密室4
「アリス・ノルチェフとトール・ノルチェフの結婚相手は、本人たちが望んだ相手であること。ふたりが結婚する時は、結婚が強要されたものでないか、王家が責任を持って調査することになった。
まあ、貴族の結婚なんて利害の一致があるからするものだけど、どうやらふたりが結婚するのなら恋愛結婚みたいだからな」
一度言葉を区切り、陛下はにやりと笑った。
「これはノルチェフ家当主からの提案で、きちんと書類にも記載する。望まない結婚であれば、相手に相応の罰を与える。もちろん、結婚をしなくとも構わない。したくなったらすればいい」
「父が、そんなことを……」
「家族思いの素晴らしい父君だ。……ノルチェフ家が羨ましい」
陛下がぽつりとこぼした本音に、どう反応すればいいかわからない。
だって、陛下とロアさまの父親は……ちょっと、だいぶアレだしね。権力のあるストーカーは厄介だと、しみじみ思った。
「あとは、母君の病気に関して、出来る限りのことをすること。母君のために医師をつける。薬の開発を進めているが、完成にはもう少しかかりそうだ。母君の体調はよくなっているから、安心するといい」
「はい。ありがとうございます」
深々と頭を下げる。
母さまが回復してきたのは、薬の開発を決めたロアさまと、治療を受けさせて母さまをダイソンから守ってくださった陛下のおかげだ。
「礼はいい。ライナスが開発に踏み切ってくれたからだ」
「病気はたくさんありますから、すべてを治すのは無理だと、みなわかっております」
「その言葉に甘えるわけにはいかない。俺は王だからな」
苦し気に言葉を吐いたのに、陛下は笑っていた。
……こういう人だから、この国を束ねられるのだろうか。
陛下は「おっと、惚れられるのはごめんだぞ?」と場の空気を軽くしてから、真剣な光をふっと目に宿した。
「俺にとってはここからが本題のようなものでな。
……ライナスが、王族を抜けると言って聞かないんだ。それが自分にとっての褒美になると言い張ってな」
驚きに息を呑んだが、大きく跳ねた心臓はすぐに静かになった。
……どこかで、ロアさまはそれを選ぶと予感していたのかもしれない。
「……ライナス殿下は、ずっと、コレーシュ陛下のことを考えていました。兄上の王位を揺るがしたくないと」
「そうだろうな。ライナスにとってそれが本当に褒美になるのなら、俺だって止めない。そうしてやりたいと思ってる。
だけどさ、考えてみてよ!」
ぎゅっと拳を握りしめたコレーシュ陛下の、突然の大声に驚く。
「王位簒奪と王の暗殺を阻止したんだよ!? 公爵だからこれ以上爵位を上げられないアーサーのとこ以外、みんな陞爵するんだよ!? なんでライナスだけ逆に身分が落ちてんの!?」
「あっ、確かにそうですね」
「こんなの褒美じゃなくて罰じゃん! ライナスが公爵になっても褒美になるように色々つけてるけど、ライナスがいらないって言うんだ! どうにか説得してくれ!」
「わたくしがですか?」
「そうだよ! だってライナスがそうするのは、ノルチェフ嬢と結婚したいからだし!」
「えっ!?」
「ノルチェフ嬢の気持ちが結婚に前向きになった時に、できるだけ障害がないようにしてるんだ。平民になりたいって冗談まじりで言ってたくらいだし」
「……確かに、ライナス殿下が平民のほうが結婚しやすいですけれど……」
「普通は逆だろ! 夫の身分が低いほうがいいなんて変わってるなぁ」
「申し訳ございません……?」
よくわからないまま謝る。
だって、こっちの身分が上がっても、つい先日までノルチェフ家が子爵だった事実は変わらないし、わたしが上流貴族の常識や知識やふるまいを身に着けていないことも変わっていない。
好きという気持ちだけではどうにもならないこともある。
「ノルチェフ嬢の結婚したくないという気持ちは、こちらも把握している。結婚について強要するつもりはないが、ひとまず事実だけ伝えさせてくれ」
「かしこまりました」
「ノルチェフ嬢が誰かと結婚したくなった場合、誰が相手でも、王家は反対せず支持する。相手の調査はするから、その内容があんまりだと知らせはするが」
「ありがとうございます」
「ノルチェフ嬢より身分が下の場合、特に問題はない。ノルチェフ嬢は元は下流貴族だ、むしろそちらの作法のほうが身に染みているだろ」
「はい」
ノルチェフ家主体のお茶会もあまり開催していなかったので、下流貴族と結婚しても足りないことだらけだ。
昔から結婚したくなかったことを察して、父さまも母さまも、無理にわたしにそういうことを教えようとはしなかった。本当に、家族には何度感謝しても足りない。
「ノルチェフ嬢より身分が上の相手と結婚したい場合も、ぶっちゃけあんまり問題がない。身分差の婚姻は有り得ることだ。今回ノルチェフ嬢は、王族に嫁いでも文句を言われないくらいの功績をあげた。作法なんざどうにでもなる」
なるかなぁ……。絶対にならないと思う。
「それに、今回のことでさすがに貴族も納得しただろ。血が近い者で結婚を繰り返したから、前王みたいな頭がおかしいやつが出てくるんだ」
不敬!!
……と思ったけど、目の前にいるコレーシュ陛下が国で一番偉いんだから、不敬じゃない……のか?
わたしの動揺が伝わった陛下は、くすっと笑いながら小首をかしげた。
「ノルチェフ嬢は、昔の婚姻を知っているか?」