胃袋は大事です
……な、なんだ今のは……?
人形のように綺麗なパメラ様が、ノンブレスで早口で言ったことは、ほとんど聞き取れなかった。
衝撃が大きすぎてついていけていないのはわたしだけではないようだ。ほかの人たちも目を丸くしているけど、ロアさまだけは慣れたように返事をしていた。
みんなが呆気に取られていることに気付いて、ロアさまはわずかに苦笑する。
「義姉上は、興奮するとこうなるんだ。今日は表彰式があるから、いつもより激しいな。こうなった義姉上は好きなだけ喋らせておくのがいいから、気にしなくていい」
…………たしかに驚いたけど、パメラ様だって好きなだけ話したい時もあるよね。うん。
「なっ、パメラは可愛いだろ!」
陛下は陛下で、なんだかご機嫌だ。
「わたくし身内で死亡フラグが立つなんて思っていなくてもちろんダイソンが悪いのだけどそもそも原因が複雑すぎるしライナスがこんなにまっすぐ育ったのは奇跡みたいなものよ! ライナスは綺麗すぎて王族には向いていないから公爵になるのはちょうどいいと思うわ身分差だって少しだけどなくなるしシンデレラだって身分差なんかないほうがよかったと思うのよ結婚して苦労したと思うわ王族なんて自由なんかないし身に着けるものすべてが公務のためだし割に合わないのよ!」
「うんうん、いつもありがとな! お礼にマッチョを用意しておくから」
「ありがとうあなた!」
パメラ様の言葉は相変わらず早口高音でよく聞こえなかったけど、陛下のお礼にマッチョ発言だけはよく聞こえた。
横に座るロアさまをちらっと見る。
……もしかして、お礼のマッチョはロアさまかな?
「……私じゃない。私は義姉上の好みではない」
「えっ、ロアさまはこんなに格好いいのに?」
「あっ、ああ……義姉上は上腕二頭筋がお好みなのだ」
ロアさまがほんのり顔を赤らめる。
わたしが一番最初に知ったパメラ様が好きなものは、上腕二頭筋だった。
……なんだこれ。
「わたくし本当にアリス嬢と知りあえてよかったわきっと話も合うし、あっもし合わなかったらそれはそれでいいのよお互い人間なのだから残念だったで終わる話だし! だけどいろんな話ができると思うのよ例えば寿司天ぷらすき焼きそれにファッションショーもしたいしおいしいものを一口サイズでたくさん作ってたくさん食べる催しもしたいしダルマさんがころんだもしたいのよ!」
パメラ様の早口に慣れて、少しだけ聞き取れるようになってきた。
……寿司、天ぷら、すき焼き。だるまさんがころんだ。シンデレラ。
もしかして。
……もしかして、パメラ様は。
「安心してアリス嬢、この国のツートップがあなたの味方なのだからあなたが望んで叶えられないことはないのよ! 旅行だって贅沢に行き放題だし一生働かずに遊んで暮らせるのよ」
パメラ様の言葉は、甘くて吸引力がある。
一生困らないお金があるのは、素直に嬉しい。世の中大事なのは金。金さえあればすべてが解決すると言っても過言ではない。
……でも。だけど。
わたしが望むのは、わたしが働いて得たお金で生きていくことだ。今回褒賞としてお金をたくさんもらったって、何かあれば返さなくちゃいけないかもしれない。
わたしは、誰にも奪われないお金で、わたしの人生を生きていきたい。
「……では、鍛冶職人を紹介していただけませんか?」
パメラ様とコレーシュ陛下の目が、おかしそうにきらっと光った。
「実はずっと、たこ焼き機がほしかったんです」
「まあ素敵! 素敵すぎるわアリス! あっアリスと呼んでもいいかしら?」
「もちろんです、王妃様」
「アリスもぜひパメラと呼んで! いいわ素敵だわたこ焼きパーティーね! 炭水化物だとかカロリーだとかたこ焼きの前には些細なことなのよわたくし揚げたこ焼きが好きでたまらないのだけどずっと食べていないのよ思うのだけどたこ焼きは丸いじゃない? 丸イコールゼロ、つまりゼロカロリーなのよあんなにおいしい食べ物がゼロカロリーなのは本当に素晴らしいわ!」
「マヨネーズ紅ショウガおろしポン酢にチーズ、ネギもたっぷりご用意いたしますね。船の型をした容器に、つまようじをつけて」
淑女らしく微笑もうとしたけど、にやっと笑ってしまった。パメラ様が、感極まったように立ち上がって、わたしを抱きしめる。
「ああもうっ! 大好きよアリス!」
「ええーなんだよ、俺は好きじゃないのか?」
「陛下は愛しているの!」
「やった!」
みんながぽかんとわたし達を見ているのが目に入った。
パメラ様の服に顔をうずめるとお化粧がついてしまうので横を向いているのだけど、ちょうどロアさまがよく見える。
「……アリスは、なんだか……すごいな……」
「いいえ、すごいのは偶然です」
唖然としたように呟くロアさまに首を振る。
すごいのはわたしじゃなくて、この世界でわたしとパメラ様が出会えた偶然だ。
それと、男女関係ない人生の真理。
人様の胃袋を掴んだ人間はわりと強い!