嵐の中心も静かではない
クリスがドアを開ける間に全員で立ち上がり、首を垂れた。
ドアが開けられる音がして、靴音が近づいてくる。
「顔を上げてくれ! 団らんの場に来て本当に悪いと思ってるんだが、全員が揃うなんてもうないと思ってさ」
「陛下、シーロとエミーリアがおりませんわ」
「ここで呼び寄せるのは野暮だろ!」
鈴を転がすような声がする。王妃であるパメラ様の声だろう。大声ではないのによく通る。
「ほら、顔を上げた上げた! こっちがお邪魔してるんだから、緊張せず普段通りにしてくれ。何があっても絶対に罰しないし心証が悪くなることもないから!」
ロアさまがみんなに顔を上げて座るよう促す。
陛下と接することも多いらしいアーサーは「ではお言葉に甘えて」とさっさと顔を上げて座ってみせた。
その姿を見て、みんながそろそろと顔を上げて椅子に座る。
クリスが持ってきた椅子に、コレーシュ陛下とパメラ様が座る。不思議な沈黙が流れた。
できるだけ姿勢よく座りながら、横目で陛下とロアさまを見る。
こうして並ぶと、陛下とロアさまの顔が似ていないことがよくわかる。
ロアさまは鍛えているせいか精悍な顔立ちで、目鼻立ちもしっかりしている。元は白い肌が日に焼けて、貴族にしては健康的な肌色をしていた。
陛下は、彫が深い顔立ちだ。肌も淡い小麦色で、元からこのような色だろう。エキゾチックで、笑いかけられると思わず微笑み返してしまうような明るさがある。
「実はパメラのわがままでここへ来たんだ。妻に弱い夫で悪いな!」
「義姉上には誰も敵わないですからね」
くすっと笑うロアさまを見て、コレーシュ陛下も笑う。
銀色でまっすぐなロアさまの髪とは違い、陛下はちょっとウエーブがかかった黒髪だ。話し方も全然違う。
似ていない兄弟だけど、ロアさまと陛下が仲がいいのが伝わってきて、なんだか嬉しい。
「ごめんなさいね。ほかの人達には会ってお礼を言えたのだけど、アリス嬢には会えなかったから、どうしてもお会いしたくて」
パメラ様から予想外の言葉が出て、体がびくっとしてしまった。
クリスの言葉を思い出し、すぐに話さないように微笑む。
一呼吸待ったけどパメラ様は話さない。むしろわたしがいつ話すかきらきらした目で見てくるので、不敬にならないか怯えつつ口を開いた。
「ずっと王妃様の宮殿にいることを知らず、ご挨拶が遅くなってしまい申し訳ございません。ジュエリーも貸していただいて、どう感謝を申し上げればよいのか」
「感謝しているのはこちらよ。本当にありがとう。アリス嬢さえよければ、家族に話すような口調で構わないわ。かしこまって話す人はたくさんいるのだから、気に入った人くらいは楽しく話したいもの」
「光栄でございます」
パメラ様はこう言ってくださるけど、どこで気に入ってもらえたか、さっぱりわからない。
背が高くてすらっとしたパメラ様は、怖いくらい綺麗だ。絹のように細くて長い金髪を結いあげ、肌は雪のように白い。
こんなパメラ様に見つめられると、変な汗が出てくる。
「ここにいる人達は本当に信頼できるし、仲良くしたいと思っているのよ」
パメラ様が綺麗に微笑みかけてくれる。安心してと言ってくれているようで、ちょっぴり体の力が抜けた。
きれいな深紅に色づいたパメラ様の唇が、ゆっくりと開いた。
「もうわたくし絶対に駄目だと思ったのよ信じてはいたけどこの戦いが終わったら結婚したいなんてライナスが盛大な死亡フラグを立てていくからもう気が気じゃなくて! せめて胸ポケットにアリス嬢の写真を入れたロケットを入れておいて銃撃を防ぐフラグも立てておいてほしかったのにそれもしないし! 何より許せないのはわたくしに何も言わず陛下とライナスだけで第四騎士団へ行くことを決めてしまったことよわたくしだって秘密くらい守れるのにライナスってば勝手に決めてしまってどうかと思っていたけどでかしたわライナス! 絶対にアリス嬢と結婚するのよ土下座してでも!」
「はい、義姉上」
……えっ? なに?