密室2
なぜここに、コレーシュ陛下が。
驚きで止まった頭で必死に考える。
コレーシュ陛下がわたしと会うことを望まれるのならば、わたしが陛下の元へ行くべきだ。忙しいはずの陛下が、わざわざここへ?
わたしの混乱がわかったのか、コレーシュ陛下はにっかりと笑った。
「俺がわがままを言って、ここまで来たんだ。楽にしてくれ」
「もっ申し訳ございません! ご挨拶をしないどころか頭を上げたままで……!」
慌てて深く頭を下げると、目に映るものが見事な模様の絨毯だけになる。その絨毯の中に男物の靴が現れ、両肩にあたたかな手がのせられた。
「顔を上げてくれ、ノルチェフ嬢。こうして突然来たのは、私的にノルチェフ嬢に会いたかったからだ」
おそるおそる顔を上げる。
襟のない白いシャツと、ロイヤルブルーで仕立てられたジャケットのような服が、コレーシュ陛下にはよく似合っていた。
眩しい太陽のような笑みを浮かべ、陛下は親しみをにじませて言った。
「ソファへどうぞ、レディ?」
その顔が、たまにからかってくる時のロアさまとそっくりで、思わず見つめてしまった。
「ん? どうした、俺に惚れたか? あいにく俺は既婚者で、不倫する趣味はないぞ」
「申し訳ございません! ……今の表情が、ライナス殿下とそっくりでしたので」
ぴたりと陛下が止まってしまった。頭から氷水をぶちまけられた気分になり、一瞬で死を覚悟する。
不敬なことを言ってしまった! 斬首だ! ダイソンを捕まえたことで帳消しにならないかな!? 無理かも!
「……今の俺は、ライナスに似ていたか?」
喉に大きな氷が詰まったみたいに、うまく話せない。でも、ここで話さなきゃ不敬だ。
「……はい。目の細め方や口調が似ておりましたので、つい口に出してしまいました。申し訳ございません」
「謝らなくていい。俺は嬉しいんだ。ほら、俺とライナスはあんまり似てないだろ? 絶対に同じ父と母から生まれたのにな。だから、俺とライナスが似ているって言うやつはいなくてさ。なんか……」
一度言葉を切ったコレーシュ陛下は、まぶしそうに目を細めて笑った。
「ライナスがノルチェフ嬢に惚れた理由が、少しわかった気がする。ほしい言葉をくれる人間なんだな」
……どう返事をすればいいか、困る。
今までの人生で一番困っているので、クリス直伝の淑女の微笑みを発動しておいた。
コレーシュ陛下が吹き出す。
「本当に、好きに話してくれていいんだ。ここでノルチェフ嬢がどんなことをしても、絶対に罰しない。俺が気分を損ねることもない。少ししかノルチェフ嬢といられないんだ、沈黙ばかりなんてごめんだぜ」
「……かしこまりました」
「できたら、くだけて話してもらいたいんだけどな。ほら、俺だってこんな口調だろ? 公の場以外はこんな感じなんだ、俺」
向かい合ってソファに座って、にこにこしている陛下を見る。
初対面のこの国で一番偉い人物と、なごやかに話せるスキルは持ち合わせていないので、必死に無難な返答を考える。
あんまりかしこまった言い方や返答をすることを、陛下は望んでいない気がする。
「でしたら、このようにお話いたします。下流貴族の言葉遣いですので、お気に召さなかったら申し訳ございません」
「もう少し気楽でいいんだけどな。ま、無理は言わないさ。家族に話すようにしてくれたって、俺は文句は言わない。むしろ嬉しい」
「かしこまりました。努力いたします」
「ああっ、無理にしなくていいんだ! 俺は王だから、お願いも命令みたいになっちゃうよな。そんなつもりはないんだ。まわりのやつらは俺のお願いを無視するからさあ」
そう言う陛下の顔は、ふてくされた子供のようだった。
臣下と仲がいいのが伝わってきて、ちょっぴり緊張がほぐれた。
わたしの空気がゆるんだのを察知してか、陛下が嬉しそうに笑った。それから、深々と頭を下げた。
「アリス・ノルチェフ嬢。本当に感謝している。ありがとう」