これからのこと
翌日、少し早い昼食をとってから、バルカ家の人たちに見送られて出発した。エドガルドが鞭を持っていたのは誰もツッコミを入れなかったからわたしも触れなかったけど、それでいいんだよね?
ここへ来たときの魔道具よりも大きなものに乗ると、見送ってくれる人たちはすぐに見えなくなってしまった。
体調が回復し、一緒に魔道具に乗ったエミーリアは、珍しくわくわくした顔で中を見回していた。
魔道具の中は広くて、ソファとテーブルがゆったりと配置されている。大きな窓から景色が楽しめるけど、外からは魔道具の中が見えないようになっている。
揺れもなく、ほのかにいい香りがして、非常に快適だ。
「これが王族しか乗れない魔道具なのですね。この壁紙、まさかあのコナトッティの……!? なんて素敵なんでしょう!」
エミーリアの顔色がいいので、薬が良く効いているようだ。
エミーリアや母さまの病気の薬作りは、順調に進んでいると聞いている。まだ特効薬はできていないけれど、近いものができているので、症状がかなり緩和されたり回復するんだって。
母さまも元気になったと聞いたので、今から会うのが楽しみだ。
シーロがマジックバッグからティーセットを取り出して、熱々のお茶を淹れていく。
「落ち着いてください。また寝込んでしまいますよ」
「……ええ、そうね。この魔道具は速くて、明日には王都に着くんですもの」
アーサーが優雅にお茶を飲みながら、なにかの書類を分けてテーブルに置いていく。それをロアさまが手に取ってしばらく眺めて、やや無造作にテーブルに戻した。
それぞれ壁際で警護していたエドガルドとロルフとレネが、ロアさまの行動を見つめる。ちょっと驚いているようだ。
わたしも、ちょっぴり驚いている。ロアさまのこういう感じは初めて見たから。
「……第四騎士団に隠れた時から、ずいぶんと経った。信頼できる仲間が増え、こうして堂々と王城へ帰ることができた。せっかくだ、王都に着くまで話そう」
ロアさまの言葉に、ぎゅっと胸が締め付けられた。
汽車で帰ると、ダイソン派の生き残りに狙われやすくなる。それで魔道具で帰ることにしたんだけど、最初はこの魔道具に乗るのはロアさまだけの予定だったらしい。
王族専用の魔道具だから当たり前だ。それをロアさまが、みんなで乗ると言ったと聞いた。
この魔道具は、あらゆる攻撃に耐えられるようになっている。この中にいるのが一番安全だと、ロアさまは言った。
少人数ずつ魔道具に乗ってばらけて、護衛の中に命を狙う者がいたら、死ぬ確率が高くなる。
それくらいなら、まとめて最強の乗り物に乗ってしまおうということだ。
ロアさまはそう主張したけど、本音は違うと思う。
だって、ここにいるみんなで集まれることは、きっともうない。会えても個別だったり、使用人などがいる。
アーサーが書類をテーブルに置き、きりっとした顔をした。
「また会う日までまたアウーニヒまで!」
「……えっ? なんだ今の」
思わず素で言ったシーロに、アーサーがこほんと咳払いする。
「なにって、ジョークですよ。どうですか、アリス。昨晩よりいい出来でしょう?」
「あ、はい……そう思いますが、アウーニヒって何ですか?」
「知らないのですか!? なんでも卵のように抱え込んであたためてしまうアウーニヒですよ!?」
「知らないです」
「魔物ですから、レディーがご存じないのも仕方ありませんね」
わたしをレディーだと思っているなら、魔物の名前を使ったダジャレはやめてほしい。
「うーん、アリスを唸らせるジョークをまた考えなければいけませんね。大丈夫、これから嫌だと言われてもたくさん会いますよ。私は第一騎士団へ入団予定ですから」
「えっ、公爵家の後を継ぐのでは?」
「元から、まだ後の予定でしたから。マリーアンジュ様がご存命だった頃、ダイソン派となる者が多数第一騎士団へ入りました。まだその影響があるので、私とレネが第一騎士団へと行き、中から変えていきます」
「ほかのところへ行ってもいいけど、ボクたちは騎士だから、騎士団に入るのが一番いい。アーサーはいつかいなくなっちゃうけど、ボクは目指せ生涯現役だから! 全員コレーシュ陛下に忠誠を誓うようにしごいてくるね!」
ロアさまに忠誠を誓うんじゃなくて?
ちょっとびっくりしてロアさまを見ると、視線に気付いて頷いてくれた。
「私に剣はいらない。すでに私に忠誠を誓ってくれた者だけでじゅうぶんだ。この国の剣は、この国に捧げるべきだ」
「僕とロルフは、第二騎士団へ行きます。僕もいつかバルカ家を継ぎますが、それまでになんとかします!」
「第二騎士団は、元から王族派が多い。俺とエドガルドなら、一番先になんとかしてみせるさ」
ロルフには、今までにない落ち着きが見えた。一皮むけた感じだ。
ちらっとエドガルドを見たロルフは、穏やかな顔で続ける。
「……俺は、第二騎士団を王族派にし、後を任せるやつを育てる。それが終わったら、バルカ家でエドガルドを支えていく。もちろん、ライナス殿下の危機にはいつでも駆けつけますよ」
「それは心強いな。よろしく頼む」
シーロがふんすと胸を張った。
「私は第三騎士団です。私は実力もあるし手段は問わずに勝ちにしがみつくので、第三騎士団向きですからね。エミーリアと結婚しても続けますよ!」
……そっか。みんな今後のことを決めているんだ。
ロアさまの仲間はいるけど、騎士はここにいる人がほとんどだ。
騎士が、騎士団に入ってロアさまや陛下を支える。合理的で、このままうまくいくのが理想でもある。
「わたくしもすることがたくさんありますわ。家族全員生きていたことを公表して、ライナス殿下との婚約解消も全て美談にして、まずは家を立て直さなければ。シーロとの婚約は、そのあとになってしまいますわ……。わたくしの家はダイソンの手の者ばかりなので、立て直しにどれだけ時間がかかるか……」
「大丈夫です、エミーリア。待ちますから!」
「シーロ……」
少女漫画のようなキラキラを振りまく中、エミーリアがこちらを向いた。
「アリスはどうしますの?」
「わたしは皆さんほどしっかり決めていなくて……。第四騎士団にある下ごしらえくんと調理器くんと、できるだけお金をいただきたいくらいしか考えていないです」
「お、お金ですの?」
「本当はお店と土地もいただきたいんですけど、もしお店を潰したら、あまりに不敬じゃないですか。それに、貴族令嬢が働くことがおおやけになってしまいますし……。だから、できるだけたくさんお金をいただきます! 世の中、大事なのはお金ですよ! お金さえあれば、大抵どうにかなるんですから!」
ぐっと手を握りしめて言うと、レネが吹き出した。
「あははっ、アリスってば、会った頃からそこは変わらないんだ?」
「お金は大事ですよ!?」
「それはそうだけどさ。なんか、安心したから」
みんながレネの言葉に同意している空気が、そわそわして落ち着かない。
モーリスがあまりに気持ち悪いので、それを相手していたわたしを心配してくれているのだ。
街で会った時からちょいちょい気持ち悪かったけど、捕まえた後はすごかったもんね……。
もう狂っていることを隠す必要はない! マリーアンジュ様への気持ちも隠さなくていい! って感じで、牢屋番の人はぐったりしていたらしい。
マリーアンジュ様は生前は人妻で、しかも夫は王様だからね。好きだって態度には出しても、口には出せなかったんだろうな。
そのあとは、みんなでなごやかに話しながら、王都へと向かった。
……結局ダイソンを捕まえてから、ロアさまとふたりきりで話す機会はなかった。今までが例外で、これが普通のことだってわかっているけれど、やっぱり寂しい。
バルカ家の別荘で、ロアさまとふたりで湖を見た時のことを思い出す。
……わたしの偽りのない気持ちって、どんなふうに言えばいいんだろう。