それぞれの気持ち
カーテン越しのシャンデリアに照らされたロイヤルブルーの礼服が、きらきらと光って綺麗だ。
ロイヤルブルーの他には、金色と、わたしたちの礼服と同じ空色が使われている。
たくさん刺繍がされ、飾りも豪華な礼服なのに、ロアさまは着られている感じがまったくなかった。むしろ着こなしている。
「今度は驚かないんだな」
「前は、驚くしかなかったと思います」
ちょっぴり拗ねたような声が出て、ロアさまは低く笑った。
「座ってくれ。疲れただろう? 少し休むといい」
「ロアさまはここにいていいんですか?」
「ああ。元々パーティーはずっと会場にいなければならないものではない。最後までいる者は、途中で抜けたり休んだりするものだ。今回は私が主役で、先に帰れないからな」
「そうだったんですか」
「このようなパーティーは長い。みな、途中で誰かと休憩している。そうやって知り合いを増やしたり、仲を深めたりするんだ」
ロアさまにエスコートされて椅子に座る。座った途端に脚がじんと痺れて、一気に疲れを自覚した。
まっふりしたクッションと背もたれが気持ちいい。
「ロアさまもお疲れでしょう? わたしはエミーリアが戦ってくれましたけど、ロアさまは先頭に立って戦わなきゃいけないですもんね」
「戦う、か……。確かにそうだな。形は違えど、これも一種の戦争だ」
薄く微笑むロアさまは疲れが見えるものの、体調が悪いわけではなさそうだった。
きちんと撫でつけられた髪が、カーテンの揺れに合わせてきらきらと光る。
「あまり食べていないアリスのために、クリスが軽食を用意してくれた。一緒に食べよう」
「はい! 実はお腹がぺこぺこで」
とはいえ、お腹はコルセットでぎゅうぎゅうに締め付けられているので、あまり食べられない。
ロアさまのすすめで、いろんな種類を少しずつ食べていく。
「デザートに苺があるんだ」
苺は、深い青色をしていた。
青い苺なんて食欲をなくすかと思いきや、あまりに綺麗で、そんな気持ちにはならなかった。
夜空のような苺の中には、星の形をした金色の模様がちりばめられていて、きらきらと輝いている。
「綺麗だろう? 星の形をしているものは、種なんだ」
「これが種なんですか!?」
「この苺は、一口で頬張るのが一番おいしいんだ」
へたが取ってある苺を、ロアさまが手でつまんで口に入れる。それにならって苺を食べた。
「んんっ……!」
噛んだ瞬間、果汁があふれ出てきた。
意外にも、最初に感じたのは強い酸味だった。そのあと爽やかな甘みが押し寄せてきて、最後にすうっと消えていく。
べたつく後味なんてない。ずっと、苺特有の甘酸っぱさがある。
何より、食感が面白かった。星形の種は、ぷちっとシャリっとしていて、初めての食感だ。
「おいしい……! おいしいです!」
「久々に食べたが、やはりおいしいな。たくさん用意してあるから、好きなだけ食べてくれ」
「ありがとうございます!」
「これは王族専用の苺なんだ。これを逃せばなかなか食べられない」
「むぐっ!?」
苺が喉につまりそうになって、慌てて飲み込む。
「た、食べちゃいました!」
「アリスならば構わない。兄上も義姉上も、アリスに食べてほしいと言っておられたよ」
「そ、そうなんですか……?」
陛下とパメラ様がいいとおっしゃっているのなら、いい……のかな……?
しばらく考えて、ほかならぬ王族が許可しているのだからいいだろう! と開き直った。
「本当においしいですね!」
たくさん食べたかったけれど、恐れ多いのとコルセットのせいで、あまり食べられない。
残念だ……本当に、心底残念だ。
名残惜しく苺を見ながら、少しだけお茶を口に含む。
ロアさまにじっと見られていることに気付き、カップを置いた。
「すみません、あまり食べられなくて……」
「構わない。食べるアリスが可愛いので見ていただけだ」
「かわっ!?」
「愛らしいとも思った」
「あい!?」
うろたえるわたしを見て、ロアさまがおかしそうに笑う。
「あっ、からかいましたね!」
「いや、本心だ」
怒っていたはずなのに、ロアさまの笑顔につられて、思わず笑い声がこぼれる。
ふたりでひとしきり笑ってから、ロアさまは口を開いた。
「アリスは自分の店を出す夢を追いかけるんだろう?」
「はい。場所や時期などは決まっていませんが、王都ではわたしの顔を知られてしまいましたから、別のところに出そうかと」
本当は、しかめ面をしたおじさんがやっているパイのお店の近くに出したいと思っていた。
でも、一番貴族がいる王都で、これだけ大々的に表彰されてしまった。いくら隠しても、すぐにわたしが店を出したことが広まるだろう。
好意的に受け入れてくれればいいが、おそらくそれは難しい。
「アリスがどこで店を出すか決めていないのなら、私の領地で出さないか?
私が公爵になって賜る土地では、あらゆることに挑戦しようと兄上と決めているんだ。政策のひとつが、女性をさまざまな職種で雇用し、男性も料理ができることだ」
突然の提案に戸惑う。
とても魅力的な提案だけど、これ以上家族と離れたくない。
「王都と私の領地は、魔道具で一時間ほどだ。毎日というわけにはいかないが、頻繁にご家族と会えると思う。もちろん無理強いはしない。ほかの土地に店を出すのもいいと思う」
ロアさまの領地ならば、貴族令嬢のわたしが店を出しても、政策の一種だとしてそこまで敵視されない可能性がある。
騒がれると家族に迷惑がかかるだろうし、嫌がらせをされたり、閉店に追い込まれてしまうことも考えられた。
だからこっそり店を出そうとしていたのに、今はそれが無理な状態だ。
つまり、渡りに船!
「前向きに考えさせてください。まだ店の規模やメニューも、詳しく考えていないんです」
下ごしらえくんと調理器くんをもらえることになったので、それに合わせて買うものを決める予定だ。
「それで構わない。強制ではないから、アリスの望むようにしてほしい」
ロアさまは頷き、気が抜けたように微笑んだ。
「王族から公爵になることを、兄上に認めていただいた。幸いにも兄上の子は二人とも健やかで、病気も滅多にしない。私が王族を抜けても支障はないだろう」
「……それが、ロアさまの望みですか?」
「ああ。兄上の地位を脅かす存在でなくなりたいと、ずっと願っていた。王家の土地をいただけるから、豊かで治安もいい。アリスのために、平民が通える土地を探しておこう」
「ありがとうございます」
いつも通りのロアさまを、ちらっと見る。
……やっぱり、ロアさまがわたしに特別な感情を持っているのは、勘違いだったかもしれない。
ロアさまとふたり、モーリスを捕まえる前に湖で手をつないだことを思い出す。
あの時ロアさまは、わたしの気持ちを教えてほしいと言っただけだった。
そういうことだ、という言葉と共に。
わたしもなんだか納得してしまって、そういうことですねと返事をしたけど、どういうことだったかと聞かれると未だに説明できない。
「アリス」
考え込んでしまっていたことに気付き、顔を上げる。
そこには、真剣な顔をしたロアさまが、まっすぐわたしを見つめていた。
「あの日約束した、アリスの偽りのない気持ちを教えてほしい」