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密室5

「昔の結婚については、詳しくありません。無知で申し訳ございません」

「いい。ノルチェフ家は賢かったから、馴染みがないだけだ。

 昔は血が近いほど結婚相手としてふさわしいとされていたから、まあ、子供が少なくてな。それが問題視されてからかなり経ったんだが、それでもまだ後遺症はある。あの王のように」


 ……陛下と血がつながっている人物を、ずっと「父」ではなく「前王」と呼んでいる。

 隠しきれない少しばかりの嫌悪がにじみ出ているのが、わたしでもわかる。


「たまに一気に後遺症の被害者が生まれるんだが、今回は多かった。それでも昔よりはマシになったんだが……」


 一瞬、王として対策をかんがえているのであろう顔になったが、わたしの視線に気付いてすぐに崩れた。


「ノルチェフ家は、血が近い者との結婚はできるだけ避けてきたように感じられる。今回の功績と、ノルチェフ家に流れる正常な血を理由にすれば、誰とでも結婚できる。

 もう一回念押しとくが、結婚したくなったらの話だからな。無理にしなくていいからな。本当に」


 ……正直、結婚するより自分のお店を持ちたい。ずっとそれを目標にしてきた。

 今回の褒賞としてお金ももらえるだろうから、資金の問題は解決した。


「これは、ライナスとの結婚に障害はないと伝えただけだ。ライナスが伝えればいいと言ったんだが、絶対に嫌だと言われた。ノルチェフ嬢に結婚を迫るみたいだから言いたくないって言われたんだ。だからここで俺が話してるのは、ちょっとした兄心だ」

「本当に、ライナス殿下のことが大切なんですね。ライナス殿下も言っておられました。弟より自分を大切にしてほしいと」


 その時のことを思い出して、ふっと笑みが漏れる。


「ライナス殿下がご自分より陛下を大切にしておられるのだから、陛下のことを言えないと指摘したら納得しておられましたよ」

「……そうか」


 その時のロアさまを瞼の裏に浮かべるように、陛下は目を閉じた。おだやかな顔に、ちょっと空気がゆるむ。

 陛下にずっと結婚の話をされて、さすがに緊張しないのは無理だからね。ロアさまから聞いていた陛下の性格からして、本当に結婚しなくていいと思っているっぽいけど、この世には前フリというものがあるのだ。

 押すな! 押すなよ! 絶対にだぞ! という、アレだ。


「もっかい言っとくが、結婚しなくていい。名誉の報酬として、それも許されるだろう。だけど、ライナスに本当の、偽りのない気持ちを言ってくれないか」

「……はい。お約束いたします」

「ん、ならよし! 兄のおせっかいはここで終わりだ!」


 太陽のような笑顔で、陛下は冷めた紅茶を飲んだ。続いて紅茶を飲むと、思っていた以上に喉が渇いていたことに気が付いた。

 ごくごく飲むのを我慢して、唇をしめらせる程度にしてカップを置く。


「本当はすぐにでもライナスやほかの人物に会わせたいんだが、みんな忙しくてなあ。せめてエミーリア嬢だけでもと思ったが、ほら、エミーリア嬢は失踪して生死不明だったから」

「ええ……失踪していましたものね」

「根回し中なんだ。正式に人前に出るのは表彰式だから、もう少し先だな」

「エミーリア様がお元気なら、それで構いません。むしろわたくしだけ時間が余っていて申し訳ないくらいで」


 今まで、やっぱり少し気を張っていたらしい。

 ダイソンを捕まえた途端に体が楽になり、よく眠るようになった。することがないので、よく寝て食事を楽しみに過ごしているけど、基本的に暇だ。


「ああいや、それはこっちの都合なんだ。ノルチェフ嬢を狙うやつが多くてな」

「まだ、ダイソンの仲間が……?」

「そうじゃなくて、ノルチェフ嬢を襲おうとしてるってこと。襲って、結婚するしかない状況にしようとしてる奴らがいるんだ」


 陛下の前だけど、思わず大きなため息が漏れた。


「どうして、わたしの人生こんなのが多いの……」

「ノルチェフ嬢と結婚すれば、王城でも社交界でも、一気に権力争いのトップになれるからな。王家に食い込めるチャンスはあまりない。こっちで釘を刺して回ってるけど、念のため部屋にいたほうがいい」

「はい、そういたします」


 絶対に部屋から出ないようにしよう。防犯の魔道具も持っておかないと。


「ノルチェフ嬢の結婚について正式に宣言するのは表彰式だから、それまでちょっと待っててくれ。悪いな」

「いえ、こちらこそお気遣いいただきありがとうございます。もし襲われたら遠慮なくぶちのめしますので、お互い会わないほうがよろしいかと」

「ははっ、ぶちのめすんだ!」

「もちろんでございます。今回は相手がわかっており逃げることももみ消すことも出来なさそうなので、きちんと訴えて賠償金をもぎ取りますわ」

「……うん。そうだな。そのほうがいい」


 陛下はやわらかな空気をまとった後、後ろに控えていた側近に視線をやってから立ち上がった。


「ノルチェフ嬢と話せてよかった。何かほしいものがあれば、遠慮なく侍女に言ってくれ。なんでも……とはいかないが、大抵のものは揃えられるはずだ」

「今のままで十分でございます。ありがとうございます」

「では、またな」


 深々と頭を下げて、コレーシュ陛下を見送る。

 静かにドアが閉まってから、へなへなと崩れ落ちそうな体を、ずっといてくれた侍女さんが支えてくれた。


「あ、ありがとうございます……」

「突然のことに関わらず、冷静でお見事でございました。少し落ち着いたらお部屋へ向かいましょう」


 全然冷静じゃなかったけど、口を開くのもおっくうなので、頷くだけにしておいた。

 突然の王族は心臓に悪い。



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