二度目の逢瀬
パーティーでのエミーリアは、すごかった。
次々とやってくる貴族相手に一歩も引かずに渡りあい、わたしとマリナのぶんまで貴族の相手をしてくれた。
「バルカ領ではあまりお役に立てなかったですもの。今がわたくしの力を発揮する時ですわ! ぜひ頼ってくださいませ!」
と言ってくれたが、それに甘えて何もしないのはよろしくない。
会話が終わるたびに、今のはこういう意味だったと教えてもらいながら、クリスの特訓と組み合わせていく。
エミーリアが細かにアドバイスして会話を誘導してくれたおかげで、パーティーが始まってしばらく経つと、わたしだけでもそれなりに裏を読んだ会話ができるようになった。
途中でキャロラインと昔からの友人たちにも会えたし、苦手だったパーティーが少し楽しくなってきた。
「アリス、あなたは筋がいいわ。クリスの特訓を受け続けて、パーティーで誰かに付き添って教えてもらえば、一年もしないうちに社交界の華になりますわ」
「エミーリア様にそう言ってもらえると嬉しいですね」
「すみません……おら、役に立てなくて……」
しゅんと落ち込むマリナは、いつもの分厚い眼鏡をかけている。お化粧は控えめだが、そのぶんマリナのきれいな肌がよくわかった。
今日表彰された人はお揃いの空色の礼服を着ているので、マリナも話しかけられるけど、訛りがあるマリナはあまり口を開かない。
エミーリアが優しくマリナの肩を抱き寄せた。
「いいのよマリナ。人には得手不得手があるものよ。社交が特に苦手だからといって、無理に短所を消そうとしなくてもいいの。あなたは社交界よりも研究に向いているのだから、長所を伸ばしたほうがいいわ。もしパーティーに出なければならないことがあるのなら、わたくしが側にいるから」
「へえ……ありがとうごぜえます……」
まだ元気のないマリナの手を握る。
「そうよ、人は足りないところを補いあって生きているのよ。わたしとマリナはパーティーが苦手だけれど、エミーリア様が苦手なことでわたし達が得意なこともあるわ」
「そう……だすか?」
「もちろん! わたしはマリナのように毒の成分を調べるなんてできないし、そんなに可愛くて素直な性格にはなれないし、ひたむきな姿をとても尊敬しているもの!」
「わたくしもですわ! 病弱で迷惑ばかりかけるわたくしと違って、マリナはきちんと自分の成果で表彰されましたわ。実は、とても羨ましくて……」
こんな状況だけれど、三人でちょっとしんみりしてしまった。
……みんな、誰かを羨ましいと思っていて、憧れているのかもしれない。
顔を見合わせ、誰かが笑うと、柔らかな笑いが連鎖した。
三人の間に、今まではなかった一体感や、緊張がほどけた残滓が漂っている。
すっきりと肩の力が抜け、集中しつつもリラックスしているのを感じた。
少し休んだらもう一度動こうと話し合っていると、空色の礼服がやってきて、うやうやしく頭を下げた。
「失礼、この世で最も美しい我がレディーを迎えにまいりました」
「シーロ!」
エミーリアの頬がさっと色づき、恋に染まる。
「一通り挨拶は終わりましたし、これからは一緒にいますよ、エミーリア」
「まあ、悪い人」
くすくすと笑ったエミーリアは、シーロの腕に手をのせた。
「では、わたくしも共に挨拶をしにまいりましょう」
どうやらシーロは、挨拶がまだ終わっていないのにエミーリアの元へ来たらしい。
エミーリアがいないと心細いけれど、そんなことは言っていられない。マリナとふたりで顔を見合わせ、エミーリアを快く送り出そうと決める。
エミーリアはやわらかに微笑み、わたし達の後ろに視線を向けた。
「二人とも、そんなに不安そうな顔をなさらないで。わたくしがまた来るまでは、きちんとした騎士にお任せします」
エミーリアの視線の先には、トールとアーサーがいた。
「では、行ってきますわ。何かあれば駆けつけますから、迂闊な返答は避けてくださいね」
エミーリアとシーロを見送ると、トールが我慢できないというように話しかけてきた。上気した頬が小さい子供みたいで可愛い。
「姉さま! とっても綺麗です! おめでとうございます!」
「トールも表彰されていたわね。姉さまの自慢の弟よ! ねえトール、マリナもきちんと褒めたのよね?」
マリナはいつもの野暮ったい眼鏡をかけているが、ドレスも髪もきちんと整えられていて、よく似合っている。
「もちろんです! あの、姉さま。マリナの眼鏡は外さないでもらえますか? ぼ、僕と結婚するまで」
「まあ、トール!」
赤くなってもじもじするトールがとてつもなく可愛い!
もう見上げないといけないほど背が伸び、筋肉もついてきたけど、可愛いわたしの弟であることは一生変わらない。
「これからは姉さまではなくマリナを優先してあげてね! 絶対に!」
「でっでも、僕とマリナと姉さまで出かけようと思っていたのに!」
「えっ!? 駄目よトール、それは絶対にフラれる!」
「嫌だす、一緒に来てください!! おら、トールと二人きりだなんて心臓が破裂しますだ!」
「そうです姉さま! 二人ぶんの心臓を助けてください!!」
「ええー……」
トールとマリナに腕を一つずつ引っ張られるのを、アーサーが笑いながら助けてくれた。
「姉君を困らせるのはほどほどにしておきましょう」
「ありがとうございます、アーサー様。アーサー様がトールを助けてくれていたんですね」
「ええ。私がライナス殿下の側近ということは知れ渡っていますので、今回ライナス殿下のおそばにいるのは、ロルフ達に任せたんです。ここで顔と名を覚えさせないといけませんから」
エドガルド、ロルフ、レネがロアさまの側にいるらしい。
「とはいえパーティーもそろそろ中盤。休憩する人が増える頃ですし、私たちも休憩してきます」
「トールをよろしくお願いします」
「ええ。マリナ嬢も私にお任せを」
えっ、わたしは休憩しないほうがいいのか?
ついていってはいけない空気を感じ取ってうろたえるわたしに、アーサーが微笑みかける。周囲に見知った人しかいないからか、素の笑みだった。
「アリスはあちらへどうぞ」
アーサーの視線をたどると、近くにいたクリスが目に入った。男の姿をしたクリスは、眩しいほどに綺麗だ。
「アリス嬢、こちらへ。ご案内いたします」
どこへ、と尋ねる間もなくクリスが歩き出す。
廊下へ出て、角を曲がって部屋を通り抜けて……複雑な道はすぐに覚えられなくなってしまった。
クリスが周囲を警戒しながら着いた場所は、大きなバルコニーだった。
……ここは。この場所は。
クリスがすっと頭を下げ、バルコニーへ出るようにわたしを促す。
バルコニーへ出ると、両開きのガラスのドアが閉められた。光を散らしたような真っ白で薄いカーテンが、しゃらしゃらと流れ落ちる。
バルコニーだけを切り取ったような空間の中、思い描いた人物がそこにいた。
夜の闇の中で、光を浴びて立っている人。
「……ロアさま」