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不意の再開2

 目の前にクリスがいる。別れた時と同じように、とんでもない美少女だ。


「こちらを羽織ってください。変身の魔道具をおつけになったら、すぐに出ます」


 詳しいことはわからないが、今はクリスに従ったほうがいい。ネグリジェの上にマントを羽織ろうとして、ハッとクリスを見た。


「……あなたがクリスだという証拠をください」


 目の前にいるのが、貴族学校で別れたクリスだとは限らない。変身の魔道具がある以上、顔が同じというだけでは信用できないのだ。


「では、いくつか質問をしてください。お嬢様と私しか知らないことでお願いいたします」

「……クリスが学校で演じている人物は?」

「ティアンネ、メイド、侍従でございます。ティアンネは変身の魔道具をつけて演じております」

「わたしはライナス殿下のことをなんとお呼びしていましたか?」

「ロアという名です」

「クリスの性別は?」

「男です」


 クリスの顔をじっと見つめてから、マントを羽織る。


「わたしが知るクリスのようですね」

「はい。詳しいことは後でお話いたします。こちら、コレーシュ陛下からでございます」


 渡された封筒には、王家の紋が封蝋で押してあった。クリスに中を見るよう促されたので、封蝋を割って手紙を出す。

 そこには乱れた字で「クリスを使いに出す。危険なので、クリスと共に違う部屋へ移動してくれ」と書いてあった。


「……最初からこれを出してくれればいいのに」

「お嬢様に危機感があるか不安でしたので。これで少しは安心できます。さあ、行きましょう」


 変身の魔道具をつけて靴をはく。寝起きで熱っぽい指先がうまく動かない。

 ようやく靴をはいて顔を上げると、部屋の中にどーんと隠し通路が出現していた。


 ……え?


「……この部屋、こんな仕掛けがあったんですか?」

「はい。いざとなればお嬢様が脱出できるよう、この部屋にしたようです」


 ようやく一人が通れるほどの細い通路の中に、さっさとクリスが入る。

 ええい、やったろうじゃないか!

 思いきって閉じていた空間特有の空気の中に身を浸すと、クリスが壁際で何かをした。その途端に秘密通路の出入口が閉じ、通路に等間隔で明かりがついた。


 石畳で出来ている道を、クリスと歩く。

 坂道になったり曲がったり階段を上がったり下りたりしてゴールの部屋にたどり着いたのは、かなりの時間を歩いてからだった。


 秘密通路の出口は、綺麗に整えられた客室だった。

 部屋の中をざっと確認したクリスが頷き、ドアの鍵がかかっていることを確かめる。


「お疲れ様でございました。以前の部屋より手狭で申し訳ありませんが、表彰式までこちらでお過ごしください」

「わかりました。以前の部屋は広すぎて落ち着かなかったので、これくらいがちょうどいいです」


 クリスにマントを脱がせてもらい、変身の魔道具を渡す。


「……なにがあったのか、聞いてもいいですか?」


 クリスはわずかに躊躇したが、すぐにきゅっと唇を引き締めた。


「……お嬢様の世話をしていた侍女が裏切りました」

「侍女って……あのクールビューティーの?」

「……それが誰を指すかはわかりかねますが、一番お嬢様のお世話をしていた者です」

「裏切ったって……本当に?」


 わたしの世話を任せるくらいだから、コレーシュ陛下も信頼していたはずだ。


「……侍女さんは裏切って何をしようとしていたんですか?」

「私も詳しくは聞いておりません。一刻を争う事態でしたので。ただ……」

「ただ?」

「……あの侍女には、かつて婚約者がいました。暗殺者からコレーシュ陛下を庇い、殉職なさいました。名誉ある死です。彼女がどう思い、考え、このようにしたかは……私ではわかりかねます」

「……そうですか」


 西の小窓の意味を聞いた時の侍女さんを思い出す。もしかしたら、あの場所に思い出があるのかもしれない。

 ……もう、聞く機会はないだろうけれど。


「……とても、よくしてもらいました」

「コレーシュ陛下ならば、罪に対しても公正な判断をなさいます」

「はい」


 いつもわずかに微笑んでいるような、てきぱきとした侍女さんが思い浮かぶ。


「……ちょっとしか侍女さんと一緒にいなかったわたしでも、こういうことは辛く感じるんですね」


 王城が家なのに、まわりがこんなふうに敵だらけで気が休まる暇がなかったロアさまは、どんなふうに毎日を過ごしていたんだろう。

 侍女さんが裏切っていると知りながら普通に過ごすことは、わたしにはできそうにない。きっと精神がガリガリと削られていく。


「……お休みの前に、あたかいお茶でもお淹れしましょうか」

「お願いします」

「とはいっても、マジックバッグに入れていたものですが」


 クリスはマジックバッグから湯気が出ているハーブティーを出してくれた。ソファに座って、まだ熱いそれに口をつける。

 ……今、家族は何をしているのかな。母さまの病気が悪化していないといいけど。父さまは少しは眠れているのかな。トールの声が聞きたい。


 ハーブティーを飲んでいると、バルカ領のハーブを思い出す。

 ……みんな、どういうふうに過ごしているんだろう。


「お嬢様がどの部屋にいるか、食事で知られた可能性があります。申し訳ありませんが、これから表彰式まではマジックバッグに入れてあるもので食事のご用意をいたします」

「わかりました。わたしは大丈夫です」

「これを飲んだらお眠りください。明日からは表彰式に向けての特訓を開始いたします。時間がありませんので、スパルタでまいります」

「……はい」


 クリスの提案は、今のわたしにとってはちょうどいい。

 忙しくして、ネガティブが寄ってこないようにしないと!


「頑張ります! クリス、よろしくお願いします!」


 まつ毛バシバシで潤った唇の美少女クリスは、どこか安心したように微笑んだ。


「そのお言葉に安心いたしました。本当にきついので、頑張ってください」

「……はい」


 表彰式までの時間は、人によって感じ方が違うと思う。

 どうやらわたしの退屈は、昨日で終わったようだ。



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