騒ぎの後
「……することがないなぁ」
客室でひとり、ベッドに寝転がる。
モーリスを捕まえて一晩明け、まだバルカ家の屋敷は空気がざわついている。
昨日のうちに、研究室から帰ってきたアーサーとロルフとレネにも会った。
3人はちょっぴり落ち込んでいたけど、怪我がなかったので安心した。
「……本当に指揮をするだけと言いますか……。私だって魔道具のことは一通り学んでいたのですが、手を出すことすらできず……自信がなくなりました」
「ボクも、剣の腕がなにかに役立つと思ってたんだけど、出番がなかった……」
「……まあ、バルカ家で一番腕の立つ使用人だからな。まさかこれだけ差があるなんてな……」
アーサー、レネ、ロルフの呟きには、自分への落胆が混じっていた。そのあと、もっと強くなってみせると燃えていたので、結果オーライというやつだろう。
「お菓子でお腹いっぱいだし、客人だからご飯も作っちゃいけないし……。もしかして、転生してから初めて暇になってるかも」
ここはバルカ家の屋敷だから、わたしがすることは何もない。むしろ、してはいけない。
何かしたら、その分わたし付きの侍女たちが責められる。
モーリスのことでバタバタしているから、庭や屋敷を歩き回ることも控えている。わたしが歩き回ったら、ただでさえ忙しい使用人たちがすることが増えて恨まれそうだ。
シーロの言った通り事情聴取もあったけれど、すごく短くて済んだ。
数日はかかると思っていたのに、たった一時間で終わってしまって、ひとり客室で自由を持て余している。
ぐだぐだしていると、エドガルドの父であるイアンと祖父のグリオンが、わざわざ客室まで挨拶に来てくれた。
「初めてお目にかかる。イアン・バルカだ。出迎えられなくて申し訳ない」
「はじめまして、アリス・ノルチェフと申します。忙しかったのですから、お気になさらないでください。バルカ家の方々には、本当によくしてもらっております」
「久々だな、ノルチェフ嬢。今回のこと、もう一度礼を言わせてくれ。本当に感謝している」
グリオンに真面目に言われ、どう答えればいいか悩んだ一瞬のあいだに、グリオンとイアンは揃って頭を下げた。
「ノルチェフ嬢には、言葉では言い表せないほど感謝している。バルカ家当主として、エドガルドの父として誓おう。今後ノルチェフ嬢が窮するとき、バルカ家は必ずノルチェフ嬢の力になる」
「ノルチェフ嬢のおかげで、モーリスを迅速に捕まえることができた。そして、エドガルドとイアンと良好な関係を築けた。第四騎士団でエドガルドに寄り添ってくれたおかげだ」
「そんな……頭を上げてください! わたくしひとりで出来たことではありません!」
ふたりが素直に頭を上げてくれて、ほっとする。侯爵家の当主とその父に深々と頭を下げられるなんて、心臓に悪い。
「エドガルド様に関して、わたくしは大したことはしていません。本当です。エドガルド様のそばには、ずっとロルフ様がいました。エドガルド様にとって、ロルフ様がどれほど大切だったか……。わたくしのおかげでエドガルド様がいい方向へ向かったというのなら、それをずっと支えて、一緒にいたのはロルフ様です」
「……ああ。そうだな」
イアンがわずかだが微笑んでくれたので、空気がゆるんだ。
エドガルドは、わたしのことを好きになってくれた。
だけど、わたしの存在だけでエドガルドの事態が好転したとは、とてもじゃないけど思えない。エドガルドが真面目でひたむきにもがいてきたから、いい結果になったんだと、そう思う。
「もうじき第一騎士団が到着する。……そのあとに、カリーを作ってもらえないだろうか? モーリス・メグレに作っていたのを見ていた騎士たちが、食べたいと言っていてな」
イアンの身分があれば命令すればいいのに、どこかおずおずと聞いてきた姿がエドガルドと重なる。
「もちろん、わたくしでよければ! バルカ家の方々には、本当にお世話になりました。少しでも恩返しになれば幸いです!」
「感謝する、ノルチェフ嬢。……む、音がするな。第一騎士団が来たようだ。ノルチェフ嬢は客室で休んでいてかまわない」
「いいえ、わたくしも行きます。最後にモーリスに念押ししておきます」
「助かる。ノルチェフ嬢のおかげで、ずっと悪事を白状しているんだ」
第一騎士団を出迎えるイアンとグリオンと別れ、ベルを鳴らす。
すぐに来てくれた侍女さんが軽く身だしなみを整えてくれたあとに一緒に玄関へ行くと、ちょうどモーリスが連れていかれるところだった。
モーリスの手や足が、ぐるぐると縄で縛られている。
モーリスは魔道具を改変できるので、あえて拘束の魔道具はつけないでいるらしい。ちょっと離れたところに魔道具を持っている人がいるので、モーリスの何かしらを封じているとは思うけど、魔道具を見ただけではよくわからなかった。
白と金色の制服を着た第一騎士団が、モーリスを取り囲んでいる。
ううっ、全員イケメンだ……! やたらと綺麗な顔をしているアーサーを見慣れたおかげで鳥肌は立たないけど、近付くのは怖い。
玄関で指示を出していたロアさまがわたしに気付き、ぱっと顔を明るくした。
「アリス!」
「うっ!」
ロアさまの笑顔が眩しい! そして、一気にこの場にいる全員の視線が集まって怖い!
ロアさまはそんなわたしの気持ちがわかったのか、わざわざ近くまで来てくれた。
「エスコートをどうぞ、レディー?」
その瞳に、わずかに心配が含まれているのが見える。すました顔でロアさまを見上げて、腕に手をのせた。
「大丈夫です。ありがとうございます、ロアさま」
モーリスの近くまでエスコートしてもらって、手を離す。モーリスの耳栓と猿ぐつわがとられた途端、モーリスはぐりんっとわたしのほうへ顔を向けた。
「マリーアンジュ様? マリーアンジュ様ですね!?」
「……違います。マリーアンジュ様のことをなんとかして知ろうとしているので、もう少し待ってください」
「まだ待つのか!? マリーアンジュ様がいるのに! 邪魔しているのか!?」
「そうじゃなくて、マリーアンジュ様だって生まれ変わったばかりかもしれないじゃないですか。赤ちゃんだったら言葉は話せませんよ」
「マリーアンジュ様が……赤子に……? わかった。私が育てよう」
なにをどう考えたらそんな結論になるの?
ほら、きらきらの第一騎士団の騎士さま達もドン引きしてる!
「ちゃんと全部話してくださいね。それまでわたしも頑張ってみますので」
「マリーアンジュ様へ乳を飲ませるのは私の役目だ!」
「話してくれないと、わたしも頑張りません」
「わかった、言おう! だからマリーアンジュ様に会わせろ! 今すぐ!」
「まだ思い出そうとしている最中なので無理です」
「この世は腐っている!」
わめきつつも悪事を話し出すので、そばに控えていた人が慌てて録音の魔道具を近付けた。
「連れていけ! レディー、ご協力ありがとうございます。ライナス殿下、御前を失礼いたします」
「任せたぞ」
第一騎士団の代表の人がうやうやしく頭を下げ、イアンに挨拶をしてから素早く出ていった。
ここから王城まで、第一騎士団がモーリスを連れていく。逃げられたり死なれたら責任重大なので、ぴりぴりしているのがわかる。
ロアさまは一緒に行かなくていいのかな。
ちらっと見上げると、視線に気付いたロアさまがいたずらっぽく笑った。
「ここまで来たんだ、どうせならみんな一緒に帰ろう」
「そうですね」
念願のダイソンを捕まえたからか、ロアさまのまとう空気がやわらかい。いろんな表情を見れて、なんだか嬉しい。
「明日王都へと向かう。今日は、これからカリーを振舞ってくれるんだろう?」
「任せてください!」