ダル・マサンがころんだを楽しむ会
ウェブではなく書籍の設定となりますが、ネタバレなどはありません。
ウェブよりもラブラブな感じで終わった後のお話です。
王族専用の庭は広く、いつもきれいに整えられて季節の花々が咲き誇っている。その庭を歩いて楽しめるよう整備された小道で、なぜか私たちは立ったまま謎の遊びを眺めていた。
「ライナス、この国の平和はこうして保たれているのだ」
「そうですか……」
横にいる兄上が満足そうなので特に言うことはないが、この国の王なのだから、せめて椅子に座ってほしい。
「椅子に座れば、遠慮したパメラが遊びに誘ってくれないかもしれない! ライナスは座ってていいぞ!」
「私も立っていますよ」
兄上だけ立たせるわけにはいかずにそう答えると、兄上は頷いた。
「ともに平和を噛みしめよう」
兄上と私の後ろには、シーロが控えている。アーサー、エドガルド、ロルフ、レネも一緒だ。
みんな、アリスが言った「ダル・マサンがころんだを楽しむ会」が気になって仕方がなかったからだ。休日を合わせてまで行われたそれは、まずアリスと義姉上とエミーリアが見本を見せることになっていた。
エミーリアはダル・マサンを知らないが、簡単な遊戯なので一緒にしようとアリスが誘っていた。アリスいわく、ジョシカイはレディーが集まるもので、エミーリアをのけ者にしてはいけないんだそうだ。
アリスと義姉上がきゃっきゃっとはしゃぎながらエミーリアに遊戯の説明をして、義姉上が少し離れたところにあるバラの前で目を隠した。
「いくわよー! だーるーまーさんがー」
アリスがエミーリアの手を取って、そろそろと動き出す。緊張した面持ちのエミーリアが、気合いを入れながら一歩を踏み出すと同時に、義姉上がさっと振り返る。
「あっ、エミーリア、いま動いたわね!?」
「動いていませんよ! セーフ! セーフです!」
アリスがエミーリアを庇い、随分とくだけた口調で義姉上に話しかける。アリスがパメラ義姉上の宮殿にいる間、かなり仲良くなったようだ。
「エミーリア、その調子ですよ!」
「ありがとうアリス、頑張りますわ!」
「ほーっほっほっほ、次はそう簡単にはいかなくてよ! わたくしの振り向く速さに、恐れおののくがいいわ!」
「っく、悪役令嬢のようなセリフ……! パメラ様かっこいい……! 言ってみたい!」
「高笑いは一度すると癖になるわよ!」
「アリスは高笑いしながら料理を作るご令嬢になりたいのね……!」
「待ってエミーリア、それはちょっと違います!」
かみ合っているような、かみ合っていないような三人は、どこか楽しそうだ。
シーロがエミーリアの愛らしさを呟きながら涙を流している前で、兄上も満足そうに微笑んでいる。
アーサーはなぜか感心したように頷いていた。
「楽しそうですねえ。ダル・マサンが何かわかりませんが、メデューサに見立てたもののようですね。敵が後ろを向き油断している隙に仕留める……そういう遊びでしょう」
「なるほど……! これは騎士の訓練にもなりそうですね! さすがアリスです!」
エドガルドが興奮して目を輝かせ、ダル・マサンを覚えようと真剣になっている横で、ロルフがそれを止めようか悩んでいるのが見えた。
「うーん、ただの遊びのような気もするけど……」
「だよね。あれは全力で楽しんでるだけだよ」
「まあ、アリスがあれだけ楽しそうならそれでいいんじゃない?」
「ははっ、そうだな」
レネはロルフと同じ意見のようだ。話す二人の目は柔らかに細められていて、この時間を大切に思っていることが伝わってくる。
見守っているうちにアリスは義姉上の元へたどり着き、義姉上の肩をぽんっと叩いた。
「やったー! わたしの勝ちです!」
「さすがねアリス! 次は負けなくてよ!」
「あ、あの、次はわたくしがダル・マサンの役をしてみてもいいでしょうか……!」
「もちろんよエミーリア、一緒に楽しみましょう!」
「ありがとうございます、パメラ様!」
役を変えて戯れる三人を見ながら、思わず笑みがもれる。
綺麗な庭園に降り注ぐやわらかな日差しの下で、楽しそうに無邪気にはしゃぐレディー達。それは幸福の象徴で、誰にも汚されてはいけない尊いものに思えた。
誰もがそう思ったのか、全員で三人を見つめる静かで穏やかな時間が過ぎる。
……それにしても。
アリスの歩みが遅すぎないか……?
ダル・マサンが振り返った時に動いていなければいいだけで、音を立ててもいいはずだ。それなのにそろそろと動き、振り返った時に動きかける危なっかしい時も多々ある。
ダル・マサン役のエミーリアは振り向く時もゆっくりと優雅な動きをするので、その間に数歩は進めるはずだ。それなのに、アリスも義姉上も動かない。
「なぜだ……?」
三人の動きを見ながら考え、数分後には一つの仮定にたどり着いた。
まさか、レディーはあの速度でしか動けないのか……!?
そういえば、アリスは走るのが遅かったし、エミーリアにいたっては走れなかった。エミーリアが病弱で走り方を知らなかったせいかと思ったが、よくよく考えればレディーが走っているところを見たことがない。
あのアリスだって、第四騎士団が襲われた時と、貴族学校から出る時の二回しか走っていない。
「まさか……!」
真実があまりに衝撃的で、めまいがする。
兄上がいつも、レディーには優しくしないといけないと言っていた意味が、ようやくわかった。こんなにか弱いアリスが、ダイソンに狙われながらも無事に生き残ってくれたことに、今更だが心から安堵した。
笑うアリスを見ながら、ぐっと拳を握りしめる。
……これからはアリスが危険な目に遭わないように、ずっと笑っていられるように守りたい。
いつも陽射しが降り注ぐ明るい場所で生きてほしい。
ひっそりと決意した私がいつもと違うことに気付いたのか、アリスが手を振ってくれた。
それに照れて手を振り返しながら、兄上に話しかける。
「兄上、私たちもダル・マサンをしてみませんか?」
「いいな、そうしよう!」
……その後ダル・マサンに参加した私たちは圧勝し、騎士の動きについていけないアリスとパメラ義姉上に怒られて、レディーとのダル・マサン禁止令を出されてしまった。
・・・・・
ダル・マサンの後に行われたたこ焼きパーティーは大成功だった。なぜかたこ焼きの後にパーティーをつけなければいけないとアリスと義姉上が主張していたが、それも納得のおいしさだった。
久しぶりにアリスが料理を作ったこともあり、全員が初めて食べるたこ焼きの虜となった。その時は苦しくなるくらい食べたが、湯船につかってお腹が少し落ち着いた今、また食べたくなっている。
「ライナス、帰る時は気をつけるんだぞ! 帰りは送ってやれないからな!」
「兄上はどうぞゆっくり義姉上とお過ごしください」
「ライナスもな!」
兄上と共にパメラ義姉上の宮殿を訪ね、入り口で別れる。義姉上には顔を出すように言われたが、ここで邪魔をするほど野暮ではない。
……それに、早くアリスに会いたいしな。
侍女に案内されてアリスの部屋に着く。侍女がドアをノックしても、アリスの返事はなかった。疲れて寝ているのかもしれない。
帰ろうかと悩んでいると、侍女がドアを開け、お辞儀をして去っていった。
アリスの返事もなくドアを開けるなんて、侍女として有り得ない。一瞬だけ憤りを感じたが、それはすぐに消えていった。
「……アリス?」
部屋は明かりがなく、カーテンから漏れる月明りが青白く部屋を照らしていた。
アリスの姿はないが、部屋の中には確かにアリスの気配がある。あの侍女はアリスにドアを開けるように頼まれていたようだった。
「アリス……? 返事をしてくれ」
そっと部屋に足を踏み入れる。
夜の静けさを含んだ空気の中に、かすかにアリスが笑う気配が混じる。開いた窓からしっとりとした空気が流れ込んできて、頬を冷やした。
だんだんと気分が高揚していく。隠れているアリスを探しているだけなのに、妙に楽しい。
もしかして、昼にアリスが言っていたかくれんぼをしているつもりなのだろうか。
——こんなに、わかりやすいのに。
月明りで、カーテンの陰に隠れたシルエットが浮かび上がっている。
わざと気配を消して窓に近づくと、アリスがくすくすと笑う気配が鮮明になって、なんだかたまらなくなってカーテンごとアリスを抱きしめた。
「ロアさま!? どうしてこんなに早くわかったんですか!?」
「私がアリスを見つけられないわけがないだろう?」
「かくれんぼの嗜みとしてベッドの下を見ると思ったのに……!」
「かくれんぼに作法があったとは……。アリスの期待を裏切ってしまったのなら、すまない」
「いえ、そういうわけじゃないんです。ただ、一分で見つけられてしまったのが悔しくて……! 次はもっと真剣に隠れます!」
アリスが真剣に隠れようとすると、この国すら飛び出していきそうだ。
「……それは、嫌だな」
「え?」
「……そろそろ、顔を見せてくれないか?」
「は、はい。……ん? あれ?」
カーテンの中でもぞもぞと動いたアリスに、だんだんとカーテンが巻き付いていく。
「……ふっ、ははっ。動かないで、アリス」
巻き付いたカーテンをゆっくりとほどくと、白いレースのカーテンに包まれたアリスが月明りに照らされた。
こんな時、アリスを愛しいと思う。
カーテンに隠れたり、私がアリスを見つけられないと思って楽しそうに笑ったり。こんなふうに、まっすぐに純粋な好意を見せてくれることが、こんなにも愛しい。
ようやくカーテン越しではないアリスを抱きしめると、ふんわりとアリスの香りがした。
「キスをする許可をいただいても? マイレディー?」
恥ずかしがってどうすればいいか迷っているアリスを見つめる。頬が赤く熟れたように染まって、困ったように眉を下げていた。
「……そういうことは、聞かないでください……」
「だが、嫌かもしれないだろう?」
「い、嫌じゃないですから」
胸の奥から、恋しいだとか愛しいだとか、そういう感情を飲み込んだ衝動がぶわっと沸き上がる。
それを抑えようとして、抑えなくてもいいのだと思い出して、そっとアリスに顔を近づけていく。少しでも嫌な顔をしたり、拒否をされたらすぐに離れられるように。
――幸せはきっと、アリスの形をしている。
アリスに触れる許可を得た喜びをかみしめながら、そっと目を閉じた。