俺たちの戦いはこれからだ!
きらびやかで大きすぎる扉の前で、わたしの頭は真っ白になっていた。
横にいるエミーリアが話しかけてくれているけれど、あまり頭に入ってこない。
表彰式でシーロとの婚約を発表するエミーリアは、緊張よりも嬉しさが勝っているようで、かいがいしくわたしの世話を焼いてくれた。
この扉の向こうには、大勢の貴族がいる。
もう少ししたら陛下とパメラ様があらわれて、そのあとにわたし達がバーンと開いた扉から出ていくのだ。華々しい音楽とともに。
「アリス、大丈夫ですわ。わたくしたちは真ん中にいますし、先頭はライナス殿下ですから、みなそちらに目が行きますわ」
「ふぁい……」
表彰式では、たくさんの人が表彰される。その中には弟のトールと、シスコンのトールの恋人になってくれたマリナもいる。
表彰する人全員が扉から入ってくるのは時間がかかるし、一番の功績者であるロアさまが目立たない。
なので、ロアさまと行動を共にしていた人だけがレッドカーペットを歩き、陛下にかしずくのだそうだ。
……王城にいて功績をあげた人と、代わってあげたい。
「アリス、そう緊張しなくていい。何かあれば私たちは必ずフォローする」
ロアさまの言葉に、のろのろと顔を上げる。表情がこわばっているのが自分でもわかった。
「……はい。まわりにいるのはジャガイモだと考えればいいんですよね。もしくは……もしくは……」
「絶対に大丈夫だ」
ロイヤルブルーを身にまとったロアさまの銀色の髪の毛が、シャンデリアの光できらきらと光る。
「歩けないのならば抱えていこう」
ロアさまがいたずらっぽく言う。
今日は女性であるエミーリアとわたしも表彰されるので、エスコートはなしだ。
自分の脚で歩いて陛下の元まで行って、功績を称えられる。
”女性は男性に守られるべきで、何もしていなかった”と思われるのだけは避けなければならない。
わたしが抱えられていけば、陛下が望む「女性が食事関係以外でも働ける未来」が遠くなってしまう。
「ふんっ!」
両手で頬を軽く叩く。軽く叩いただけなのに、思ったより大きな音が鳴った。
「アリス!?」
「よしっ、気合い入りました! クリスと特訓して大丈夫だと言われたんだし、後はもう頑張るだけですよね!」
「ああもうアリス、何をしているの!? 頬を見せてごらんなさい」
エミーリアに覗き込まれて、視界の端でシーロが羨ましそうな顔をしているのが目に入った。
エミーリアに頬を見られている間、みんなが口々に声をかけてくる。
「……その気合いの入れ方は素敵ですね。僕もしようと思います」
「待てエドガルド! 俺たちの力でしたら頬が腫れる!」
「じゃあロルフが殴ってくれ!」
「嫌だよ!」
「もうっアリス! すぐに出番なのに何やってるの!? そういう時は見えないところを殴るんだよ」
「あっなるほど、そうですね。さすがレネ様です」
「どういう意味?」
じっとりと見てくるレネから視線をそらしていると、エミーリアが頬のチェックを終えて離れていった。
力を入れて叩いていないので、頬はあまり赤くなっていなかったようだ。ぷりぷりと可愛らしく怒るエミーリアを、シーロがにこにことなだめている。
いつもの賑やかさが戻ってきた中、静かにしていたアーサーがわざとらしい咳払いをした。
「こほん。アリス、私も昨夜はなかなか寝付けませんでした。この時のために、とっておきのジョークを考えていたんです!」
「すごいですアーサー様! こんな時でもオヤジギャグを忘れないなんて……」
「爆笑間違いなしですよ」
ふふん、と胸を張ったアーサーに、控えめに声がかけられた。
分厚い扉を開けるためにずっとスタンバイしてくれている人たちだ。
「……もうじき、陛下がおいでになります」
扉は分厚く、向こうの声は聞こえない。
だけど陛下とパメラ様が登場している時、万が一こっちの声が聞こえてしまったらいけない。
「……三日三晩お腹がよじれるほどのジョークを考えてきたんですが」
「そんなもの、表彰される前に言うなよ」
呆れたようなシーロのツッコミが入り、思わず吹き出してしまった。
「わかりました。後ほど披露しますので、楽しみにお待ちください」
「楽しみにしている」
ロアさまが大真面目に答えたあと、扉を開ける人が合図を送ってくる。
……扉が開けられても、不思議と怖くなかった。ふわふわとしていて、どこか現実味がない。
ロアさまが光の渦の中へ歩き出していき、とうとうわたしの番が来る。
背筋を伸ばして、口元には微笑みを、指先まで気をつけて。
宝石のきらめき、色とりどりの礼服、控えめに流れる重厚な曲。隠すことなく向けられる人々の視線。
あっ、あそこに父さまと母さまがいる! キャロラインも!
昔からの友人の姿はすぐに見つけられなかったけれど、きっとどこかにいるだろう。
まっすぐ前を見ながら知り合いを見つけようとしていると、それほど緊張せずに陛下の前に着くことができた。みんなで一斉にひざまずき、陛下のお言葉を聞く。
いつもの軽い話し方など微塵も感じられない、重圧のある声だ。
今までのロアさまの功績から始まり、ひとりひとり功績を読み上げ、褒賞を発表する。
毒の解毒剤を作った人や、エドガルドとロルフの家も名を呼ばれている。
トールとマリナが呼ばれた時は、とっても嬉しかった。自慢の弟なのよトールは! ふふふん!
「以上だ。みなの働きに、心から感謝している」
それなりに長い時間が経ってから、陛下から顔を上げるように言われて立ち上がった。
「それでは皆の者、表彰式をおおいに盛り上げてくれ!」
陛下らしい言葉で、表彰式という名のパーティーが始まる。
最初に陛下とパメラ様に挨拶をすると、何かあれば頼ってくれと言ってくれた。
パーティーに慣れていないのはバレているので、何か問題が起こった時は遠慮なく頼らせてもらおう。
それからは社交界に慣れているエミーリアがそばにいてくれた。
マリナも一緒にいたほうがいいという意見には同意しかなかったので、マリナと三人で行動することにする。
トールには、面倒見のいいロルフが一緒にいてくれるらしい。それなら安心だ。
なにしろ、パーティーでは男女が常に一緒にいることはできない。これからは男女別れて、それぞれの戦いをするのだ。
カーン、と脳内でゴングが鳴る。
すでにテンパり気味のマリナを背にかばい、エミーリアと一緒に一歩踏み出した。