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分厚くてすこし脆い

 肉が焼けるいいにおいと、カレー粉のスパイスのにおいが立ち上る。こんがりと焼けたお肉をお皿にうつした。


「ああ、いいにおいだ」


 ロアさまがにっこり微笑む。

 毎晩の雑談で、うっかりロアさまに「カレー味の何かを作ってみようと思っている」と言ったら、予想外に食いつかれたのだ。

 ロアさまは初めてカレーを出した日も、躊躇せず食べていた。アーサーのように戸惑うこともなく、レネのように決死の覚悟で毒見役を申し出ることもなく、嬉しそうに頬張った。

 いつものように、何かしらの方法で、離れた場で起こったことを知っていたのだと思う。それでカレーがおいしいと聞いていたんだろうけど、見た目が非常によろしくない物体を嬉々として口に運ぶのは、いっそ器の大きさを感じさせた。


 ロアさまの前にお皿を置き、隣の椅子に座る。ロアさまは優雅にナイフとフォークを操って、やわらかいラム肉を、薄くて形のいい口に入れた。

 何度か咀嚼し、ロアさまは満足そうに微笑む。


「おいしい。ノルチェフ嬢は料理が上手だ」

「ありがとうございます」


 カレー粉が作れたのはトールのおかげだ。

 わたしはカレーを作るとき、いつもヨーグルトとトマトを使う。だが、今回はカレー粉を使いたかった。カレー粉さえ作れれば、なんにでもまぶせる。だけど、スパイスのみでカレーを作ったことがなかった。

 試行錯誤するものの、スパイスが奥深すぎて、頭がパンクしそうだった。そんななか、トールが入学してから初めて家に帰ると聞き、休みの日に久しぶりに家へ帰った。

 お互い新生活のことを語って楽しい時間をすごしている最中、トールにカレー粉のことを話したのだ。そうするとトールが、


「……僕、そのカレー粉っていうのを、たぶん作れるよ」


 と言ってくれたのだ。


「そうなの!? トール、カレー好きだったもんね。わたしのカレーはたまに失敗するし、次からはトールの作ってくれたカレー粉を使おうかな」

「……だから、姉さまには秘密にしてたんだ。失敗してもいいから、姉さまの作ったカレーが食べたい」

「トール……!」


 なんて可愛い弟なんだ!

 ぎゅうっと抱きしめると、トールも抱きしめ返してくれた。ちょっぴり背が伸びて、筋肉がついたみたい。とっくにわたしを追い越している頭をなでて、その晩はトールにカレー粉のレシピを教わりながら、カレーを作った。



 そんな思い出のつまったカレー粉は、ロアさまにも好評だったようだ。すぐに食べ終えたお皿には何も残っていない。


「ノルチェフ嬢がここに来てくれてよかった。ここでは好きなものを食べられる」


 貴族は誰かに弱みを見せちゃいかんとか、そういうやつかな?


「要望をいただければ、ロアさまのお好きなものを作りますよ。ロアさまがお好きなのは、濃いめのやや甘口、にんにく多めですよね?」

「ああ。でも家だと、すこし薄い辛口が出てくるんだ」


 たぶん上級貴族なのに? 家族ひとりひとりの口に合わせて、違う味付けのものが出てきてもおかしくないのに。

 疑問が顔に出ていたのだろう、ロアさまはわずかに苦笑した。


「国王陛下がお好きな味だからな。好みすら合わせていないと、謀反だなんだと騒ぎ立てる連中がいるから」

「はあ……。そのうち、性別が違うから謀反だ! って言いそうですね」


 気の抜けた回答に、ロアさまは吹き出した。


「確かに言いかねない。刺繡のひとつにも目を光らせているんだ」

「全裸でいたら納得するんでしょうか」

「嬉々として私を攻撃してくるだろうな」

「大変ですねぇ」


 思わず、心から言ってしまった。ロアさまがどれだけ大変か、欠片も知らないのに。

 ロアさまは怒りもせず呆れもせず、微笑んでくれた。


「ノルチェフ嬢だけだよ、そう言ってくれるのは」


 そんなことはないと思うけど、貴族同士の繋がりだとか言葉の意味だとか、わたしがそういうことを考えないでいい相手なのは確かだ。


「恐れ入ります」

「そういうところだよ。ノルチェフ嬢は、変わったな。もちろんいい意味で」


 温かみのある茶色い目が細められ、形のいい口が弧を描く。首を傾げると、ふわふわの髪が一緒に揺れて、柔らかな空気を形作った。


「笑うようになったし、自然体になった。今のほうが、ずっといい。なにか心の変化があったのだろうか?」

「変化……ですか」


 問われて、自分のことを考える。

 一番の変化は、異性との接触に、以前ほど抵抗がなくなったことだろう。将来のことを考えると、いい傾向だ。騎士さま達がいい人ばかりなのが大きい。


 そして、これは変化を受け止められるように育ててくれた両親のおかげだ。

 初めてこの世界を意識をしたときは、それは混乱して泣き叫んだ。そしたら見知らぬ男が慌ててやってきて抱きかかえられたものだから、怖くて仕方がなかった。

 見知らぬ男は父さまで、頬にキスされそうになったときも全力で泣いて嫌がった。あのときの父さまは死にそうな顔をしていたので、今は悪いと思っている。

 そんなわたしを嫌わずに愛してくれた父さま。記憶があるせいで一般的な赤ちゃんとは違うだろうに、一番の宝物だと言ってくれた母さま。

 自分は愛されていると疑うことなく考えられるようになったのは、両親のおかげだ。


 そのころにトールが生まれた。弟だったから怯んだけど、トールはまっさらな赤ちゃんだった。性別なんて関係なく、一生懸命生きている小さな命。

 シスコンになることは予想外だったけれど、弟がいて毎日楽しかった。家族というものを実感できるなんて、思いもしなかった。


 答えを待ってくれているロアさまに、自然と微笑む。


「家族のおかげです。なにが起きてもわたしを愛してくれる、支えてくれる存在がいるからこそ、変化を恐れずにいられるのです。わたしがどんなに変わっても、わたしのことを愛してくれる人がいるのですから」

「……うん。そうだね。家族はいいものだ」

「はい」

「私にも兄上がいて、心配性なんだ。兄上はお忙しいのだから、私に構わずご自身を大切にしてほしいのだが」

「あら、それならまずロアさまが実践しなくては。兄君のことを放置して、ご自分を優先されてはいかがです?」


 くすくすと笑いつつ指摘すると、ロアさまは虚を突かれた顔をして、わずかに脱力した。


「これは一本取られた。これじゃ、この件で兄上に意見することが出来なくなってしまう」


 大げさに落ち込んでみせたのを見て、さらに笑う。ロアさまもつられたように笑って、部屋に明るい笑い声が満ちる。

 お互い少し壁が消えた、そんな夜だった。



章を作ってみました。なんか間違ってる!とかあったらごめんなさい。

いつもコメント嬉しく読んでいます。ありがとうございます!

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