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100匹の猫

 この頃、日差しがすこし強くなってきた。本格的な夏を迎える前のさわやかな緑の香りを吸い込みながら、るんるんと歩く。

 休日の食べ歩きや料理の練習が日常になって、エドガルドとロルフとは、最初からは考えられないほど気安い関係になった。休日になるたびわたしの寮に来ていたのだけど、本日はなにやら用事があって来ないらしい。

 それならわたしも午前中は休憩しようと、エドガルドにもらったハンモックを使ってみることにした。


 月に1度、ケーキを大量に買ってくるわたしに悪いと思ったのか、このあいだエドガルドにほしいものはないかと尋ねられた。

 料理の練習に付き合ってくれているし食べ歩きは楽しい。ほしいものはないと答えたらエドガルドの気が済まなかったらしく、なんとか絞り出したのがハンモックだった。持ち運びできて可愛いやつ。

 エドガルドはしばらく固まってからロルフとこしょこしょと話し、許可を得てくると言って足早に去ってしまった。


「一応ここは王族の土地だからな。先に許可を取っておかないと、後から面倒なことになる時もあるんだ」

「ハンモックで!? バルカ様を止めてきます!」

「ああ、いいっていいって。エドガルドも、ようやく何か出来るのが嬉しいんだろうよ」

「え……何かしたいって、バルカ様は毎日あんまり動いてない……?」

「おおっと、そうくるか」

「もしやサボって……でも、バルカ様はそんなことしそうにないのに」

「エドガルドは毎日真面目に仕事してるぞ。おい聞いてくれ。こんな誤解させたら延々と訓練に付き合わされる」


 ロルフがわたしの誤解をといているあいだに、エドガルドが帰ってきた。顔が輝いていてOKが出たと一目でわかったけれど、エドガルドが言いたそうだったので、いちおう聞いてみた。


「おかえりなさい。どうでしたか?」

「許可が出ました! 非常に嬉しいですが……ノルチェフ嬢は、様々な方と交友を深めているのですね」

「そうなんですか?」


 わたしが関わっているのは、結婚ラッシュで人妻となった友人達と、この騎士団の騎士さま達くらいだ。

 結婚した友人たちとは、昔とは違って会えないけれど文通を続けている。わたしは仕事で、あちらは結婚、それぞれ新しい環境に慣れるのに忙しい。

 格上の家と結婚した友人の夫が、王族の誰かと面識があったのかもしれない。こんなにも早くそれがわかるなんて、わたし、めちゃくちゃ調べられてるな。


 ちょっぴり複雑な思いでハンモックを受け取ったが、ハンモックに罪はない。寮からちょっと離れた、木洩れ日の気持ちいい場所でハンモックを組み立てる。

 淡いグリーンが目に優しい。わたしも同じ色味のオパールグリーンの制服を着ているので、木々に溶け込んでいる。

 なんで休日まで制服かというと、服がないからだ。制服があるしいらないだろうと、デイドレスはあんまり持ってきていない。料理の練習に向かない格好だし、汚れたら着るものがなくなってしまう。

 制服は汚れても構わないと言われているので、思いきり使い倒してやろうという魂胆だ。


 靴を脱いで、組み立てたハンモックに寝転がる。


「おお……初めての感覚」


 揺りかごで眠る赤ん坊は、こんな気持ちなのかもしれない。

 料理本を読みながら、わたしはいつの間にか眠りに落ちていた。



・・・



「ふざっけんな! ボクがどれだけ努力したと思ってんだ!? お前が女のケツ追っかけてる時によお!!」


 ゴンゴンッと鈍い音がする。


「こちとら朝から晩まで寝る時間を惜しんで剣振ってんだよ!! アァン!? 女に後ろから刺されて死ね!!」


 う、うるさい……。

 昼寝独特の気だるさが全身を支配している。うっすらと目を開いて横を向くと、柔らかなピンク色がヘドバンのように揺れていた。


「いつか大勢の前でボッコボコにしてプライドをへし折ってやんよぉ!!」


 レネ・ククラがいた。

 天使のような顔で、いつも率先してご飯を食べて、おいしいと言ってくれる騎士さま。それが今は、鬼の形相で、木刀でカカシらしきものをボコボコにしている。


「ひぇっ……」


 思わず息を吞んだ途端、ぴたりと音が止んだ。

 どこか人形を思わせるカクカクとした動きで、レネの燃える双眸がわたしを捉える。

 顔こわっ!! 真顔のまま口角を上げたレネの目は笑っていない。


「わぁ……ノルチェフ嬢だあ」


 こんな状況でも猫を被っているレネの根性に、怯えつつ感心する。


「ちょうどよかったぁ。一緒にお話ししよ?」

「そ、そうですね。よければ、わたくしが住んでいる寮へいらっしゃいませんか?」

「は? 危機感ないの?」


 いきなり被っていた猫を放り投げるの、やめてほしい。


「あ、ありますけど……」


 寮には防犯の魔法道具がある。いざとなれば、鍋を頭にかぶって応戦するつもりだ。


「はぁ……。まあいいや。喉が渇いたからお茶がほしいな」

「水でいいですか?」

「いい根性してるね」


 いまだにお茶をうまく淹れられる自信がないだけなんだけど。渋いお茶が出来ても我慢してもらおう。



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