな視線のなかに、ちょっぴり期待が混じっている。こほんこほんと咳ばらいをして口を開いた。
「男ばっかの、しかもイケメンしかいない職場とかマジ無理。エグイ。鳥肌がヤバい。金があったら絶対こんなとこで働かなかった。やはり世の中大事なのは金」
ぽかんとしているレネに、にっこりと淑女の笑みを向ける。
「ククラ様ほどではありませんが、それなりに大きな猫を飼っておりますよ」
「……貴族の令嬢がそんな言葉遣いしてるの、初めて聞いた」
「そうでしょうねえ」
ご令嬢はこんな言葉、聞いたことも使ったこともないだろうし。前世のわたしが、もっと言ってやれ! と心の奥で騒いでいるのを抑え込む。
「念のため言っておきますが、ノルチェフ家は関係ありませんよ。誰もわたしがこんな話し方が出来ると知りません。どこで学んだかというと……」
ううん、と悩んで、とりあえず質問を受け付けないと笑顔で伝える。
「淑女の秘密です」
「……どこが淑女だよ……」
レネは脱力し、へにゃりと机に突っ伏した。
「お互い様ってことで、今日のことはふたりの秘密にしませんか?」
「……あんたがいいなら、いいけど」
「どす黒い感情を発散したくなったら、またここに来てください」
レネはわずかに顔を俯かせ、小さく頷いた。
「……うん」
「もし来たら、料理の味見をお願いしますね。庶民向けの味を研究してるんです。あ、クッキーを出しましょうか?」
「……料理の試作がいい。お腹減った」
「もうお昼ですもんね。今から作るので、ちょっと待っててください」
本性を見せ合ったからか、レネの前では自然と口調が崩れる。騎士さまの中で一番長く時間を過ごしたエドガルドが相手でも、わずかに残る緊張感が消えるにはそれなりの時間がかかったのに。
「あ、料理は激辛にしてくれる?」
「ククラ様は中辛が好みでは?」
「あんなのボクのイメージを保つために決まってるじゃん。髪がピンクなだけで、どうしてか甘党と思われるんだよね。たまには思いきり辛い物が食べたい」
「カリーにしましょうか」
「やった! あれ、なんとなく癖になるんだよね。定期的に食べたくなる」
「カリーですから」
「やっぱりカリーってすごいや」
あ、家に帰ったのにカリーのこと父さまに聞くの忘れた。
カレー粉を使ってドライカレーを作って出すと、別添えで出されたとろとろのポーチドエッグに、レネがちょっと怯んだ。
この世界では生卵を食べるのは一般的ではないけど、生でも食べられる食材だ。レネが食べないなら自分で食べようと思ったけど、レネは勇ましかった。
「男は度胸!」
卵とカレーとご飯を一緒に頬張り、レネは目を丸くした。
「おいしい……!」
「それはよかったです」
「カリーの店でも出したら? カリーって幻だし、貴族でも食いつくよ」
えっ、そんなものを騎士団の夕食に出してたの?