表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/164

名前だけ知っている食べ物

「いただきます」


 すこし冷めてしまった焼き鳥を頬張る。一番シンプルなのは塩コショウがかかっているものだ。大粒の塩とコショウが、がつんと舌にくる。ちょっと濃い味付けだけど、それがおいしい。


「そうやって食べるんですね」


 気づけばふたりに食べるところを観察されていたらしい。大口を開けてかぶりついていたので、ちょっと恥ずかしい。


「串のまま食べるのは初めてですか? 庶民はこうやって食べるんですよ」

「なるほど。いただきますね」


 エドガルドは控えめに口を開き、わたしよりよっぽど優雅に焼き鳥を食べた。ロルフは豪快に食べているけど、やっぱり品がある。

 エドガルドはふんわりと笑った。


「……おいしい。これが友人との買い食いというものなんですね」

「バルカ家は厳しいからなぁ。またしようぜ。ノルチェフ嬢も一緒に」

「そうですね。せっかくですし、あとでケーキ屋さんに行きませんか?」

「えっ、あ……」


 エドガルドはうろたえ、おそらく今までのように、甘いものなんて食べないと言おうとした、と思う。

 わたしの家で食べるのとは違い、店は人目がある。誰から情報が洩れてもおかしくはない。

 ロルフがじっと答えを待っているので、わたしも黙って待つ。エドガルドは視線をさまよわせ、手に持った焼き鳥に気づいた。すこし表情が和らぐ。


「……行きます。僕は……いつか、バルカ侯爵家を継ぐ。けれどそれは、前代のふるまいをそのまま模倣することではない。甘いものを食べても、買い食いをしても……僕はバルカだ」


 エドガルドの声に力がこもる。


「エドガルド・バルカだ。バルカ侯爵家をもっと、よりよいものにしてみせる」

「よく言った!!」


 ロルフが思いきりエドガルドの背中を叩いて笑う。その目がちょっと潤んでいるように見えて、なんだか、じーんときてしまった。

 エドガルドも、過去のつらい経験に囚われ、抜け出そうともがいていたのかもしれない。光を見つけられたなら、盛大にお祝いするべきだ。


「これを食べたら、ケーキ屋さんに行きましょうか。バルカ様が行きたいところを決めてくださいね」


 途端に考え出してしまったエドガルドを横目に、2本目の焼き鳥を食べる。これはピリ辛で、ロルフがおいしそうに食べていた。


「辛い物が好きな人が多いんですね。どの店を見ても、辛いものがおいてあります」

「ノルチェフ嬢がなにか作るんなら、カレー味がいいな。見た目があれだから、食べるのに勇気がいるけど、食べたら忘れられない」


 初めてカレーを出した日、騎士さまたちは凍り付いていた。茶色くてドロドロしてる食べ物を初めて見たらしい。

 たしかに、カレーは見た目がちょっとね。食べ物だと知らずに見たら、かなりショッキングだよね。うん。

 

 いつも先頭に立ち、にこやかにお礼を言ってくれるアーサーも、こういうとき率先して食べて大げさに感想を言ってくれるレネも、全然動かない。

 万が一のために作っておいた予備のご飯を出そうとすると、レネが察知してお皿を掴んだ。掴んだけど、動かない。


「……香りはいい、けど、これは何?」

「カレーです」

「食べ物?」

「はい。ノルチェフ家では大人気ですよ」

「これが!?」

「はい。パンも米も用意していますので、お好きなほうでどうぞ」


 レネはぎゅうっと目を瞑ってお皿を持ち上げ、きらきらしいアーサーを見上げた。


「ダリア様。本日は私が先に食べてもよろしいでしょうか」

「……いや。私が一番に食べる役目だ」

「出過ぎた真似をお許しください。ですが本日は、どうぞ私に」


 レネはナンを取り、お皿にほんのちょびっとカレーを入れた。


「それは中辛です。レネ様は甘口では?」

「今日はこれでいいよ」


 レネはいつもの席に座り、カレーをじっと睨んだあと、どこか震えているように見える手でカレーをすくった。

 スプーンの先端が、桃色のレネの口に消え、すぐに出てくる。


「……ん?」


 レネはカレーを味わったあと首をかしげ、さっきより多く口に入れた。


「……何種類かのスパイスと……トマト? 甘味と辛み、酸味……香味野菜で味に深みが出てる」

「弟が大好きで、スパイスの種類とか量を研究したんです。もちろん、カレー専門の方からすればまだまだでしょうけれど」

「これ、カリーじゃない?」

「そうとも言いますね」


 ついついカレーって言っちゃうけど、この世界ではカリーのほうが馴染み深いのかもしれない。

 途端に、ざわざわと「あれがカリー……」「確かに聞いたものと同じように見える」「まさかカリーが出るとは」という声が聞こえてきた。カリーは有名みたい。


 レネはアーサーの前までやってきて、さっと頭を下げた。


「見目はよくありませんが、味は問題ありません。差し出がましいことをして申し訳ございませんでした」

「いや。私の葛藤が伝わっていたのだろう。礼を言う」


 カレーでこんなに大事になるとは思わなかった。

 ちょっぴり冷や汗をかきながら、予備のご飯を出す。お皿を取ったアーサーに、ぎこちなく笑いかける。


「お好きなものをお取りください。無理をしてカリーを食べる必要はありませんので」

「せっかくだからカリーをいただこう。……まさかカリーを食べる日が来るとは」


 この国でのカレーの扱いなんなの?

 無理してカレーを食べなくてもいいんだけど、これ以上言っては不敬になるかもしれない。黙ってアーサーがカレーをよそうのを見守る。

 アーサーがカレーを選んだからか、続く騎士さまたちもカレーを選んでいく。嬉しそうな顔をしてくれているのは、わんこ系イケメンだけだ。ひとりだけ大盛りで、にこにことカレーを頬張る。


「んっ……んん!? 初めて食べる味だ! おいしい!」


 ありがとうわんこ。たぶん年上だし身分も上だけど、なんとなく親しみを感じてしまう。

 この一言が呼び水となって、騎士さまたちがおそるおそるカレーを口に入れていく。


「これは……見た目からは想像もつかない複雑な味だ……」

「コクとうまみ……私的に酸味がちょうどいい」

「これが……カリー……!」


 今度父さまに、カリーがどんな扱いなのか聞こう。絶対に。


 カレーは成功なんだか失敗なんだかよくわからないまま終わった。

 もう出さないほうがいいだろうなと思っていたら、後からちょいちょい騎士さまたちに「次にカリーはいつ出るのか」と聞かれるようになった。やはりカレーは中毒性がある。

 ちなみにロアさまもカレーを気に入ったらしい。中辛を食べてにこにこしていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説3巻(電子のみ)発売中です! サンプル
コミカライズ3巻はこちら! サンプル
― 新着の感想 ―
[一言] カレーに身構えるのは色のせいのような気がしなくもない。 もしこの世界に肥溜めがあるのならばwww それは置いといて、見た目は洋風、中身は和風な異世界なのかしら?ご飯あるし。 あと、男が甘…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ