密室3
驚きすぎて声も出なかった。
とっさに陛下の頭を上げさせようと身を乗り出しかけて、服に阻まれる。今着ているのは、バルカ領にいた頃のように裾が短いものではない。
どう考えても、今のわたしの行動は貴族令嬢らしくない。
動きにくい服で体が止まってくれたことに感謝しながら、口を開く。勝手にコレーシュ陛下にさわったら不敬どころの騒ぎじゃなかった!
「おっ、お顔を上げてください! わたくしは貴族として当然のことをしただけです」
「もちろんダイソンのこともあるが、それだけじゃない。俺だけじゃなく、家族も救ってくれた感謝は、死ぬまで続く。あとは……ライナスのそばにいてくれて、本当にありがたいと思っている」
ようやく顔を上げてくれた陛下にほっとする。
「わたくしは特に何もしておりません。これは謙遜ではなく真実です」
「だが、ライナスはノルチェフ嬢と話すことで自らの道を進むことができたと言っている。俺もそうだと思う」
「ライナス殿下は、すでに自分の道を決めておいででした。それに気付いた時、偶然わたくしがそばにいただけです。むしろ、わたくしのほうが道を示していただきました。ライナス殿下と話すことで、自分の願いを自覚することができました。それを目指していいのだと、大切に扱うべきなのだとおっしゃってくれました」
ロアさまのおかげで、貴族令嬢だけど自分の店を持ちたいと言えるようになった。ロアさまはそんなわたしを応援してくれた。
その時はロアさまが王族だと知らなかったけど、今思うとすごいことだったと思う。私の夢を理解できないと思うのが当然なのに、ロアさまはそんなことを決してしなかった。
「……そうか。お互いの思いについて、俺が口を出すことじゃないな。礼は言わせてもらうけど」
陛下が頭を下げてまで感謝を示してくれたのに、わたしが否定するのはよくない。
心からわきあがる喜びが、できるだけ陛下に伝わるように微笑む。
「ありがとうございます」
「そっちが礼を言うんじゃ意味ないだろー! まったく、ライナスもノルチェフ嬢も、揃って同じことを言って!」
「あの……ライナス殿下はお元気ですか?」
「忙しいからちょっと疲れてはいるけど、しっかり休ませてるから元気だぞ」
ようやく少しだけわかったロアさまの近況に、胸が高鳴る。
王城へ来てから、ロアさまと会うことも、一緒に来た誰とも会うことはなかった。それぞれ忙しいんだと思う。
のんびりしているのがわたしだけなのは心苦しいけど、わたしが何かしようと動くよりも、部屋にずっといることが、忙しい人たちのためになるんだろう。
手間をかけさせないことが一番な時って、あるよね。
「ついでに、ノルチェフ家に対するあれこれも教えとくな。何か不満があったら言ってくれ。俺が決めるんだから、俺に直接言えば手間も省けるしな!」
「お心遣いに感謝いたします」
「まず、ノルチェフ家は子爵から伯爵へ陞爵する。当主にはすごく断りたい顔をされたんだが、これだけのことをして陞爵させないわけにもいかなくてなあ。これでも、侯爵にするべきだって声を抑えるのに苦労したんだ。悪いが、これで我慢してくれ」
「かしこまりました」
「ははっ! ほら、断りたいって顔をしてる!」
「……正直に申し上げてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ!」
「非常に気が重いです……」
面倒くさいをオブラートに包んで言うと、陛下はおかしくてたまらないというふうに、大声で笑った。
「ノルチェフ家の人間は、これを聞くとみんな同じ顔と反応をする!」
「申し訳ございません……」
「権力に固執しないがゆえに、この国を支える大事な支柱になってくれていることはよくわかっている。だからこそノルチェフ家に権力を与えるんだ。自分の欲望を満たすことに使うやつらの代わりにな」
今回捕まえられたダイソンの仲間は、みんな有能だと言っていた。バリバリ仕事をしていたに違いない。
王位簒奪に加担していた人を捕まえたなら、そりゃあ人手が足りなくなるだろう。
……頑張れ、父さま。
ようやく母さまが家に帰れるのに、今度は父さまが忙しくて家に帰れないかもしれない。
「はあ、久しぶりによく笑った。そんなわけで、ノルチェフ家はこれから忙しい。本来なら父君から聞くべきだろうが、本当に時間がなくてな。もう少ししたら、表彰式をする。建国祭くらい人を集める予定だ。
その時に陞爵したことを発表するんだ。子爵から伯爵になります、じゃなくて、もうなりました! おめでとう! って報告だな。手続きやら根回しやら、父君は寝る間も惜しんで頑張っているはずだ」
「そうだったのですね」
このあいだ家族が揃って来てくれたのが、さらに心に染みる。
忙しいなか、わたしに会いに来てくれたんだ……。
「それじゃあ、続けるな。ノルチェフ家の婚姻に関してだが」
びくりと体が動いてしまった。貴族学校で、ロルフが言っていたことがよみがえる。
ダイソンを捕まえることができたら、わたしは超優良物件になると言っていた。ノルチェフ家より権力がある家に、抗えない結婚を申し込まれたら……。
モーリスを捕まえ、ダイソンを捕らえることに必死で、自分のことは後回しになってしまっていた。
……コレーシュ陛下が、形のいい唇を開いた。






